兄がボケました若年性認知症の家族との暮らし【第184回 100円で90分おいしい】
かつては、車の運転もし、1人でどこにでもでかけていた兄。今は若年性認知症を患っているため、一緒に暮らす妹・ツガエマナミコさんのサポートなしには外出はできません。先日、マナミコさんが外出しようとしたときに、付いて来たそうだった兄の様子を見たマナミコさんは、あるプランを思い立ちます。それは、これまでマナミコさんの付き添いで通っていたデイケアに、車で送迎してもらおうということでした。
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贅沢・至福の時間
デイケアに送迎をお願いして大正解でした。
兄もご機嫌な様子でしたし、なによりわたくしの自由時間が1時間半も増えたのです!
朝は8時半頃に施設スタッフから「あと5分ぐらいでお迎えに行きますので、エントランスでお待ちくださいね」とお電話をいただいたのに、出がけのトイレだなんだで出遅れて、ドタバタ状態で「いってらっしゃ~い」とお見送り。送迎の「送」のことを確認しなかったことが気がかりでしたが、「たぶん送り届けてくれるのだろう」と考えていました。
ゆっくりとコーヒーを飲み、新聞を眺めていると、いつもより早く回し始めた洗濯機が「ピー・ピー・ピー」と終わりを告げ、その洗濯物を干し終わった頃にようやく従来の出発時間となりました。このゆとり、この贅沢、至福でございました。
トイレ掃除や床の雑巾がけなどを終え、いつものようにカラオケに出かけると、なんだかいつもより声が出る! とはいえ流行のお歌はキーが高いのでAdoさまは2度下げても限界です。ん? 60歳のオバハンですが、なにか? 最近は男性のお歌でも原曲キーで歌えないのですから、今の若い男性の声帯はどうなっていらっしゃる?
ひとしきり歌いまくって、駅ビルなどをプラついて帰ってまいりますと、洗濯物がほどよく乾いておりました。ワサワサと取り込んで手早くたためば超スッキリ。この無駄のないスケジューリングが気持ちいいではございませんか。
夕方4時になり、いつもの癖で迎えに行く支度をして上着を着たところで「あ、送迎だ」と思い、時間を持て余しました。30分ぐらい待って「そろそろかな?」とベランダから外を眺めてみたりして、我ながら滑稽でございました。
4時40分になり、50分になってもまだお電話がない…でももうすぐ帰るはずとエントランスに向かったわたくし。薄暗くなっていく通りとエントランスを行ったり来たりして、待つこと5分。「まさか、どこかで事故か?」と思った瞬間、ついにお電話が鳴り「もうすぐ到着します」と言われてホッといたしました。と同時に送迎をお願いしたら、単純に帰りが5時になるとわかり「ヤッター」とガッツポーズ&小躍り。
スタッフの方に「遅くなってすみません。だいたいこのくらいになってしまうんですけど、こんな感じでもいいですか?」と確認されたとき、あんまり喜んでも感じが悪いと思い、感情を抑え込んだのに満面の笑みが隠しきれませんでした。
おととしの5月から2年半、毎週4時にお迎えに行っていた自分へのご褒美でございましょう。「空腹は最大の調味料」という言葉もあるように、最初から送迎をお願いしていたら、この幸福感は得られなかったに違いありません。片道50円ほどの送迎料を「近すぎてバカらしい」とケチった2年半前の自分をほめてさしあげたい。そして実質1時間半の延長になる送迎料100円は抜群のコストパフォーマンスでございます。もう送迎なしなど考えられません。今後、送迎料がどんなに値上がりしても利用し続けることでしょう。
歩いて2分という極近デイケアだからこそ、1番に乗って、最後に降りることを可能にしたわけでございます。思えば、この「介護ポストセブン」の担当編集者さまのネット検索で「セラピードッグがいるそうです」と情報をくださったデイケア施設でございます。おじいちゃんおばあちゃんばかりのところに兄が通ってくれる気になったのも大好きなワンチャンのいる施設だったからでございます。残念ながらセラピードッグは亡くなり、今はニャンコさまがツンデレセラピーをご提供されているようでございますが……。
認知症界隈のニュースとしては、エーザイが開発したアルツハイマー病治療薬「レカネマブ」が米国で迅速承認されたことが話題になっております。
早期アルツハイマー病患者に対する臨床試験によると、病気の進行を抑える有効性が治験で証明されたそうでございます。年間約350万円の価格設定は、前の「アデュカヌマブ」の半額近いお値段らしく、今度こそ普及を目指しているそう。診断から6年半も経っている兄が奇跡的に早期に入るとしても、自費が350万円の1割負担だったとしても、う~む、ツガエ家の経済状況では非現実的でございます。
しかし、世界中が認知症であふれて、それにかかわる多くの人が心身を疲労し、日常がゆがんでいることは見過ごせないこと。いつか風邪薬のように飲んで4~5日経てばケロッと治ってしまう病気になることを願ってやみません。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性59才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現64才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ
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