【認知症】脳にアミロイドβ大量蓄積が見られても発症しない例
内閣府の「平成29年版 高齢者白書」によると、2015年の認知症の患者数は推計525万人。しかし、「私たち専門家は、現時点で認知症やその予備軍(軽度認知障害/MCI)を含めてすでに1000万人以上が認知症であると考えています」と、おくむらmemoryクリニック院長の奥村歩先生は言う。そして、「認知症は生活習慣病のようなもの。生活習慣の改善によって減らすことができる病気なのです」ともーー。
これまで脳神経外科医として3万人以上の認知症患者の診療にあたってきた奥村先生に、認知症とはどんな病気か、私たちはどのように向き合えばよいのかを聞いた。
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それは単なるもの忘れ? それとも…
日本人の10人に1人が認知症と言われる。その数は年々増えているとされるが、認知症患者になる割合(有病率)が激増しているわけではないと奥村先生は言う。
「少し前までは『家族がボケてきたから』と病院に連れて行くのが珍しかったため、認知症と診断される人はあまりいませんでした。しかしこの病気が広く知られるようになってから病院に行く人が増えたし、医療機関でも認知症の診断をつけられるようになってきました。そのために患者数が増えたのです」(奥村先生、以下「」内同)
認知症とは、脳の働きが低下して生活に支障が出る状態のこと。原因によって、『アルツハイマー型認知症』、『レビー小体型認知症』、「血管性認知症」などに分けられる。
「ほかに、40代、50代の若い世代では脳に疲労がたまって認知症のような症状が出る人が増えています」
たしかに、年齢を重ねれば誰でも、タレントの名前をど忘れしたり、昨日の夕食を思い出せなかったりすることはある。しかしそれが認知症の兆候なのか、ちょっとした物忘れなのか、あるいは最近増えている脳疲労なのか。見極めるためには、記憶のメカニズムを理解する必要がある。
「記入」「整理・保持」「検索・取り出し」3つのプロセス
「記憶は3つのプロセスで成り立っています。第1段階は『記入』、第2段階は『整理・保持』、第3段階が『検索・取り出し』です。人の脳を図書館に例えると、たくさんの本が入荷するのが第1段階。第2段階は、その本を整理して書棚にしまう作業。第3段階では必要に応じてその本を取り出す作業です。
アルツハイマー型認知症は、第1段階のトラブルと考えればいいんです。よく、自分が話したことを思い出せないのがこの病気と言われますが、そうではありません。自分が話したという事実を脳に記入できない。つまり、その情報を海馬を通じて脳に焼き付けることができていないのです」
それに対して、タレントの名前が出てこないなどのど忘れは、第3段階「検索・取り出し」のトラブル。膨大な本が納められた図書館から、タレントの名前が書かれたファイルを見つけ出せない状態だ。
40代、50代など若い世代に多い脳疲労は、会議中にぼーっとしたり、うっかりミスが増えたりするもの。これは第2段階「整理・保持」のトラブル。
「記憶の整理は、視覚情報や情報の入力から切り離されたときに行われます。しかし、今はほとんどの人がマルチタスクで多くの仕事を同時に進めていますし、インターネットやスマホの普及により、つねに情報の洪水におぼれています。そのため、脳が情報を取捨選択・消化して、きちんとしまうことができません。そのため、記憶に混乱をきたすのです」
認知症対策の先鋒アメリカでの研究
アルツハイマー型認知症は、脳にアミロイドベータという老廃物がたまることが原因とされる。日本では年々患者数が増加しているが、欧米では日本より早く対策に力を入れ、その患者数を着実に減らしているという。その先鋒となったのがアメリカだ。
「アメリカは30年ほど前まで、アルツハイマー型認知症が多発する、いわばアルツハイマー先進国でした。しかし、レーガン大統領がこの病気になったことなどをきっかけに、『このままではがんや心臓病ではなく、認知症が国益を損なう』と気づき、莫大な予算をつぎ込んで対策に取り組むようになりました」
アルツハイマー型認知症について、最も初期の疫学調査として知られるのが、アメリカのノートルダム教育修道女会のシスター678人を対象に行われた「ナン・スタディ(=修道女の研究)」だ。生活習慣や食事内容が似通っているシスターたちの了承を得て、その死後に脳を解剖させてもらうというもの。その結果、驚くべきことがわかった。
「研究に協力した人の1人、シスター・バーナデットの脳にはアミロイドベータが大量に蓄積し、末期のアルツハイマー病の状態になっていました。しかし、彼女は亡くなるまでまったくボケず、ボランティア活動に励んでいたと言うのです」
同様にシスター60人の脳にはアミロイドベータの蓄積が見られたが、そのうち4分の1の人には生前、認知症の症状がなかった。つまり、脳に異常があってもアルツハイマー型認知症が発症するとは限らないということだ。
アルツハイマー型認知症を発症させないためには…
「ナン・スタディをはじめとするさまざまな研究からわかったのは、アルツハイマー型認知症を発症させないためには『認知予備力』を高めるのが大切だということです。
認知予備力は、脳内の神経細胞のネットワークに潜んでいると言われ、人の気持ちを読み取ろうとするときに最もよく発達すると考えられています。認知予備力を高めておけば、脳に老廃物がたまってもアルツハイマー型認知症になりにくいのです」
日頃から認知予備力を高めておくことが、アルツハイマー型認知症を予防する鍵となりそうだ。
教えてくれた人
奥村歩/おくむらmemoryクリニック院長。脳神経外科学会評議員、日本認知症学会 認定専門医・指導医、アルツハイマー病研究会運営委員などを務める。
構成・文/市原淳子
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