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韓国ドラマのこどもを守る教師たち『ブラックドッグ』『保健教師アン・ウニョン』『ザ・グローリー』

 先生はこどもをどこまで守るべきか。学校の責任はどこまで問われるのか。いじめ問題とともに何度も問われ、結論の出にくい問題を、韓国ではどう捉えているのか。「こどもを守る意思の強さ」に驚き、こころを打たれる3作品を韓国留学を経験したライター・むらたえりかさんが紹介します

韓国社会の「こどもを守る」意思の強さ

 学校には思い出がある。それが悪いものでも良いものでも、自分が学生だった頃の記憶はいつまでも記憶に残っている。当時お世話になった先生や、苦手だった先生のことも忘れられない。接した先生によって自分の人生が変わったということもある。

 今回紹介する3つの韓国ドラマは、どれも教師が主人公だ。韓国社会で共有されている「こどもを守る」意思の強さはどこから来ているのか。その答えを、ドラマから垣間見ることができる。

『ブラックドッグ~新米教師コ・ハヌル~』:先生を突き動かした思いは?

「どうして先生は、私にあそこまでしてくれたのか」

 韓国ドラマや映画を見ていると、大人はこどもを守らなければならないという使命感を感じることが多い。2019年放送のドラマ『ブラックドッグ~新米教師コ・ハヌル~』は、教師が生徒を守って亡くなってしまうところからストーリーがはじまる。

 主人公のコ・ハヌル(ソ・ヒョンジン)は高校生の頃に、脚を怪我して、松葉杖をついた状態で修学旅行に参加する。旅行中、ハヌルたちが乗っていたバスがトンネル内で事故に遭う。バスに取り残されたハヌルを助けに来たのは、非正規雇用の教師キム・ヨンハだった。キム先生のおかげでハヌルは助かるが、先生はバスの爆発に巻き込まれて亡くなってしまう。

 当時の韓国の法律では、非正規雇用の教員には学校などから保険金が出なかった。誰よりも先にハヌルを助けようとしたキム先生の家族には、何の補償もされない。先生を突き動かしたものは何だったのか。ハヌルは自分も教員になることで、その思いを知ろうとする。

 高校生を襲った事故と聞くと、自然と記憶が呼び起される。2014年の「セウォル号沈没事故」の記憶だ。運航会社は老朽化した船を日本から購入し、その船に違法な改造をおこなった。安全を守るための重大な過失が重なり、事故が起きた。その船に乗っていたのは、多くが修学旅行中の高校生だった。彼らを置いて逃げ出したセウォル号の船長は非正規雇用者だったという。

 韓国文学界では、セウォル号事故以降に生み出されたいくつかの文学を「セウォル号以後文学」と呼ぶ。学生たちを助けられなかった無力感や責任を負わない大人への戒めが、作品に表れる。ドラマや映画にも、事故の影響を見ることができる。例えば、ゾンビが発生した学校内に取り残された高校生たちが生き抜こうと戦うドラマ『今、私たちの学校は…』には、事故のときと同じく「大人に見捨てられたこどもたち」の姿がある。

 ハヌルは、叔父のムン・スホ教務部長(チョン・ヘギュン)に「世間を知らないね」と言われていた。大人に助けられるべきこどもから、こどもを守るべき大人に成長していく姿が描かれる。ハヌルの上司パク・ソンスン進学部長(ラ・ミラン)は、教師を辞めようとする彼女に「生徒を見捨てる教師は、他の場所でも教える資格はない」と諭す。成長途中の非正規教師も、生徒から見れば教師であり大人である。「大人になる」とはどういうことか、大人だからこそ考えなければいけないと思う。

『ブラックドッグ~新米教師コ・ハヌル~』
出演:ソ・ヒョンジン、ラ・ミラン、ハ・ジュン、イ・チャンフン、ユ・ミンギュ 他 脚本:パク・ジュヨン 監督:ファン・ジョンヒョク

『保健教師アン・ウニョン』:「善良であれば、変わっているほうがいい」

「ここでは自分の能力が有意義に思える。これが『やりがい』?」

 Netflixで配信中のドラマ『保健教師アン・ウニョン』。主人公のウニョン(チョン・ユミ)は、高校の保健室の先生だ。彼女は、生徒たちの怪我や体調不良だけでなく、彼らの身近にある「ゼリー」にも対処していく。

 ウニョンに見えているゼリーは、人の欲望の表れだという。こどもの頃からゼリーが見えていたウニョンは、親や周囲に病気扱いされたり、変わった子として見られたりしていた。恋愛や良い成績など、欲するものが多い高校生たち。彼らが生み出したり引き寄せたりするゼリーと、それが起こす事件に、ウニョンはおもちゃのBB弾と虹色の剣で立ち向かう。

 担任の先生と違って、保健室の先生は生徒たちの距離が絶妙だ。成績や素行に深入りはしない。けれど、生徒ひとりひとりを見ていて、困ったときにはさりげなく助けてくれる。ウニョンがゼリーと戦っても、生徒たちが慕ってくれるわけではない。それでも、ゼリーが見える能力があるからこそ、彼女は生徒たちを守ることができる。

 全6話の後半、ゼリー状のダニを食べる転入生ペク・ヘミン(ソン・ヒジュン)が登場してから、物語のテーマがよりくっきりと浮かび上がってくる。彼女が食べているダニは、人間の不幸と不運を呼び寄せるものだ。そのダニが発生する度、ヘミンは何度も生まれ変わり、そして20歳を迎えると死ぬ。

 生まれ変わったヘミンは、女子生徒の姿をしていた。初めて女性に生まれ変わったという。彼女は、生理の痛みや夜にひとりで歩く怖さを初めて知る。ウニョンは、ヘミンが20歳を越えても生きられる方法を探す。この世界が未成年の女性には危険や困難の多いものであることや、「若さ」に価値が置かれる世の中を、ヘミンの運命が表している。

「平凡は退屈だ。善良であれば、変わっているほうがいい」 

 ゼリーは見えないものの、唯一ウニョンに協力する漢文教師ホン・インピョ(ナム・ジュヒョク)はそう言う。「変わっている」と言われる人や、世の中の価値観によって生きづらさを感じている人に、『保健教師アン・ウニョン』は「そのほうがいいんだ」と強く伝えている。

『保健教師アン・ウニョン』
出演:チョン・ユミ、ナム・ジュヒョク他 
原作:チョン・セラン『保健室のアン・ウニョン先生』(亜紀書房/斎藤真理子・訳) 脚本:チョン・セラン 監督:イ・ギョンミ

『ザ・グローリー ~輝かしき復讐~』:いじめ・暴力の被害者たちの復讐の意味

「復讐後に残るのは、空虚の世界だ」

 正しいように思えるこの言葉にNOを突きつけるのが、Netflixで配信中のドラマ『ザ・グローリー ~輝かしき復讐~』だ。主人公のムン・ドンウン(ソン・ヘギョ)は、高校時代に激しいいじめに遭う。いじめ加害者である5人の同級生たちに復讐をするため、ドンウンは働きながら高卒認定試験を受け、大学に入り、そして小学校の教師になった。

 大人は助けてくれない。教師は被害者のドンウンを責め立て、母親はお金でいじめをなかったことにしてしまう。大人になった加害者たちは、キャスター、ゴルフ場オーナー、客室乗務員などの職につき、華やかで裕福な暮らしをしている。「神様はいない」「ここは地獄だ」と感じていたドンウンが働きはじめた店が「キンパ(海苔巻き)天国」だったことが切ない。

 宗教や入れ墨など、さまざまなモチーフが効果的に用いられている。なかでも重要なもののひとつが「囲碁」だろう。囲碁は、ドンウンと加害者の夫ハ・ドヨン(チョン・ソンイル)、そして、ドンウンと協力者のチュ・ヨジュン(イ・ドヒョン)を結びつけていく。作中で、囲碁は「互いの建物を壊し、奪い合うゲーム」と言われる。着実に加害者たちに迫っていくドンウンの手に、囲碁の一手一手を思い起こす。

 ドンウンは、たったひとりで戦うわけではない。彼女の周りには、夫からのDVの被害者であるカン・ヒョンナム(ヨム・ヘラン)やヨジュンという協力者が集まってくる。彼らはそれぞれ心に許せない相手がいる。復讐をすることが本当に彼らの救いになるのかを、3人の行く末で描かれていくだろう。

 いじめによる傷は、大人になってもドンウンの身体に残っている。その傷はひどくかゆくなることもあるし、他人に簡単に見せられるものではない。心の傷も同じである。彼女のそばにいようとするヨジュンは形成外科医だ。ドンウンはヨジュンに「傷を治せる?」と聞いた。ヨジュンはすぐに答えられない。このシーンも、身体の傷だけでなく心の傷の話をしているのだ。

 教師になったドンウンは、ハ・ドヨンといじめ加害者のパク・ヨンジン(イム・ジヨン)の娘ハ・イェソル(オ・ジユル)の担任になる。ドンウンは、イェソルを傷つけないどころか、彼女を勇気づけながらヨンジンたちへの復讐を遂行していく。その細やかさには、彼女が大人としてこどもを傷つけてはいけないと、信念に似た強さで考えていることがうかがえる。

 このドラマの癒しと言うべき可愛さのイェソルを演じる子役オ・ジユルは、『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』で、主人公ウ・ヨンウの幼少期を演じていた。『ウ・ヨンウ弁護士』では自閉症のこどもの役だった。今回は色覚異常を持つこどもという、また難しい役柄に挑んでいる。

 本作の脚本は、『トッケビ〜君がくれた愛しい日々〜』『ミスター・サンシャイン』などの大ヒットドラマを手掛けたキム・ウンスクだ。『ザ・グローリー』は、現在シーズン1が全話配信されており、2023年3月からシーズン2がスタートする。ドンウンの復讐と、ヨンジンら加害者たちの抵抗がどう描かれていくのか。そして、このドラマは「復讐」をどう捉えていくのか。

『ザ・グローリー ~輝かしき復讐~』

出演:ソン・ヘギョ、イ・ドヒョン、ヨム・ヘラン、パク・ソンフン、チョン・ソンイル、キム・ヒアラ、チャ・ジュヨン、キム・ゴンウ他 演出:アン・ギルホ 脚本:キム・ウンスク

文/むらたえりか

むらたえりか

ライター・編集者。ドラマ・映画レビュー、インタビュー記事、エッセイなどを執筆。宮城県出身、1年間の韓国在住経験あり。

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