木村拓哉演じる職業の変遷にみる時代性|『ビューティフルライフ』ではカリスマ美容師【水曜だけど日曜劇場研究】
TBS「日曜劇場」の歴史をさかのぼって紐解くシリーズも第13回、今回で最終回。大ヒットドラマ『ビューティフルライフ』のストーリーを振り返りながら、恋愛ドラマのヒットの要素を、ライター近藤正高氏が、現代風俗とのリンクを確かめながら考察。
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携帯電話の登場と恋愛ドラマのすれ違い
前回に続き、20年前の2000年に「日曜劇場」で放送された大ヒットドラマ『ビューティフルライフ』を振り返ってみたい。木村拓哉演じる美容師の沖島柊二、常盤貴子演じる足の不自由な図書館司書の町田杏子を主人公とした本作は、純然たる恋愛ドラマだった。
このドラマの第3話では、新しいヘアデザインを考えていた柊二のため、親友の佐千絵(水野美紀)とともに資料を集めた杏子は、これを機に彼と急速に距離を縮め、柊二の家で初めてキスするにいたる。その流れが印象に残った。その夜、柊二は杏子を誘って一緒に食事したあと、タクシーで彼女を家に帰すつもりだった。しかしいざタクシーに乗ると、杏子はトイレに行きたいと言い出す。といっても公衆トイレは汚いうえ、障害者が使うには困難がともなう(まだ多目的トイレがいまほど普及していなかった時代である)。そこで柊二はとっさに自宅へ彼女を連れていき、トイレを貸した。そして彼女が出てくると、今度は柊二も洗面台に駆け込み、嘔吐する。じつはかなり酒に酔っていたのだ。ともあれ、こうして2人が互いに恥ずかしい姿をさらすことで、両者が自然体で接する空気が生まれ、急速に関係を深めていったのが面白い。
ただ、この時点ではまだ2人は連絡先を交換していなかった。両者とも携帯電話を持っているにもかかわらず、である。ようやく番号を交換したのは、続く第4話の終わりがけ、柊二が杏子をデートに連れ出そうと、彼女の実家(東京の新小岩で酒屋を営んでいる)近くまで迎えにきたときだった。杏子は柊二に呼び出されると(実家へ電話があった)さっそく家を出るのだが、彼の待つ近所のグラウンドにたどり着くまで、道が通行止めになっていて遠回りしたあげく、車椅子の車輪が側溝にはまって身動きがとれなくなってしまう。ようやく近くを通りかかった人たちに声をかけて溝から出してもらうも、家を出て柊二と会うまでに40分もかかってしまった。溝にはまった時点ではまだ、柊二の携帯番号を知らなかったため連絡もできず、彼をやきもきさせる。
携帯が登場して以降、恋愛ドラマにおいてカップルがすれ違うシチュエーションをつくるのが難しくなったといわれる。それをこのドラマでは、2人が番号を交換するのを遅らせることで、すれ違いの場面をつくったというわけだ。もちろん、すれ違いの前提としてまず、彼女が車椅子であることが大きな要素としてあるわけだが。
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『100日後に死ぬワニ』とも共通する構成
恋愛ドラマは、恋に落ちた2人が乗り越えるべき壁が高ければ高いほど盛り上がる。杏子と柊二はすでに彼女がハンディキャップを抱えている時点で、大きなハードルを抱えていたわけだが、さらにドラマが進むにつれ、2人を引き離す要素として、昔の恋人の出現、家族の反対、そして不治の病と、次々と試練が襲いかかる。引き離されそうになったカップルは、かえって結びつきを強くし、ともすれば2人だけで暴走して周囲に迷惑をかけたり不幸にするパターンも少なくない。だが、『ビューティフルライフ』はこの例に当てはまらず、柊二は杏子を愛することで、彼女の家族や親友の佐千絵(水野美紀)とも関係を深めていく。
当初、杏子の兄の正夫(渡部篤郎)は、柊二との交際に猛反対する。それも難病を抱えた妹を思ってのことであった。一方で、彼女の両親は最初から柊二に好感を抱いていた。第8話で杏子は、柊二の昔の彼女であるさつき(小雪)の存在を知り、さつきが勤める銀座の画廊へ訪ねて行くと、車道に倒れてけがをしてしまう。このため休職を余儀なくされ、正夫の勧めでしばらく田舎の親戚宅ですごすことになる。このとき、杏子の母・久仁子(大森暁美)は訪ねてきた柊二に、こっそりその家の住所を教えている。杏子が柊二に会いたがっていると思ってのことだ。同時に柊二は久仁子から、杏子の抱えている難病は43分の13の確率で亡くなる可能性があると教えられた。
運が悪いことに、このあと杏子の病気は悪化していく。第9話では、肺のレントゲンに影が見つかり、再検査を受けることになった杏子は、急に強い不安感を覚え、夜中に車で家を出てしまう。柊二がそれを知ったのは、正夫から電話でそっちに行っているのではないかと問い詰められたときだった。彼は杏子が早まったことをしないか胸騒ぎを覚え、すぐさまバイクで追いかける。柊二は、2人でその少し前に行った富士山の見える湖ではないかと見当をつけて向かったところ、杏子はやはりそこに来ていた。大声で呼びかけ、ついに彼女を救い出したのだった。
この一件を機に、正夫もついに柊二のことを認めるにいたる。以後、柊二は、杏子の家族から彼女を託され、最期まで支えることになった。家族はそのために一軒家まで借りて、2人が水入らずで暮らせるようにしてくれた。最終回に近づくにつれ、家族の要素が強くなっていくのは、昔からホームドラマを得意としてきたTBSならではかもしれない。この間、柊二は勤めていた美容室が閉店し、失職してすっかりやる気もなくしてしまうが、やがて杏子の後押しで、有名デザイナーのファッションショーのスタイリストを務めることを決める。しかし杏子は、このショーを観に行ったところで倒れ、ついに帰らぬ人となった。
杏子が柊二と死別することは、ドラマの前半よりほのめかされていたことである。おかげで、柊二と杏子がともにすごす一瞬一瞬がかけがえのないものに感じられた。それとともに、視聴者は、2人にどんなふうに別れが訪れるかが気になり、ドラマに引きつけられていくという効果もあった。あらかじめ死が予告されることで人を引きつけるという点では、今年ツイッター発で流行した『100日後に死ぬワニ』などとも共通する。
カリスマ美容師ブームを背景に
『ビューティフルドラマ』は他方で、柊二の美容室「ホットリップ」を舞台とした“お仕事ドラマ”でもあった。ちょうどカリスマ美容師がブームになっていたころであり、劇中でも店のあいだで人気美容師の引き抜き合戦が繰り広げられた。柊二も雑誌で名前が知られるようになると、ライバル店「アンテウス」の秘書(椋木美羽)からヘッドハンティングされるが、結局断っている。アンテウス側はこれを受けて、今度は柊二のアシスタントだった巧(池内博之)を誘い、その条件としてホットリップの顧客リストを渡すよう要求する。しかしリストを持ち出そうとしたところを柊二に見つかってしまう。
ホットリップは、柊二と同期の悟(西川貴教)、真弓(原千晶)を軸に客を集めていたとはいえ、この店でちゃんと切り盛りできる力量を持った美容師はこの3人しかいなかった。それにもかかわらず、店長(モロ師岡)は客をもっと集めて回転率を高めようとし、さらには店舗の拡大をめざし、新規店舗ができたときには、まだ腕の未熟な巧(池内博之)にまで任せようとする。店長はそのために多額の借金までしていた。こうした店の経営方針に柊二は反発するが、止めることはできなかった。ある朝、柊二が出勤すると、店には債権者が押しかけ、借金の肩代わりとして備品を押収していた。店長は雲隠れしたまま、ドラマから消える。思えば、少ない人手で最大限の利益を上げようとする店長のやり方は、90年代のバブル崩壊後、失われた20年とも30年とも呼ばれる長い不況下にあって、多くの企業で行なわれていた行われていたことではないか。
木村拓哉は『ビューティフルライフ』を含め、「日曜劇場」において現在までに7作で主演を務めている。しかし「日曜劇場」の王道であるはずの一般企業に勤めるサラリーマンを演じたことは一度もない(2007年の『華麗なる一族』で製鉄会社の専務を演じたことはあるが)。彼がこれまでに演じたのは、『ビューティフルライフ』の美容師に始まり、『GOOD LUCK!!』(2003年)では旅客機の副操縦士、『LIFE〜愛しき人〜』(2017年)では外科医、そして昨年の『グランメゾン東京』ではフランス料理のシェフという具合に、特殊な技能によって世を渡っている男が目立つ(残る出演作である2011年の『南極大陸』では南極観測隊に参加する東大助教授、2013年の『安堂ロイド〜A.I. Knows LOVE?〜』では未来から来るアンドロイドの役だった)。
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バブル崩壊からここ約30年のあいだに、日本の高度成長期を支えてきた終身雇用制や年功序列などに代表される日本型経営は崩壊した。そんな時代にあって最大のスターであった木村拓哉が、組織に寄りかからず、自分の手だけで道を切り拓いていく役を、「日曜劇場」にかぎらず多くのドラマで演じてきたことはまさに象徴的といえる。とはいえ、一視聴者としては、このあたりで木村が一般企業に勤め、妻子もいるサラリーマンを演じる姿を見たい気もする。サラリーマン物から多くのヒット作も生まれた「日曜劇場」こそ、その舞台にふさわしいのではないだろうか。
この連載では、「日曜劇場」の歴代作品を放送された時代背景とともに振り返ってきた。この枠で放送されたドラマは、ここでとりあげた以外にもまだ膨大にある。それら作品には、たとえ舞台が昭和であったり、場合によっては未来であったとしても、放送された時代の空気感がどこかに漂っているはずだ。まもなく新シリーズが始まる『半沢直樹』も、2013年に放送された前作を引き継ぐものとはいえ、この7年のあいだに起こったさまざまな社会な変化を反映せざるをえないだろう。そんなところにも注目しつつ、放送開始をいましばらく待つことにしたい。
『ビューティフルライフ』は配信サービス「Paravi」で視聴可能(有料)
文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)
ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。
●考察『愛という名のもとに』は本当にトレンディドラマだったのか