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佐藤栄作、小泉純一郎、安倍晋三がドラマに与えた影響 政権の移り変わりで劇的に変化が

 TBS「日曜劇場」をさまざまなテーマで考察する隔週連載。今回のテーマは「政治家」。政権の移り変わりは、ドラマにどう影響してきたのか。日曜劇場以外の作品も視野にいれつつ、ドラマと昭和史に詳しいライター・近藤正高が自民党総裁選挙開票のきょう、じっくり検証します。

映画では日本初の女性総理誕生

 自民党の総裁選挙がきょう(9/29)行われる。所詮は一政党の党首を決めるにすぎないし、国民にとっては、この秋にも実施される予定の総選挙のほうがはるかに重要なはずである。とはいえ、ここで選ばれた新総裁はそのまま国会での首班指名を経て内閣総理大臣となるのだから、世間の注目が集まるのはしかたがない。とくに今回は、いまだ新型コロナウイルスの感染拡大が収束しない(最近になってやや落ち着いてきたとはいえ)なかでの総裁選とあって、各候補の示す対応策はやはり見過ごせないだろう。

 今回の総裁選ではまた、自民党史上初めて女性が2人出馬した点も特筆される。もっとも、これより前に総裁選に女性が立候補したのは13年も前、2008年の小池百合子(現・東京都知事)という事実を知ると、いまだ旧態依然とした自民党ひいては日本政界の現状を改めて感じずにはいられない。

 そこへ行くと、フィクションの世界のほうが現実に一歩先んじている。奇しくもつい先日公開されたばかりの映画『総理の夫』(原作は原田マハの小説『総理の夫 First Gentleman』)では、ついに日本初の女性総理が誕生し、その夫ともども国民から注目を集める。劇中で中谷美紀が演じる総理は、いま現実に存在する日本の政治家の誰にも似ていないカッコよさを見せている。そもそも女性で総理になった人がいない(つまりモデルがいない)のだから、当然といえば当然だが。

『TOKYO MER』『下町ロケット』『半沢直樹』の政治家たち

 映画とくらべるとドラマはもう少し現実寄りで、先月最終回を迎えた日曜劇場『TOKYO MER~走る緊急救命室~』では、石田ゆり子演じる東京都知事と渡辺真起子演じる厚生労働大臣がともに日本初の女性総理を目指して争い、ことあるごとに火花をちらす場面が見られた。このあたりの設定は、今回の総裁選をちょっと先取りしていたともいえる。ただし、本作には現職の総理が登場することはなかった。

 日曜劇場では、これ以前にも政治家が出てくるドラマは結構あるが、総理が登場するものとなるときわめて少ない。阿部寛が町工場「佃製作所」の社長を演じる『下町ロケット』シリーズの2018年版では、農業ロボットを開発した佃製作所が、最終話において総理大臣臨席のもと、デモンストレーションイベントでライバル会社と対決する。このとき総理を演じたのは森次晃嗣だった。また、昨年放送の『半沢直樹』の第2シリーズでは、総理の的場(大鷹明良)が落ち込んだ内閣支持率を挽回するため、国民人気の高いアナウンサー出身の白井(江口のりこ)を国土交通大臣に抜擢した。

 しかし、いずれの作品も、総理大臣が出てきたことまで覚えている人は少ないのではないか。とくに『半沢直樹』では、白井とそのバックについた与党幹事長の箕部(柄本明)があまりに強烈なキャラクターだったため、総理の影は薄かった。

『華麗なる一族』『運命の人』の実在モデル

 さらにさかのぼると、2007年放送の『華麗なる一族』では「佐橋総理」という名前が劇中にたびたび出てきたものの、当人の登場シーンはついになかった。その代わり、元通産大臣の大川一郎(西田敏行)と大蔵大臣の永田(津川雅彦)と、佐橋総理の後釜を狙う大物政治家が対立する様子がことあるごとに描かれた。大川はこのドラマの主人公・万俵鉄平(木村拓哉)の義父であり、製鉄会社を経営する鉄平が高炉建設に乗り出すにあたり、通産省に便宜を図るなど支援を惜しまない。その関係は、鉄平が実父の大介(北大路欣也)と骨肉の争いを繰り広げるのとは対照的だ。だが、大川はやがて死去し、鉄平は強い後ろ盾を失うことになった。

『華麗なる一族』の原作である山崎豊子の同名小説が雑誌で連載されたのは、1970年代初めと、ちょうど佐藤栄作の長期政権が続いていたころである(2007年のドラマ化では、そのもう少し前、60年代末という設定になっていた)。山崎豊子は自分の作中人物にモデルはいないとことあるごとに口にしたが、本作における佐橋総理のモデルが佐藤であることはほぼ間違いない。

 生粋の政党政治家(いわゆる党人派)として官僚出身の佐橋や永田らと対立し、次期政権を狙うも志半ばで病に倒れる大川一郎にも、モデルと思われる政治家が何人か思い浮かぶ。なかでも自民党の党人派の実力者だった河野一郎(今回の総裁選に出馬した1人、河野太郎の祖父)は、名前からして大川一郎のイメージに一番近い。総理の座を狙いながらも志半ばで病に倒れた点でも、河野と大川は共通する。

 佐橋総理は、やはり日曜劇場でドラマ化された山崎豊子の小説『運命の人』(2012年)にも登場する。同作は現実に起こった外務省機密漏洩事件をテーマにしているだけに、ここで登場する総理のモデルはまぎれもなく、事件当時の総理である佐藤栄作だ。同作にはこのほかにも、以前この連載でも書いたように、田中角栄・福田赳夫・大平正芳・中曽根康弘と、現実の総理経験者をモデルにした政治家が出てきた。

『運命の人』では佐橋総理を北大路欣也を演じた。北大路は、日曜劇場では『官僚たちの夏』(2009年)でも、通産大臣からのちに総理となる池内信人を演じている。こちらは池田勇人がモデルであった。なお、北大路は他局でも、浜口雄幸(『男子の本懐』NHK、1981年)、広田弘毅(『落日燃ゆ』テレビ朝日、2009年)と、歴代総理をたびたび演じている。『運命の人』以外は、いずれの原作も城山三郎の小説だ。

早かった三谷幸喜ドラマ

 というわけで、一部の例外を除けば、日曜劇場で総理大臣が出てくるドラマは少数で、出てきても影が薄い。そもそも総理が出てくるドラマ・映画、それも史実をもとにしないまったくのフィクションの作品となると、ある時期まで日本ではほとんどつくられてこなかったと言ってよい。そこには日本独特の政治体制も影響しているような気がする。

 日本ではある時期まで、政策づくりを主導してきたのは各省の官僚だった。時折、強い個性と意志のある総理大臣が現れて、自身の意向を通すことがあったとはいえ、基本的にこの体制は変わらなかった。それが90年代後半以降、総理官邸の機能を強化して、総理の判断で官邸に人を集めて政策をつくる制度が整えられていく。画期となったのは2001年1月の省庁再編で、官邸が従来以上に大きな権限を持つようになったことだ。折しも同年4月には小泉純一郎が総理に就任し、アメリカの大統領を意識した強いリーダーシップを発揮するようになる。そのイメージはフィクションの世界にも投影されていった。

 三谷幸喜が脚本を手がけたドラマ『総理と呼ばないで』(フジテレビ、1997年)が放送されたのは、「官僚主導」から「官邸主導」へと移行する過渡期のことである。同作は、総理官邸を舞台に、田村正和演じるわがままな総理が官邸スタッフや家族とことあるごとに騒動を起こすという話だった。三谷はこれ以前に『古畑任三郎』『王様のレストラン』とあいついでヒットドラマを生んだが、それらに続く同作は苦戦したとのちに語っている。

 三谷によれば、その原因はシットコム(シチュエーションコメディ)のつもりだったのに、スタッフにそれが理解されなかったにあるというが、それ以前に、時代の状況からして、政界を舞台にしたドラマがまだ視聴者にはなじみが薄かったことも苦戦につながったのではないだろうか。これが小泉内閣時代以降に放送されていたのなら、もう少し世間の反応も違ったかもしれない。ちなみに、ホワイトハウスを舞台に大統領と側近たちを描いたアメリカのドラマ『ザ・ホワイトハウス』がスタートしたのは、『総理と呼ばないで』のあと、1999年のことである。三谷はその意味でも早かったことになる。

「小泉劇場」の圧倒的影響

 国民の圧倒的な支持を受けて誕生した小泉総理は、改革を推し進めるなかで、メディア受けする言動を繰り返し、「小泉劇場」とも呼ばれるブームを巻き起こす。石橋貴明主演の『レッツ・ゴー!永田町』(日本テレビ、2001年)は、小泉ブームのさなかに放送された。『週刊ポスト』などで連載されたマンガ『票田のトラクター』を原作としたこのドラマには、小泉ならぬ和泉総理(岩城滉一)をはじめ現実の政治家をモデルにした人物が多数登場し、そっくりさん大会の様相を呈していた。

 フジテレビの「月9」にも政界物が登場する。しかも主演は木村拓哉であった。その作品、『CHANGE』(2008年)は、それまで美容師や検事、パイロットなどさまざまな職業を演じてきた木村がついに総理役にまで昇りつめたと話題を呼んだ。劇中では木村演じる小学校教師が、衆院議員だった父親の急死にともない与党幹部の策略で政界に進出し、総理に担ぎ上げられるも、やがて自らの意志を示すようになる。ちょうど小泉政権のあと、短命政権が続き、国民のあいだで政治不信が募っていたころだけに、そこで描かれる総理像は新鮮だった。自民党から民主党への政権交代はこの翌年のことである。

安倍政権長期化との関係は?

 2011年の東日本大震災など、大きな災害が起こるたびに総理の指導力がますます問われるようになった。2012年の総選挙では自民党が圧勝し、政権復帰を果たす。これにともない総理に返り咲いた安倍晋三は、わずか1年で終わった第1次政権での反省も踏まえ、官邸の力をさらに強化することで長期政権を実現した。そのさなか、2016年に公開されて大ヒットした映画『シン・ゴジラ』では、ゴジラの襲撃により閣僚の大半が死亡し、総辞職した内閣に代わって若い官僚たちが力を合わせて国難に立ち向かう。このとき総理臨時代理となった老政治家(平泉成)はリーダーシップを発揮するというよりは、官僚たちのバックアップに回る姿勢を示し、現実における官邸主導の政治とは対照的であった。

 安倍政権の長期化と関係あるのかないのか、この時期には総理大臣が登場する映像作品が目立つようになる。テレビ朝日の金曜ナイトドラマ枠では、遠藤憲一・菅田将暉主演の『民王』(2015年)、剛力彩芽主演の『グ・ラ・メ!~総理の料理番~』(2016年)と政界を舞台にしたドラマがあいついで放送され、それぞれ遠藤と小日向文世が総理を演じた。その後、政権の長期化にともなう弊害も顕著となっていた2019年には、三谷幸喜の脚本・監督により、中井貴一演じる史上最悪のダメ総理と呼ばれた総理が記憶を失うというコメディ映画『記憶にございません!』が公開されている。

 いまやドラマや映画でも、政界物が一つのジャンルとして定着した感がある。ここまで書いてきたように、そこに現実政治の影響も多少なりともあるとすれば、今後も政界で変化があるたびに新たな作品が生まれることが予想される。

 ちょうど新政権が発足するタイミングで、10月10日よりスタートする日曜劇場『日本沈没―希望のひと―』では、仲村トオルが総理を演じる。主演の小栗旬は環境省の官僚役で、自らの提案を通すため、総理のほか政財界の大物にすり寄るという役どころだという。そのなかでどんな人間模様が描かれるのか。ポリティカル・フィクションとしても期待を抱かせる。

文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。

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