せん妄ってどんな病気? 認知症と何が違う? 原因や対策を専門医が解説
長期にわたる外出自粛の影響で「認知機能が低下するシニア層が増えるだろう」と指摘する医師がいる。また、ある調査では介護施設職員や介護支援専門員の約4割が「認知症者に悪影響がみられた」と答えている※。
そうしたなか、「高齢者の“せん妄”も増加するのではないか」と警鐘を鳴らす専門家がいる。耳慣れない言葉だが、せん妄とはどんな病気か、認知症とどう違うのか、どのような高齢者がかかりやすいのかを専門家に聞いた。
認知症だと思っていたらせん妄かも?
「コロナ禍の影響で外出を控え、家にこもる生活が長期間にわたる人が多いと思います。高齢のかたは、認知症でなくても、運動不足による筋力低下、食欲低下により“フレイル”に陥る可能性があります。フレイルとは介護が必要となる一歩手前の虚脱状態で、放置すると寝たきりになり、認知機能も衰えてしまいます」
こう話すのは、「栗原クリニック東京・日本橋」院長の栗原毅さんだ。
ボーッとする時間が続く、物忘れがひどい、など認知症に特有の初期症状が見られると、以前は病院で検査を受ける人が少なくなかった。しかし、新型コロナウイルスの感染を恐れて、最近は皆、病院へ足が遠のきがちだ。
北海道江別市にある精神科「江別すずらん病院」の認知症看護認定看護師・小野寺亮太さんによると、
「認知症かもしれないと思っても、病院で診断を受けないまま、自宅で介護しようとがんばる家庭もあります。しかも、当事者が暴れたり叫んだり攻撃的になっても、介護する人は耐えてしまう。攻撃的な症状は認知症によるものではなく、せん妄の可能性があるのですが、認知症との判別がつきにくいため、放置されるケースが少なくありません」
認知症だと思っていたが実はせん妄だった、というのだ。では、その「せん妄」とはどんな症状で、何が原因なのだろうか。認知症の診断と治療を専門とする「メモリークリニックお茶の水」院長の朝田隆さんに聞いた。
せん妄とは?
「せん妄は軽度の意識障害で、簡単に言うと、悪夢を見ているような状態です。意識がボーッとしていて、自分の言動が記憶に残らない、自分がいま何をやっているのかわからない。ただ、悪夢を見ているわけですから、本人は恐怖感を感じています」(朝田さん・以下同)
若い人でも、3交替勤務などで睡眠リズムが乱れているときなどは、目が覚めたとき、朝なのか夜なのか、一瞬わからなくなることがある。健康ならすぐ元に戻るが、せん妄の場合は、時間や居場所が認識できない。
「せん妄が起きているときは、ボーッとしていて、まともな反応はできないけれども、普通に歩いたり、トイレを使ったり、ご飯を食べたり、日頃から慣れている動作はこなします。たとえば、メールなども普通にやりとりできるので、周囲からは普段と変わらないように見えます」
せん妄にかかりやすい人の特徴は?
まるで夢遊病者のようだが、睡眠障害ではないという。では、どんな人がかかりやすいのだろう。
「高齢者に多いのが特徴です。特に、脳梗塞や心臓病などを経験した人、糖尿病、パーキンソン病、認知症などの人が発症しやすい。インフルエンザや風邪で寝込んでも発症することがあり、病気やけがなどあらゆることがきっかけになります。要するに、脳に充分な酸素が回らない、脳にたまった毒物がしっかり排泄されないといった素地があるとせん妄になりやすい。原因は1つではないので、脳の健康な働きを阻害するような要因があるとかかりやすいと言えるでしょう」
高齢者の場合、環境が変わっただけで発症してしまうこともあり、自宅の改修工事などで部屋が変わったりしただけでも発症の可能性があるという。しかも、せん妄の症状はボーッとしているだけではない。
「せん妄には、過活動性せん妄と活動減少型の寡活動性せん妄があります。過活動性せん妄になると暴れたり、叫んだり、攻撃的になります。一方、活動減少型はじーっとしていて、声をかけても、ボーッとしている。どちらの症状も、家族や介護スタッフ、医療スタッフなど周囲の人とトラブルを起こしやすいです」
時間的には夕方から夜間にかけて発症しやすく、尿意で目を覚ました深夜、突如としてせん妄を起こすこともある。発症しやすいのは後期高齢者と呼ばれる75才くらいからで、現在、日本ではその数1871万人もいるという。
せん妄を起こす高齢者の実例を解説
前出の小野寺さんが実例を語る。転倒骨折で手術した後、認知機能に衰えは見られないが、せん妄を起こしていたという高齢者のケースが多いという。
「寡活動性せん妄の患者さんは『ここはどこ?』という程度ですみますが、過活動性せん妄の患者さんは『なんでこんなところにいるんだ!』と怒り出したり、看護師から乱暴な扱いを受けたと騒ぐかたもいます。特に男性は力があるので、いきなり腕をつかまれたり、殴りかかられたり、暴力的になるケースもあります。せん妄の患者さんに対しては、トラブルを防ぐために、相手の手が届かない位置で、相手の目線の高さに合わせた姿勢で、会話をするよう心がけています。穏やかな態度と口調で接することが大事です」
それでも、せん妄の患者に多少キツい口調で応じたり、殴ろうとした手をつかんだりすると、それ自体は覚えていないようだが、「この看護師はイヤな人」というネガティブな印象だけを残し、家族が来たときに、「看護師にイヤなことをされている」と話し、家族から身に覚えのない不審を買われることもあるという。
前出の朝田さんも同様の経験がある。
「総合病院から紹介されてうちのクリニックを受診した患者さんが、なんで怒っているのかと思っていたら、突然、ボコンと私に殴りかかってきた。正当防衛でとっさに私も手を出してよけたのですが、せん妄を起こして本人は悪夢の中にいたので、自分の言動は記憶に残らず、こちらが一方的に悪者になってしまった。すぐに最寄りの警察に連絡を入れておいたので大問題に発展しませんでしたが、その息子さんは、父親の言い分を信じて怒鳴り込んできました。家族は事情を知らないので、せん妄は、医療・介護従事者にとって、非常に困った問題です」
口汚い言葉で罵られる、杖で殴られる、大暴れするのを止めようとして噛みつかれたり、引っかかれたりする。そうかと思えば、看護師や介護士から「乱暴を受けた。怒鳴られた」などと、家族や見舞客に対して悪夢を事実として訴える。医療・介護施設ではこれらの事象は日常茶飯事だという。
せん妄の原因は…薬の服用に注意
せん妄に関して留意したいのが、薬の服用だ。入院や転院などで薬の種類が変わったときにせん妄が起こることもあるという。小野寺さんが言う。
「私が夜勤担当のとき、夕方、その日にほかの病院から転院してきたある患者さんに挨拶に行ったときは紳士的だったのに、夕食後、態度が豹変し、いきなり怒鳴りつけられたことがあります。入院前から同様の症状が出ていたそうで、『こんな仕事もできないのか、何をやってるんだ!』と部下を叱りつけるように怒鳴り散らしたり、『自分が手ほどきしてやる』と言って、注射器や薬剤などを載せたカートにまで手を伸ばしてきました。せん妄を発症していたのです」
病院では人権尊重が基本のため、ベッドに無理やり引き戻すこともできなかったが、その後、その男性がトイレに立ち、ヨロヨロと転びそうになった姿を見て、小野寺さんは薬の副作用を疑った。そして翌朝、主治医に状況を説明し、以前からのんでいた薬をやめ、新たに処方してもらうと、その晩からせん妄が治まったという。
せん妄かも…と思ったら専門医に相談を
そうした現状を踏まえ、小野寺さんは言う。
「せん妄は認知症との判別が難しいうえ、私のような認知症看護認定看護師や認知症専門医が日本では数少ないのが実情です。在宅で介護を受けている認知症患者は向精神薬をのんでいることが少なくありませんが、薬の種類や量がその患者さんには合わなくてせん妄になることもあります。日本では4人に1人が認知症にかかり、恥ずかしい病気ではありません。認知症やせん妄の症状がある場合は、すぐに精神科へ行き、相談してください」
睡眠薬、胃薬、消炎鎮痛剤、降圧剤などにも、せん妄を起こす成分が含まれている製品があり、服用の際は医師や薬剤師に相談して、充分に気をつけたい。
※医療・介護施設の38.5%、介護支援専門員の38.1%が認知症者に影響が生じたとしており、特に「行動心理症状の出現・悪化、認知機能の低下、身体活動量の低下等の影響がみられた」と回答している。広島大学大学院医系科学研究科共生社会医学講座の石井伸弥寄附講座教授が、(社)日本老年医学会、広島大学公衆衛生学講座と共同で、全国945施設・介護支援専門員751人を対象に、2020年2~6月頃に行ったオンライン調査によるもの。
教えてくれた人
栗原毅さん/栗原クリニック東京・日本橋 院長、小野寺亮太さん/江別すずらん病院・認知症看護認定看護師、朝田隆さん/メモリークリニックお茶の水・院長
※女性セブン2020年10月22日号
https://josei7.com/