『JIN―仁―』出演の俳優陣。大沢たかお、中谷美紀、内野聖陽、綾瀬はるか……その後の活躍も凄い
10年前「日曜劇場」(TBS)で放映され、現在も根強い人気に支えられるられるドラマ『JIN—仁—』。2021年冬季の大ヒット作となった『天国と地獄〜サイコな2人〜』と同じく森下佳子が脚本を手掛ける名作の魅力をに歴史とドラマに詳しいライター・近藤正高さんが迫る。今回は、まずは俳優陣の活躍を振り返る。
→前回を読む→『JIN―仁―』で考える。医療ドラマに流血のリアリティは必要か
大沢たかおと原作イメージ
日曜劇場『JIN—仁—』(2009年・2011年)では、大沢たかおが主人公の脳外科医・南方仁を演じた。村上もとかの原作コミックでは、仁は無精ひげを生やし、どちらかというと武骨なルックスで、大沢のイメージとはかなり違う。
原作の仁がそのルックスにふさわしく、幕末の江戸にタイムスリップしてもわりとあっさりと馴染むなど、適応能力の高さを示すのに対し、ドラマの仁は、のちのちまで割り切れないところが残り、悩むことが多い。そんなキャラクターを演じるのは、むしろ大沢のような、繊細さを持ち合わせた俳優がふさわしかったのだろう。プロデューサーの石丸彰彦は、大沢のふわっとした空をつかむような不思議な空気感が、南方仁に合っていると思い、起用を決めたという。
《喜怒哀楽のどれかひとつに特化してないというか、多面的というか。実際にご一緒にしてみて、白でもブルーでも、いろんなイメージが当てはまる、すごい役者さんだなって思いました》と石丸が語るとおり(TVガイド特別編集『日曜劇場 JIN—仁— 完全シナリオ&ドキュメントブック』東京ニュース通信社)、大沢は、終始悩み続けはするものの、一度覚悟を決めたらどんな難題にも挑んでいく勇敢さ、そしてどんな人にもわけ隔てのない優しさと、さまざまな顔を見せる仁を見事に演じている。
そもそも仁が悩み続けるのは、現代に未来(みき)という恋人を残したままタイムスリップしてしまったからだ。未来は、仁の執刀により脳腫瘍の手術を受け、腫瘍こそ除去できたものの、手術中の彼のミスによりずっと意識が戻らずにいた。そんな彼女のことを仁はタイムスリップしてからも片時も忘れることがなかった。
中谷美紀演じるオリジナルキャラクター・未来
原作には出てこない、ドラマのオリジナルキャラクターである未来は、脚本の森下佳子によれば、タイムスリップしても普通はなかなかその場所に慣れないだろうということから、「仁があれこれ思い出してウジウジする対象が必要なのではないか」と石丸と話し合うなかで生まれたという(『日曜劇場 JIN—仁— 完全シナリオ&ドキュメントブック』)。
中谷美紀が演じる未来は、仁が江戸で出会う吉原の花魁・野風(中谷・2役)と生き写しだった。この設定も、回を追うごとに重要な意味を持っていく。そのことは、仁が現代から持ってきた未来とのツーショット写真が、彼が何かをするたびに変化していくという形でほのめかされる。
本来は未来の病室で撮った写真だったのが、場所は普通の室内、未来もまるで何事もなかったかのように缶ビールを手にしている姿に変わる。だが、あるときから、未来の姿はどんどん薄くなっていく。それは仁と野風の距離が縮まっていく過程と軌を一にしていた。
それでも野風が然る高家に身請けされることが決まると、再び写真の未来は鮮明になる。どうやら野風が身請けされることで、その血筋からいずれ未来が生まれるらしい。それを察した仁は、野風から頼まれて身請け前の検診を行なった際、乳がんの兆候を見つけながら、問題はないとあえて処置しなかった。
しかし、これによって未来は生まれるにせよ、野風はがんで死んでしまうかもしれない。医者としてそれは間違った選択なのではないか。葛藤する仁に、さらに追い打ちをかけるように、それまで公私にわたって彼を世話してきてくれた咲(綾瀬はるか)や、すっかり親しくなっていた坂本龍馬(内野聖陽)からも後押しをされ、ついに野風を再検診し、手術することを決める。
内野聖陽、綾瀬はるかの活躍
なお、仁に対しては、野風だけでなく咲も好意を寄せるようになっていた。このことに仁はかなりあとになって、龍馬に言われてようやく気づき(遅すぎだよ!)、ずっと滞在していた咲の家(橘家)を離れることにする。咲もこれをきっかけに、母親の勧める縁談を受け入れるのだが、やはり仁への思いは断ち切れず、結納の当日、野風を手術する仁のもとへ走るのだった。このように『JIN』の第1シリーズの最終話は、咲と野風、そして仁と未来の運命が交錯するというドラマチックな展開を見せる。
結果からいえば手術は無事に成功し、野風は身請け話こそなくなったものの、晴れて自由の身になる。果たしてこれにより、未来は消えてしまうのか、また歴史は変わってしまうのか? 第1シリーズの最終話は、そのあたりはまだ謎を残しながら締めくくられ、2年後の完結編へと引き継がれることになる。
ちなみに、第1シリーズの放送の時点では、まだ原作コミックも完結していなかった。それもあってか、ドラマでは、先述のとおり未来というキャラクターをつくったのをはじめ、かなり大きな改編が加えられている。また、キャスティングによって原作とは違った魅力も生まれた。なかでも内野聖陽演じる坂本龍馬は、プロデューサーの石丸をして、このドラマが成功し、高い評価を受けた大きな理由の一つだと言わしめた。原作では龍馬は当初、とっつきにくい人物として登場するが、それに対して内野演じる龍馬は、最初から人懐っこく、思っていることをなかなか表に出さない仁の心に飛び込んでみせる。
咲を演じた綾瀬はるかも、奥ゆかしさのなかに芯の強いところを持った武家の娘を好演し、本作が俳優として大きなステップとなったことは間違いない。もともと綾瀬はグラビアやバラエティを中心に活躍していたのが、2004年、石丸プロデュース・森下脚本によるドラマ『世界の中心で、愛をさけぶ』で演技に開眼した。その後も、石丸・森下コンビによる『白夜行』(2006年)、『MR.BRAIN』(2009年)などのドラマに起用され、俳優として花開いていった。
喧嘩もしょっちゅうだった
『JIN』にかぎらず、石丸はプロデューサーを務めるドラマで、長年の信頼関係を築いてきた俳優やスタッフを起用することが多い(『JIN』で医学所頭取の緒方洪庵を演じた武田鉄矢にしても、『白夜行』で刑事役に起用して以来の関係だった)。それというのも、「暗黙知」を共有できる環境をつくることが、完璧な作品を生むと考えているからだという(『Works』2011年6・7月号)。
そもそも脚本の森下からして、石丸とは互いに実績のない頃からタッグを組み、切磋琢磨してきた仲である。毎回、新作を手がけるにあたっては、打ち合わせに3〜4ヵ月かけて全体の構成をつくっていたという。その上で森下が脚本を書き始めてからも、打ち合わせをしてはささいな1行をめぐってもめることもあり、その緊張感たるやディレクターがその場に入りたくないと言うほどだった。喧嘩もしょっちゅうだったらしい。
『JIN』をつくるにあたっては、森下のほうから言い出して、「ちゃんと喧嘩をしながらつくろう」と石丸と約束したという。すでにこの頃には2人とも実績を重ねていたが、そのために遠慮が生じ、互いに遠慮し始め、打ち合わせも消化不良になりがちだったからだ。それだけに森下の申し出がすごくうれしかったと、石丸はのちに語っている(『日曜劇場 JIN—仁— 完全シナリオ&ドキュメントブック』)。
テレビドラマの歴史をひもとけば、橋田壽賀子と石井ふく子、向田邦子と久世光彦、宮藤官九郎と磯山晶というように、脚本家とプロデューサーが見事なコンビネーションによって名作を生み出してきたケースが結構ある。石丸彰彦と森下佳子もこの系譜に連なる、まさに名コンビといえよう。2人は、『JIN』の第1シリーズの好評を受け、まもなくして完結編の制作に取りかかることになる。
※次回は4月28日(水)公開予定