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『阿修羅のごとく』は人間の本性を暴く向田邦子の観察眼と和田勉の演出手法の凄みが圧巻

「過去の名作ドラマ」は世代を超えたコミュニケーションツール。懐かしさに駆られて見直すと、意外な発見することがあります。今月鑑賞するのは向田邦子脚本の『阿修羅のごとく』。加藤治子、八千草薫、いしだあゆみ、風吹ジュンの美しき4人姉妹が織りなす愛憎のドラマを昭和史とドラマをに詳しいライター・近藤正高さんが解説します。

全3話3時間半を一気に見終えた

 まず何と言っても、あの音楽である。トルコの軍楽(メフテル)とともにキャストやスタッフのクレジットが流れる、あのオープニングからして引き込まれてしまう。第1話の冒頭では、曲に合わせて、阿修羅について説明するナレーションも流れる(語っているのはおそらく加賀美幸子アナウンサーだろう)。筆者はここだけでも何度繰り返し見たかわからない。「NHKアーカイブス」のサイトによれば、この曲はトルコの軍楽隊が演奏する「ジェッディン・デデン」という行進曲で、チーフディレクターだった和田勉がトルコに行ったときに録音したものだという。

『阿修羅のごとく』は1979年にNHKの土曜ドラマの枠で放送された。筆者が初めて見たのは、それから20年ほどあとの再放送だっただろうか。こちらはまだ20代だったはずである。その後も、NHKオンデマンドでの配信やBSでの再放送などでたびたび見る機会があった。今回、改めて通して見たのだが、全3話で3時間半もあるのに一気に見終えてしまった。

加藤治子、八千草薫、いしだあゆみ、風吹ジュンの4人姉妹

 物語は1本の電話から始まる。図書館に勤務する4人姉妹の三女・滝子(いしだあゆみ)がある朝、主婦である次女の巻子(八千草薫)に電話をかけ、今晩、話があるので姉妹全員で集まってほしいと連絡してきたのだ。その夜、巻子の家に、長女の綱子(加藤治子)と四女の咲子(風吹ジュン)も集まり、滝子の口から明かされたのは、70歳になる父・竹沢恒太郎(佐分利信)が浮気をしているという事実だった。どうやら父は週に2日、相手の女性と男の子の住むアパートを訪ねては一緒にすごしているらしい。滝子は興信所に調査を依頼して、証拠写真も入手していた。

 姉妹たちはそのことを母・ふじ(大路三千緒)に隠しながら、どう対処すべきか悩むことになる。一方で、4人はそれぞれに男女関係で事情を抱えていた。夫を亡くした綱子は妻のある料亭の主人・桝川(菅原謙次)と交際し、咲子は無名のボクサーの陣内(深水三章)と同棲している。滝子も、それまで真面目な性格ゆえ男を遠ざけていたのが、依頼した興信所の勝又(宇崎竜童)と会ううち、互いに惹かれ合うようになる。本作の主人公というべき巻子は巻子で、夫の里見鷹男(緒形拳)が浮気をしていることに薄々感づくようになっていた。

 そんなふうに父の浮気がわかってからも、それぞれの人間関係に翻弄されながら日々を送る姉妹たち。脚本の向田邦子は、登場人物の心の機微を、何気ない描写に加え、小道具も巧みに使いながら描き出す。たとえば、第1話で姉妹が集まり、鏡餅を割っておかきにして食べていたところ、ふいに綱子の差し歯が折れるシーンは見るたび笑ってしまう。おかしさと同時に、綱子の人柄やら、妹たちとの関係性も何となく感じ取れる。こういう細かい描写の積み重ねこそ、向田ドラマの醍醐味だ。

向田邦子の世界と人物アップと「ガーン」

 細かな描写からは母の心の内や人生も浮き彫りにされる。じつは母は最初から父の浮気のことを知っていた。それが最初にほのめかされるのは、第1話のこんな場面だ。

 母が父のコートを手入れしていたところ、ポケットから子供向けの車のおもちゃが転がり落ちる。それを手にしたかと思うと、いきなり腕を振りかぶった母。画面はそこで一旦ストップモーションし、次のカットでは襖に突き刺さった車が映し出される。このあと再び画面は母の顔に切り替わると、彼女は唐突に歌い出す。「つーのー出せーやーりー出せーあたまー出せー」……。怖い。ひたすらに怖い。

 その後の回でも、新聞の投書欄や、つぶれて黄身の飛び出た卵、漬物石などといった小道具をひときわ巧みに使いながら、母の心情が表現される。それがいちいち怖く、ほとんどホラーである。それほどまでに父の浮気のせいで母は鬱屈したものを心のなかに澱(おり)のように積もり貯めていたのだ。

 先の母親が歌うシーンにしてもそうだが、このドラマには母にかぎらず、登場人物の顔が何度となくクローズアップで映し出される。顔のアップは、本作のチーフディレクターで、第1話と第3話の演出を手がけた和田勉が、これ以前より多用していた手法だ。高橋康夫(女優の三田佳子の夫である)の演出による第2話とくらべると、いかに和田がこの手法を多用していたかがわかる。

 1968年の大河ドラマ『竜馬がゆく』でも、NHKに映像が残る唯一の回(こちらもNHKオンデマンドで配信中)が和田勉の演出で、顔のアップとともにガーンという効果音が印象に残る。ガーンも和田の得意技で、『阿修羅のごとく』でも、その翌年の1980年に放送された『ザ・商社』でも繰り返し出てくる。『阿修羅のごとく』では、人物が動揺するシーンなどでガーンが使われているが、ちょっとくどい気もする。

 ともあれ、アップにもガーンにも見ている者をドラマに引き込む効果がある。とくにアップは、こういう言い方は語弊があるかもしれないが、一種の覗きの快楽を味わわせてくれる。また昔のテレビの画面はほぼ真四角で、顔をアップにすると、ほぼ画面が顔でいっぱいになるので、より画面を覗き込んでいる感が強くなる。その上、和田演出によるアップは、照明のせいもあるのか、どこか生々しい。母・ふじ役の大路三千緒のアップでは、顔に刻まれたしわが強調され、次女の巻子役の八千草薫は上品だが、アップされた顔からは疲れた中年女性の気だるさみたいなものが漂ってくる。女優からすれば和田勉はいやな演出家であったに違いない。

 こうしたアップによる覗きの快楽は、向田邦子の作品世界にひときわマッチしている。向田作品自体が、人々の日々の営みを覗くように書かれているからだ。劇中ではときどき夏目漱石だの文楽だの、高等な趣味でまぶしてあるのでだまされてしまいそうになるが、向田作品の本質は、人間を赤裸々に描くところにこそあると思う。それを描き出す向田の視線はときにいやらしく、やはり覗きに近い……いや覗きそのものだ。

こっちから見えるってことはな

 ――と、そんなことを考えながら、『阿修羅のごとく』に続き『阿修羅のごとく パート2』を見ていたら、最終回で、巻子の中学生の娘・洋子(荻野目慶子)がチラシを丸めて筒にして覗き込むシーンが出てきた。このとき、洋子は父の鷹男(パート2では緒形拳に代わり露口茂が演じた)が会社の女性と浮気していると疑い、「エイッて覗くとさ、その人が向こうでいま、何をやってるか、バッチリ見える機械って発明されないかな。たとえば、お父さんがいま何してるかな……」と言いながら筒を覗き込む。そこへ現れた兄・宏男(松本秀人)の一言にハッとさせられた。

「おまえってバカだな。こっちから見えるってことはな、向こうからも見えるってことだぞ」

 このセリフと、パート1の最終回のラストシーンで勝又が漱石の『虞美人草』から引用していた「ここでは喜劇ばかりが流行る」という言葉を並べると、さらに考えさせられる。覗くことに夢中になっているうちは、向こうで見えている人々の営みは喜劇だが、自分も向こうから覗かれていると思うと、途端に身につまされる。ひょっとすると、自分たちもまた、登場人物たちと同様に、このドラマ第1話の冒頭で説明される「外には仁義礼智信を掲げるかに見えるが、内には猜疑心強く、日常争いを好み、たがいに事実を曲げ、またいつわって他人の悪口を言い合う。怒りの生命の象徴」たる阿修羅の世界に生きているのではないか。中年となって久々に見た分よけいに、本作には胸に刺さるものがあった。

文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。

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