最期の14日間を安らかに過ごすために必要な7つのこと「救急車呼ばない」「ディグニティノートをつける」「歯と髪のケアする」他【医師解説】
すべての人にいつかは必ず訪れる、人生の幕引きの瞬間。眠るように逝く人もいれば、病気で苦しみながら逝く人もおり、その最期もさまざまだ。それまでの人生がどんなに豊かでも、最期の14日が苦しいものであれば本人も周囲もつらいし、安らかなものであれば救われる。生まれる場所を選ぶことができないように、どんな死に方になるかはそのときが来なければ誰にもわからない。最期まで安らかに過ごす方法について、看取りと病気の専門家に聞いた。
認知症は安らかな場合が多い
高齢化とともに認知症患者の数も急増し、内閣府の調査によれば、65才の6人に1人は罹患者だという。しかしその最期は、明らかになっていないことが多い。
認知症の看取りに詳しいゆきぐに大和病院院長の宮永和夫さんが解説する。
「認知症はがんのような病気とは違い予後を予測することが難しく、発症からどのくらいで亡くなるのか判断がつきづらい疾患です。また比較的進行が遅いため、その間にほかの病気を併発して亡くなるケースも多いです」
ただし、認知症が進行して亡くなる患者もいる。その場合、息を引き取る2週間ほど前から、ほぼ意識がなくなるという。
「アルツハイマー型認知症は大脳が萎縮し、認知機能が低下する病気ですが、進行すると生命維持機能をつかさどる脳幹部にも障害が出てきます。すると呼吸がうまくできなくなったり、食事を飲み込めなくなるなどの症状が出てきて衰弱し、そのまま亡くなってしまう場合があります」(宮永さん・以下同)
呼吸が止まってしまうのにもかかわらず、宮永さんが看取った患者さんで、痛みや苦しみを訴える人はほとんどいなかったという。
「最期の14日間は寝たきりで意識がほとんどなく、呼びかけても反応がない人がほとんどです。こうした症状がみられたら、ご家族に死期が近いと連絡するようにしています。反応がないからといって、本人には声が聞こえている可能性がある。家族が昔話をしたり、体をさすったりして、穏やかに最期の時間を過ごしていらっしゃることが多いです」
老衰は必ずしもいい死に方ばかりではない
近年、老衰死が増加しており、2020年の調査によれば脳・心疾患に次いで3番目に多いとされている。病気にかかることなく寿命を全うできる多くの人が望む死に方だが、昭和大学病院緩和ケアセンター長の岡本健一郎さんは老衰が眠るように死ねるというのは大きな間違いだと指摘する。
「老衰とは、自力で何もできなくなって、弱って死ぬことを指します。寝たきりになってトイレに行けなければ、誰かに下の世話をしてもらうことになる。
脳機能も低下することが多いので、本人はつらく感じない場合もある。しかし、意識がはっきりしている状態であれば、精神的につらいと感じる人も多いでしょう。嚥下機能が低下して、誤嚥性肺炎を起こす人もいますし、老衰は必ずしもいい死に方ばかりではありません」
点滴と救急車は避けるべき
“最期の14日”は十人十色。少しでも安らかに過ごすために、できることはあるのだろうか。緩和ケアに詳しい長尾クリニックの院長、長尾和宏さんは、過剰な医療が患者を苦しめることがあると指摘する。
「特に問題なのは点滴の濫用です。通常、病院では患者が食べられなくなると点滴で栄養補給をしますが、強制的に体に水分を入れることになるため、延命こそできるものの、自然で安らかな最期からは遠ざかってしまう。1日に200mlまでなら問題ありませんが、点滴を入れすぎると患者は必ず苦しみます。体が必要としない水分によって、心臓に負担がかかるし、体はむくむ。病院で亡くなるかたは、在宅死されるかたより、体が重いといわれますが、それは点滴の水分によるものです」
在宅で看取る場合、注意すべきは救急車だ。
「本人が在宅死を希望しているのに、救急車で病院に運ばれて、そのままチューブにつながれたまま亡くなったというのもよく聞くケースです。がんでも老衰でも、亡くなる1日前~半日前に、悶え苦しむことがあります。『暑い暑い』と言って苦しそうにすることが多く、家族はそれに動揺してしまう」(長尾さん)
最期をどうするか、家族と価値観の共有をする
こうした問題を回避するためには元気なうちから治療の受け方や最期を過ごす場所を考えておくことが必要だ。
「どんな医師にどう看取ってほしいかを考えて、家族と価値観や情報を共有しましょう。在宅と決めたら、関係者と心構えを共有しておくことです。病院は遠くの名医よりも近くの医者がいい。相談しやすくていつでも駆けつけてくれる先生を見つけましょう」(長尾さん)
特に認知症の場合は、早めに家族間で意思を共有しておいた方がいい。
「ほかの病気と違って、本人が自分の意思で判断できなくなる時期が早い段階でくるため、事前にどうしたいかを、本人、家族、医療者の3者間で共有しておくことが大切です。
家族にとっては、在宅での看取りは難しい場合もあると思います。病院や施設で過ごしている場合、最期が近くなれば連絡が来るため、その段階で2週間ほど自宅に連れて帰って看取られるかたもいれば、家族が交代で病院に泊まり込むなどして、入院されたまま亡くなるかたもいらっしゃいます」(宮永さん)
岡本さんは家族の負担を減らすために、介護保険制度を活用してほしいとアドバイスする。
「自治体の窓口に相談すれば、ケアマネジャーが介護プランを決めて、往診プランなどさまざまな支援をしてくれます。介護する家族は孤立しがちなので、共倒れにならないよう気をつけてほしい」
→介護が始まるときに慌てない!要介護認定の申請、介護保険サービス利用の基礎知識
ディグニティノートをつけて人生を振り返る
穏やかな最期を迎えるためには、終活も大切だ。最近、終末期の患者へのメンタルケアとして、『ディグニティセラピー』と呼ばれる療法が注目されている。
専門家からの9つの質問に答えながら、これまでの人生を振り返り、自分にとって最も大切なことや、周りの人々にいちばん覚えておいてほしいものを書きとめて、手紙にするというものだ。
「終末期でなくても、自分で『ディグニティノート』をつけてみるのもいいでしょう。自分にとっていちばん価値があるのは何か、大切な人は誰かなど9つの質問に答えながら、人生を振り返る。資産やお墓について書き残す『エンディングノート』だけでなく、自分の心をのぞいて大切にしたい価値観を再確認し、人生を振り返っておくことが、最期を迎える際、受け入れられるきっかけになるかもしれません」(岡本さん)
穏やかな人は死後硬直が短い
日本救急救命士協会会長の鈴木哲司さんは、セルフケアの重要性を挙げる。
「歯や爪、髪を清潔にしている人は、穏やかに亡くなる傾向があると感じています。実際に歯のケアを怠ると心筋梗塞や誤嚥性肺炎、認知症などのリスクが高まります。生きざまが歯に表れるといってもいいほどで、自己管理できている人は病気にもなりにくいのです」
自分を大切にし、一日一日を丁寧に生きることが、安らかな死にもつながると鈴木さんは考えている。
「自分を大切にすることができれば、人にも優しく振る舞うことができ、自然と周りに人が集まってくる。結果的に、多くの人に見守られながら旅立つことができる。実際に、穏やかに生きていた人ほど亡くなった後も顔や体が柔らかく、死後硬直に至る時間もゆっくりに感じます。命ある時間は限られているからこそ、いまに集中して丁寧に生きてほしいです」
最期の瞬間は、そのときにならなければわからない。しかし、だからこそいまを全力で生きていきたい。
安らかな14日間のためにできること【まとめ】
1.医師を探す
がんをはじめとした病気は緩和ケアによってある程度痛みを取ることも可能なため、相談できる医師の確保は必須。特に在宅死を希望する場合、寄り添ってくれる医師の存在は重要。すぐに相談でき、何かあったときに駆けつけてもらえるよう家の近くで探したい。
2.点滴をしすぎない
食事が摂れなくなった後、命をつないでくれる点滴だが、入れすぎることによって心臓に負担がかかり体もむくむ。1日200mlまでを意識したい。
3.救急車を呼ばない
在宅での看取りの場合、容体が急変すると家族が焦って救急車を呼び望まない治療を受ける結果になるケースが多い。
4.家族間での話し合い
どんな医師にどう看取ってほしいか、どこまで治療を受けたいかを家族と話し合う。特に認知症の場合、本人が自分の意思で判断できなくなる時期が早い段階で来るため、事前にどうしたいかを本人・家族・医療者の間で共有することが大切。
5.介護保険制度の確認
看取る家族が共倒れにならないために、自治体の窓口に相談し、どんな制度が使えるのかを確認する。
6.ディグニティノートをつける
終末期のケアで使用される、自分にとっていちばん価値があるのは何か、大切な人は誰かなど9つの質問に答えながら人生を振り返る「ディグニティノート」をつけることで理想の最期が見えてくる例も。
7.歯と髪のケア
歯や髪を丁寧にケアしている人は穏やかな最期を迎える傾向が。特に口腔内の状態は心筋梗塞や誤嚥性肺炎、認知症などとの関係が。
教えてくれた人
宮永和夫さん/ゆきぐに大和病院院長、岡本健一郎さん/昭和大学病院緩和ケアセンター長、長尾和宏さん/長尾クリニック院長
※女性セブン2022年1月1日号
https://josei7.com/
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