魔法のような認知症ケア技法「ユマニチュード」初の家族介護向け書籍が発売
「人間らしさ」を取り戻す認知症の介護
テレビ番組でも紹介され、数年前から日本でも注目されるようになった、介護のケア技法「ユマニチュード」。イヴ・ジネスト氏とロゼット・マレスコッティ氏という、ふたりのフランス人によって考案されたもので、フランス語で「人間らしさを取り戻す」という意味が込められている。
寝たきりだった認知症の人が「ユマニチュード」のケアによって立ち上がることができるようになるケースもあり、「魔法のよう」と言われることもあるが、もちろん「ユマニチュード」は魔法などではなく、効果が科学的に実証された技術であり、正しい知識を身につければ、だれでも実践できるという。
当サイトでも、以前そのケアについて、5回にわたり紹介した。
→注目の認知症ケア「ユマニチュード」とは?<1>在宅介護に生かす技術
→注目の認知症ケア「ユマニチュード」とは?<2>4つの柱「見る」「話す」編
→注目の認知症ケア「ユマニチュード」とは?<3> 4つの柱「触れる」「立つ」編
→注目の認知症ケア「ユマニチュード」とは?<4> 5つのステップ
→注目の認知症ケア「ユマニチュード」とは?<5>~介護が始まる前に準備できること
書籍ではこれまで、介護士など専門職に向けた解説書だけが出版されてきたが、このたび、初めて「家族が行う介護」について紹介した、『家族のためのユマニチュード “その人らしさ”を取り戻す、優しい認知症ケア』(誠文堂新光社)が発売された。
必死に介護をしても拒否されるのはなぜ?
認知症の家族を介護していると、突然、怒鳴られたり、介護そのものを拒否されたりすることがある。一生懸命介護をしている家族は、「なぜ?」「どうして?」と途方に暮れるばかり。自分の優しさが足りないのか、それとも、体に痛みを与えるような介護をしてしまったのか…。接する家族は、自分に非があるのではと感じ、悩み苦しむことになる。
しかし、「介護が上手くいかないとき、その理由は、介護をしている方の優しさとはあまり関係はありません。ご本人のためによかれと思って行っている介護が受け入れてもらえないとき、それはその『届け方』に問題があることが多いのです」と本書の著者のひとりで、日本における「ユマニチュード」第一人者である国立病院機構東京医療センター総合内科医長の本田美和子さんは語る。
介護をする人は、どうにかして「着替えてもらおう」「食事をしてもらおう」…と、さまざまな言葉をかけ、体を支え、介助するが、正しい技術がともなっていないと、認知症の人に受け取ってもらえないというのだ。
本書では、介護をしている人の気持ちの「届け方」の技術を、オールカラーのイラスト図解を多用し、わかりやすく解説。ユマニチュードの基本的な考え方や家庭内で誰でも実践できるやり方を学ぶことができる。
「ユマニチュード」に欠かせない”4つの柱”と”ケアの5つのステップ”
「ユマニチュード」では、ケアをするときには、いつでも「見る」「話す」「触れる」「立つ」の4つの柱を用いる。
単に「見る」「話す」「触れる」のではなく、「あなたのことを大切に思っている」という気持ちを相手が理解できる形で伝える技術として、そのやり方は、大切な人、たとえば赤ちゃんと接するときのように、「ゆっくりと近づき」、「目をのぞき込んで」、「優しい声で話しかけ」、「柔らかいタッチで触れる」のだという。
近づく方向、顔の向き、触る場所や力加減など、一定の法則を知ることで、認知症の人を不安にさせず、なおかつ「大切にされている」と感じでもらえる方法で届けるのが「ユマニチュード」の技術なのだ。
また、「ユマニチュード」では、ケアを行う時の手順も大切にしている。
私たちが普段、他人の家を訪ね、おしゃべりをしたり、食事をしたりするときと同じように、【1】玄関先でチャイムを鳴らして自分の来訪を告げて招き入れてもらい、【2】まずは会えたことを楽しむ。【3】そしておしゃべりや食事で共によい時間を過ごし、帰りがけには、【4】楽しかったことを振り返り、【5】次の約束をする。
大切な人と共に過ごすように、介護もこの5つの手順(ケアの5つのステップ)をふむことで、お互いにとってよい関係を結ぶことができる。
「食べない」「同じことを尋ねる」…理由と解決策
また、本書では、在宅介護の困りごとの代表である「食べてくれない」「同じことを尋ねる」「どこかへ行こうとする」「不安で落ち着かない」といったケースで、なぜそうなってしまうのかという理由と、何を、どうすれば困りごとを軽減できるかの解決策を具体的に説明している。
「食事を食べてくれない」の項では、情報が多すぎると選ぶことが出来ずに混乱する認知症の特徴を踏まえて、食卓に器をいくつも並べず、一品ずつ提供すること、また食事を介助するときには、スプーンに載せた食べ物を目の高さまで上げて、しっかりと確認してもらってから口に運ぶなど、認知症の人が「食べたくなる」環境をつくるための技術を伝えている。
阿川佐和子さんも推薦
―ー介護のことで不安になっている人、すっかり介護に疲れている人、たった1ページ読むだけで「よし!」と元気が回復する本です。ーー
父を看取り、認知症の母のケアを続けるエッセイストで作家の阿川佐和子さんも本書の推薦コメントを寄せているが、実際に家族の介護で「ユマニチュード」を実践する人たちからも
「父の表情が和らぎ、介護が楽になった。父への愛情が以前よりも増した」
「声かけと触れ方の技術で、妻の拘縮していた関節が動いた」
「今まで母の行動にイラっとしていたのが、まったく平気になった。母も笑顔に」
といった、喜びの声が続々と届いているという。
自分の親に患って欲しくない病気のナンバー1は「認知症」である。
食事による認知症予防を提案する「Every DHA推進委員会」が、全国40~69歳の男女112名を対象に「親に患って欲しくない病気」の1位から3位までを回答してもらったところ、「認知症」を1位にあげた人が最も多く、2位が「がん」、3位が「脳卒中」という結果となったそうだ。
年老いた親にようやく「ありがとう」を言える心の余裕が生まれ、最期の時までお互いの心を通わせ、絆を深めたい時期がやってきた頃、親が認知症になり、息子や娘のことがわからなくなってしまう…、5分前のことすら忘れてしまう可能性すらある。意味のわからない行動や、わがまま、傍若無人なふるまいを始める親に対して、感謝どころか憎悪の気持ちすら持つようになることもあるかもしれない。
優しくできない自分を責めないで
国の老人保健健康増進等事業としてまとめられた「認知症の介護家族が求める家族支援のあり方研究事業報告書」によれば、認知症の家族を介護するなかで「意欲の出ない時はありますか?」という問いに、「ある」と答えた介護者は85.5%にものぼった。加えて、「優しくできない自分に嫌悪を感じる時がありますか」という質問にも、約8割の介護者が「はい」と答えている。
優しくしてあげたい、できる限りのことをしてあげたいと思いながら、認知症が引き起こすさまざまな症状に対応しきれず、介護する人の心が疲れ切ってしまうのである。
そうした苦しくなりがちな、家族が行う「認知症介護」。そこにやわらかな光をあて、そよ風を吹き込むのが「ユマニチュード」という技術である。仕事であっても、正しい技術は、物事の流れをスムーズにし、働く者のストレスを軽減させる。介護も同じ。自己流に固執せず、技術を学ぶことは、認知症の人のためだけでなく、介護を担う家族にとっても大切なのだ。
【プロフィール】
本田美和子/国立病院機構東京医療センター 総合内科医長。医療経営情報・高齢者ケア研究室長。
筑波大学医学専門学群卒業後、国立東京第二病院(現・国立病院機構東京医療センター)、亀田総合病院、国立国際医療センターに勤務。米国のトマス・ジェファソン大学にて内科レジデント、コーネル大学病院老年医学科フェローを経て、2011年11月より現職。著書にイヴ・ジネスト氏、ロゼット・マレスコッッティ氏との共著の『ユマニチュード入門』(医学書院)や『エイズ感染爆発とSAFE SEXについて話します』(朝日出版社)などがある。
取材・文/鹿住真弓
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