連載

兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第149回 ひとりおでかけのその後】

 突然ひとりで家を出てしまい、行方がわからなくなった若年性認知症の兄。一緒に暮らす妹のツガエマナミコさんは、捜索願を出しものの、一晩経っても見つからない兄の身を案じていました。ようやく翌日の夜、家から30km離れた県外で無事に保護されたと報せ受け、早速、迎えにいったマナミコさん。1日半ぶりに見た兄の憔悴する姿を見て胸を痛めたのですが…。

「明るく、時にシュールに」、認知症を考えます。

 * * *

翌朝はさっそくお尿さま事件勃発

 おかげさまで兄は、自分が夜通し歩いて知らない街で保護されたことを忘れ、何事もなかったかのように元通りの生活をしております。でもその一方で、わたくしのストレスは爆上がりしております。

 まず人騒がせな放浪からお帰りの翌朝は廊下のお尿さま掃除から始まりました。

 わたくしが起きてトイレに向かうと、脚をガクガクさせながら兄がトイレに入るところでございました。ズボンを半分下ろしつつ、すでにお尿さまをバラ撒いており、パンツも脚も廊下もビショビショ。朝いちばんに見る光景にしては悲しすぎました。

 お掃除するためには洗面所まで行く必要があるのですが、そのためにはどうしてもお尿さまを踏んでいかねばならず、わたくしは世界の終わりを感じながらスリッパでその海の上を歩きました。

 ゴム手袋と雑巾、ティッシュと消毒スプレーを洗面所から取り出し、再びお尿さまの上を戻ってきて、安全地帯(被害に及んでいない場所)にそれを置くと、兄がトイレから出てきたので、すかさずお風呂場へ誘導し、下半身だけ脱がせてシャワーでお流ししました。

 昨晩履き替えたばかりのズボンとパンツを洗濯機に放り込み、着替えさせたあと、兄が濡れた廊下を歩いてリビングに行かないように、兄部屋での待機をお願いいたしました。

 その間に廊下とトイレをせっせと拭き掃除でございます。帰ってきて早々うんざりした朝でした。でも、その時の兄は脚がガクガクで歩くのがやっとの状態だったので、布団を汚さなかっただけ良し、と言い聞かせ怒りを抑えこみました。

 3日もすると、フラつくこともなくなったので、夕方思い切って近所の買い物に誘ってみました。

 思えば、わたくしはひとりの時間が欲しくて、「買い物に兄を連れて行くなど冗談じゃない」と思ってまいりました。でもマンションの修繕工事で足場の組まれたうっとうしい景色しか見えない上に、補助錠をかけてベランダにすら出られない日が続いていたので、「そりゃ、外に出たいだろう」と、やっとわが身のこととして考えられるようになったのです。

 ちょうど夕方4時頃だったので、兄を連れてデイケアを通るコースにしました。入り口にお帰りの送迎バスがあり、スタッフの方々がたくさんいらっしゃいました。無事に帰ってきたことはすでに連絡済みでしたが、「あら~、ツガエさん。よかったよかった。元気そう!」と安心していただきました。

 兄も「なになに?元気ですよ~」と手足をばたつかせて無事をアピール。愛想のいいことだけが自慢の兄でございます。

 それ以来、毎日のようにスーパーには一緒に行くようにしております。わたくしの息抜きの時間は減りましたが、散歩させるのも介護者の勤めと腹をくくりました。すると、なんということでしょう、二人行動を早く終わらせたいことが功を奏して、以前より買い物時間が短縮し、ダラダラ物色しないことで金銭的節約になっております。

 警察の方に「GPSなど今後の対策を考えたほうがいい」と言われた件については、門扉にチェーンを掛けることで対応しております。マンションとはいえ、我が家には玄関ポーチがあり、お腹の高さほどの門扉がありますので、百円ショップで購入した自転車用チェーンを、夜寝る前やわたくしが出かける時に掛けているという具合です。かなり面倒ではありますが、安心のためには致し方ございません。

 あれ以来、いろいろと細かい仕事が増えました。自分の部屋でも夜は鍵代わりの養生テープ貼りを欠かしておりませんし、兄のお尿さま処理も毎朝のルーティンになりました。兄の籠オシ(屑籠にオシッコ)が止まらないので、これまた百円ショップのシンプルなポリ製ごみ入れに変えまして、兄の部屋に設置いたしました。見事にトイレとして使用されるようになり、わたくしがそれを朝トイレに流して洗って戻す作業をしております。いちいちレジ袋を付け替えることがなくなり、だいぶ作業軽減されました。

 大小の排せつ物処理が続いたものの、まぁまぁ心穏やかな日々が続いておりました。あの衝撃的な場面を目撃するまでは……。それはまた次回に。

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文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性59才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現63才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。

イラスト/なとみみわ

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