前横浜市長・林文子さん(76才)に学ぶ生き方「60代は学び直し、70代は夫婦関係の見直しを」
2022年現在、日本の人口は82万人減少している一方、65歳以上の高齢者は3627万人となり過去最多となった。年齢を重ねても、仕事でも趣味でも活躍の場を広げ続ける人もいる。日本の自治体の中で最大の政令指定都市である「横浜市」の市長を3期12年務めた林文子さんに、60才を超えたら「リトライ」して欲しいことを聞いた。
60代は“学び直し”、70代は“ゴールデンエイジ”
コロナ禍の激しい市長選を戦い抜いたが、結果は敗戦。3期12年にわたって務め上げた横浜市長を2021年8月退任。市民の幸せのために全力で尽くし駆け抜けた60代に悔いはなかった――。
高校卒業後、東洋レーヨン(現・東レ)に就職。しかし昭和40年代はどこの職場も圧倒的に男性優位な環境で、女性が責任を持ってやれる仕事はなかった。一貫して任される仕事を求め続けてたどり着いたのがホンダの自動車販売だった。31才の春、入社まもなくトップセールスを叩き出した。それは男性にしかできないという既成概念を打ち壊すきっかけになった。後にBMW、ダイエー、日産など数々の企業で経営を担うことになる。市長退任後は家電量販店を展開する『ノジマ』の社外取締役を務める。
林文子さんは70代を“ゴールデンエイジ”だと断言する。
「76才の私も、いまがいちばん充実しています。家族との時間も多く取れるし、若い人と働くのもとても楽しい。若い頃は仕事に家庭に忙しく、余裕がないものです。しかし60代になると一段落して、少しずつ自分の時間が増えてくる。そこからの10年で、70代以降を健康で、幸せに過ごすための心と体の素地を作ることが肝要です」(林さん・以下同)
“ゴールデンエイジ”を迎えるために林さんがまずすすめるのは“学び直し”だ。
「少し余裕が出てきて、人生について考えるようになる60代は最も勉強に向いている。時間を持て余した結果、急に顔のしわやシミが気になったり、『自分の人生、一体何だったのか』と物思いにふけってうつ気味になる――そんな声も聞きますが、ネガティブな思考に陥る前に学び始めてほしい。
若い頃は大学で授業を聞いていても『この教授は何を言っているかわからないし、退屈だなあ。そんなことよりも、早く友達と一杯やりたい』なんて思っていた人も、60代で改めて大学の講義を聴くと、聞き惚れると思います。若い頃よりも人生経験が増しているし、道端に咲く花を見て『なんて愛おしいんだ』と感じられる余裕と感受性も備わっているはず。物事を深くとらえられるから、勉強も楽しいのです」
林さんが推奨するのは、自身もかつて聴講生だった放送大学だ。
「一般の大学はハードルが高くても、放送大学なら年間9万円ほどの授業料で多くの優秀な講義を受けられる。難しければ、YouTubeで昔の名人の落語を聴いたり、若い頃に好きだった本をもう一度読んでみたりするだけでも新しい発見があります」
70代になったら夫婦関係も見直しが必要
“リトライ”が必要なのは夫婦関係も同様だ。
「市長退任後、夫とじっくり話し合って家事を役割分担しました。その結果、夫が料理担当で私が食事の後片づけ、洗濯や掃除をする形で落ち着いた。70代になったらがまんせず、互いに言いたいことを口にすることも必要です。せっかく長年連れ添ったのに老後にウマが合わなくなって離婚するのは悲しいこと。熟成期の夫婦が話し合えば、状況はきっと好転します。新しい人間関係を作り出していくことも、ゴールデンエイジの醍醐味です。ただし、役割分担した後に相手の家事にダメ出しをすることだけはがまんしてほしい。お互いのミスを笑い合って許せるのも70代です」
ゴールデンエイジのための種まきから始めたい。
プロフィール
前横浜市長・林文子さん(76)/東京都出身。ホンダやBMW東京などの勤務を経て、株式会社ダイエーのCEO、日産自動車執行役員を歴任。2008年には米フォーチュン誌「世界ビジネス界で最強の女性50人」等に選出される。2009年に横浜市長に就任し、3 期12年を務め上げた。2021年レジオンドヌール勲章、2022年大英帝国勲章受章。現在は株式会社ノジマほか2社の社外取締役を務める。
文/池田道大 撮影/浅野剛
※女性セブン2022年11月10・17日号
https://josei7.com/