海老名香葉子さんがどん底で学んだこと「情けをかけて付き合えば、相手も返してくれる」
庶民の娯楽として古くから親しまれている落語。九代目林家正蔵さん、笑点メンバーの林家たい平さん(57)など有名落語家を育て上げた海老名香葉子さん(89才)は、「いまの一門があるのは人とのご縁を大切にしてきたからだ」と人間関係の大切さを語る。
海老名香葉子さんが後悔していること
故・初代林家三平さんと18才で結婚。落語家の妻として、林家一門を支えてきた海老名香葉子さん。自身の子供4人に加え、多いときは40人近い弟子たちの面倒を見つつ、家事に育児に朝から晩まで奔走してきた。
「そんな忙しさにかまけて、できなかったこと、やっておけばよかったと後悔することは本当にたくさんあります。
たとえば若い頃は、朝起きて、顔を洗ってお化粧水をつけただけで一日を終えていました。つまり、お化粧をしなかったんですね。パーマをかけたら半年間そのまんま。夫は女遊びで家を空けることが多々ありましたが、いま思えば当たり前。女性は家庭に入ってもきれいにしていないと、夫が帰ってこなくなるんですね(笑い)。実体験から悟りました。
だからいまはね、朝起きてから、その日一日を自宅で過ごすにしても、髪の毛のお手入れもお化粧も欠かさないし、身だしなみも整えています。いつも人に見られているという感覚を持つことが年を取ったら余計に大切だと思うんです。夫も天国から見ているかもしれませんしね」(海老名さん・以下同)
忙しさにかまけて、できなかったこととしては、マメな人づきあいもあるという。
「20代の頃から人とのご縁は大事にしてきました。何かをいただいたときはお礼状を欠かさずに送るようにしていました。でも、何かあったからではなく、近況報告でもいい。もっとマメに連絡を取っていれば、おつきあいの幅が広がったのかなあって思うことがあるんです。だからいまでは、思い立ったらすぐに筆をとり、出先だろうと、はがきを書いて送ります。<今日はありがとう。また改めてお電話します>というふうにね」
46才で夫を失い”どん底”に落ちて学んだこと
海老名さんがここまで人との縁を大事にしているのは、これまで多くの人に窮地を救ってもらったからだ。
1980年、海老名さんが46才のときに夫の三平さんが肝臓がんで他界。それからは、おかみ業に加え、当時抱えていた弟子や子供たちを食べさせるために講演やエッセイ執筆、テレビ番組の出演など、仕事をどんどん引き受けた。そのとき仕事の依頼をしてくれた人、そして講演先などで食べものを分けてくれた人、多くの人に支えられてきたから、いまの一門があるのだと、海老名さんは話す。
「私は38才のときに心筋梗塞を患いましたしね。でも、“もうどん底に落ちたな”と思うと、誰かしらが救いの手を差しのべてくださるんです。本当にありがたくて、自然と感謝の心を学びました」
一門のおかみとして、弟子たちにも情をかけてきた。通例、師匠を亡くすと一門は解散になるが、三平さんが亡くなった後、当時三十数名いた弟子たちが、
「絶対離れませんよ」
と結束してくれたという。
「弟子たちには、叱り飛ばすことも多かったけれど、その一方で、彼らが悩んだり苦しんだりしているときは、温かいおじやなどを出してあげながら、何時間でも話に耳を傾けていました。“心で包み込む”ようにして」
弟子たちが残ったのは、師匠への思いの強さもさることながら、海老名さんの温かさもあったのだろう。
「いまでもそのときの弟子たちとはつきあっています。私がコロナの4回目のワクチンを打ったと聞けば、“おかみさん、何か食べたいものある? 持っていくから”と電話をかけてくれるんです。情をかけてつきあえば、相手も返してくれるものですね。人との縁を大切にし、マメに連絡を取ってつきあえるのは、40代、50代からだと思います。世間のことがわかってきて、人とのおつきあいのありがたみがわかってくる頃ですから」
70代以降は周囲に世話を焼いた分だけ助けが増える
70代、80代になったら、自分の体について気に掛けるのはもちろん、家族や他人の体も気にかけるようにしたいと、海老名さんは続ける。
「体に何かあったとき、相談できる人がいるってとても大切だと思うんです。私もお世話になった人の胸にしこりが見つかったとき、知人の名医を紹介したことがあります。お節介かしら…と思いながらも、嫌がられない程度に気にかけてあげるようにしています。私じゃあ病気は治せませんが、肩の荷を少し背負ってあげることはできると思うんですよね」
年を重ねると、人間関係を狭めようとする人もいる。煩わしい人づきあいが億劫になるのだろう。しかし、周囲の人を気にかければ、こちらも気にかけてもらえるようになり、海老名さんのケースのように、いざ困ったときの救いになるかもしれない。
年を取ったら“助け合い”の精神で気遣い合うことが大切だ。とにもかくにも、ご無沙汰している知人や友人に連絡を取ることから始めてみたい。
教えてくれた人
海老名香葉子さん/エッセイスト。落語家の故・初代林家三平さんの妻として林家一門を支えてきた。夫の死後はおかみ業の傍ら、自身の戦争体験を語る講演活動やイベントにも奔走。戦争の悲惨さを伝えた絵本『うしろの正面だあれ』(金の星社)など著書も多数。
取材・文/桜田容子
※女性セブン2023年1月1日号
https://josei7.com/
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