兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第126回 大規模修繕1か月前の不安】
ライターのツガエマナミコさんが、一緒に暮らす若年性認知症の兄との日々を綴る連載エッセイ、本年は最後の回になりました。症状が進む兄の排泄問題やマナミコさんのコロナ感染、ツガエ家は今年もいろいろとありましたが、目下の心配は、間近に迫るマンションの大規模修繕のこと。マナミコさんにとって悩み深き年の暮れとなりました。
「明るく、時にシュールに」、認知症を考えます。
* * *
「どうぞご自由にお入りください」状態になってしまう!?
寒空にベランダの窓を開けたまま寒そうにリビングでテレビを観ている兄と同居しているツガエでございます。
真冬になっても兄の「ベランダでオシッコ」は止まることがなく、その度に窓を開けて御用を済ませ、閉めることなくリビングの玉座に鎮座されるので、わたくしが自室での仕事の手を止めて窓まで出向き閉めるわけでございますが、閉めても閉めても気づけば50センチほど開いている……。それはまるで意志を持った悪魔の窓のようでございます。
「窓が開いていたら寒いから、開けたら閉めてね」「うん、わかった」という会話が何度繰り返されたことか……。
先日、「寒いから窓、閉めてくれる?」とお願いしてみましたところ、イライラするほど懇切丁寧に誘導しなければ閉められませんでした。開けることは鍵がかかっていても簡単にやってのけるのに閉めることはちょっとやそっとではできない。それがツガエ兄でございます。
あと1か月もするとマンションの大規模修繕工事が始まります。足場が組まれ、工事の方々が自由に行き来するようになったベランダでも兄はお尿様を放出するのでしょうか?
それも十分申し訳ないと思うことですが、もっとも懸念しておりますのは、わたくしが出かけると窓を閉められない兄が一人で留守番することになる不安でございます。
工事の方々を信用しないわけではございませんが、昨今はなにかと物騒でございますから自己防衛が必須。いつもはリビングのテレビ前に陣取って離れない兄でも、工事の音でテレビの音が聞こえなくなったとき、窓を開けたまま、ベランダから一番遠い兄の自室にこもってしまう可能性もないとは言い切れません。そうなったらリビングもキッチンもわたくしの部屋も無防備そのもの。「どうぞご自由にお入りください」状態になってしまいます。
兄が番犬のようにリビングに張り付いていてくれれば、田んぼの案山子くらいの効果は望めますけれども……。わたくしが不在の日は分厚いカーテンを閉めて中の様子が見えないようにするぐらいしか策がなさそうです。
大規模修繕工事は、このマンションでは初となる大イベントでございまして、わたくしも人生初の経験でございます。
理事会では業者の選定や材料のグレード、予算との兼ね合いなど、いろいろなことが話し合われました。だいたいのことはマンション管理会社の提案に理事会がジャッジをしながら進んでいくので簡単ではありますが、いいなりになっていると予算が膨らむばかりです。幸い、我がマンションの住民の中には「修繕委員」という方がいらして、その方がとても勉強されて、一般的な金額の相場や時期の選び方、施工業者の評判など、ポイントを押さえて示唆してくださったので助かります。住民とはいえ無償の愛。ああいう方がどのマンションにもいらっしゃるのでしょうか。
気になる予算は、築16年目で初修繕、35世帯という規模で約り4000万円でございます。最初は5000万円越えの数字でしたが、「ここは今回見送ろう」という箇所を見つけて削り、なんとか抑えたわけでございます。
始まれば5か月間はうっとうしい網の中。足場が組まれるまではドリル騒音との闘い。塗装が始まれば悪臭との闘い。受験生がいるお宅は不運としかいいようがございません。わたくしも騒音の中で原稿を書くことになり、Zoom取材は夜のみという過酷な環境になります。コロナ・デルタ株でダメージを受けた嗅覚も復活しましたので、ただでさえストレスフルな暮らしですのに、どうなることやら。
分譲マンションなのでオーナーは住まずに賃貸契約している住民世帯も数件あるようで、このところ引っ越しラッシュでございます。「大規模修繕工事はうるさいからこのタイミングで引っ越しちゃおう」との算段でございましょう。賃貸はその自由度が魅力ですものね。
なにはともあれ、地震など起こらず無事に工事が終わることを祈るばかりでございます。まだ始まってもおりませんが……。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性58才。両親と独身の兄妹が、7年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現63才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ