【連載エッセイ】介護という旅の途中に「第34回 小春日和」
写真家でハーバリストとしても活躍する飯田裕子さんによるフォトエッセイ。父亡き後に認知症を発症した92才の母と千葉・勝浦で暮らす飯田さんが、日々の様子を美しい写真とともに綴ります。
今回は、深まる秋、冬に向かう勝浦での日常、飯田さん母娘の様子を振り返ります。
冬に向かっていることは確かなはずなのに、小春日和が続いている。
勝浦では太陽の軌道は低いのに光は強い。その陽光のおかげもあって今年は庭の蜜柑にたくさん実がついた。
毎年のことお、母は「あの実はそのままにしておくと鳥が全部食べてしまう!」と言っては、まだ青い蜜柑をもいでは窓辺に並べる。しまいには皮がカチカチになり、金槌にでもなりそうなほど固くなってしまっていた。
今年はそうならぬよう、木の枝に「ママへ。蜜柑は熟すまで木からとらないでくださいね」と書いたボール紙を取り付けてみた。
キョンやイノシシだけでなく、なんと母も果実の天敵になりつつあるのだ。
さすがの母もその表示のおかげで蜜柑をとる手を引っ込めてくれた。夏に追肥したせいもあって、丸々とした実が収穫できた。
「誰かにとられちゃうから早く収穫した方がいいね?」と母。
「とられるって誰に?」と私。
「泥棒がいるでしょう」と母。
「泥棒が蜜柑とるかな?せいぜい鳥が食べるかもしれないけど、全部は食べないと思うよ。あと、猿が来たら厄介だから収穫してしまおうね」そう言って次々と枝がしなるほど実った蜜柑を収穫した。
とれたての蜜柑は皮がピンと張っているので、追熟が必要だろう。相変わらず窓辺に並べる母。
「毎年ママが窓辺に並べた蜜柑は固くなって食べられなくなるよ、追熟には湿度が必要みたいだからそこだと干からびちゃうね」とビニール袋へ入れた。