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考察『愛という名のもとに』は本当にトレンディドラマだったのか

 コロナの影響で滞っていた新作ドラマがようやくスタートし始めたが、「過去の名作ドラマ」を配信サービスで見つけて観る幸福はもう手放せない。忘れられない名作をドラマ好きライターが紹介していくシリーズ第3回は名作『愛という名のもとに』。このまっすぐな青春、恋愛ドラマがなぜ90年代に描かれ、熱狂的に支持されたのか。30年余を経て鑑賞するからこそ気づくこともある。ドラマを振り返ることは、人生を振り返ることに似ている。90年代とは何だったのか。ライター近藤正高氏が名作ドラマを通して時代を考察する。

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全員がイチョウ並木に顔をそろえるラストシーン

 苦手なくせに、妙に頭に残っているものというのがある。たとえば、筆者はいまから四半世紀以上前の高校時代、そのころヒットしていたTHE虎舞竜の「ロード」がどうも好きになれなかった。それが数年後、カラオケで誰かがふざけて入れたのか、曲が流れ始めたのでためしに歌ってみたところ、ちゃんと歌えたのでわれながら唖然としたことがある。

 同じく高校時代、どちらかといえば苦手な内容にもかかわらず、夏休みの夕方に再放送されていたので思わず見ていたのが、ドラマ『愛という名のもとに』だった。苦手なうえに、たぶん毎回欠かさずではなく、とびとびに見ていたはずなのだが、なぜか記憶に残っていることは多い。大学の漕艇部で一緒だった男女による群像劇で、彼らがことあるごとに「友よ、その答えは風に吹かれている」という詩を一緒に暗唱していたこと(あとになってそれがボブ・ディランの「風に吹かれて」の訳詞であることを知った)、途中で彼らのひとりが突然亡くなってしまうこと、そして最終回、死んだ仲間も含め、全員がイチョウ並木に顔をそろえるラストシーン……。今回、配信サービスであらためて全話を通して見たら、「ああ、あったあった!」と思い出す場面がいくつもあった。苦手としながらも、案外ちゃんと物語を追っていたらしい。

 ドラマは、1988年秋、漕艇部の部長だった高月健吾(唐沢寿明)をはじめ、同学年の神野時男(江口洋介)・塚原純(石橋保)・倉田篤(中野英雄)が大学時代最後の大会で勝利するシーンから始まる。勝利した瞬間、レースを見守っていたマネージャーの藤木貴子(鈴木保奈美)や飯森則子(洞口依子)、斎藤尚美(中島宏海)も歓喜する。

 それから場面は一気に3年飛び、1991年秋。漕艇部の監督だった恩師の葬儀を機に、久々に7人が集まる。このころ、本作の実質的な主人公である貴子は私立高校で教師を務め、その恋人の健吾は大学卒業後、商社勤務を経て、政治家である父親の秘書となり、いずれ跡を継ぐことを期待されていた。純は区役所に勤めながら、小説家になる夢を捨てきれない。“チョロ”こと篤は、証券会社の営業マンになったものの成績が振るわず、上司の杉本(加藤善博)から罵詈雑言を浴びせかけられる日々を送っていた。則子もデパートに就職したものの、希望した仕事に就けず不満を募らせ、尚美はモデルとして活躍する裏で、産婦人科医の橋爪(森本レオ)と不倫関係にあった。そこへ、大学卒業後、アメリカに渡っていた時男が帰国する。彼はいまだに定職に就かず、ヒモのような生活を送っていた。

誰かに事件が持ち上がるたびに全員集合

 7人は社会に出てからというもの、否応なしに現実に揉まれていた。そのなかでさまざまな事件も起こる。尚美は橋爪から別れを切り出されて自殺を図ったところを、たまたま来宅した時男に救われる。純は、則子の勧めで出版社に小説を持ち込むも、編集者から「才能ない」とまで言われて荒れる。これをきっかけに則子と急速に関係を深めるのだが、彼女が妊娠したと知っても戸惑うばかりではっきりとしない。則子は則子で、中絶を決意するものの、いざ手術台を前にすると急に怖くなり、付き添いの貴子とともに病室に立て籠もる。時男も、ダイヤルQ2(というのも懐かしいが)を使っていかがわしい回線サービスを始めるが、売春防止法違反の疑いで警察に連行されてしまう。

 こうして何か起こるごとに彼らは集合し、互いに励まし合うのだが、ときにはそれぞれの境遇の違いゆえ衝突もする。さらには、先述のとおり仲間のひとりが亡くなってしまう。死んだのは篤だ。彼はたまたま街で出会ったスナックに勤めるフィリピン人女性・JJ(ルビー・モレノ)に入れあげたあげく、彼女の母親が病気で手術するのに大金が必要だと聞き、仕事で預かっていた200万円を渡す。だが、後日、JJがほかの男にもカネを無心するのを目撃してしまう。さらには会社のカネを使いこんだのが上司の杉本にバレ、叱責される。これに逆上した彼は思わず逆上して殴りかかるのだが、倒れて血まみれになった相手を見て逃げ出す。則子を見舞ったのはその途中だった。

 杉本は一命を取りとめるも、そうとは知らない篤は行方をくらまし、傷害の容疑で指名手配される。仲間たちも心配して探しまわるが、手がかりはつかめない。そこへ深夜、貴子のもとに篤から電話がかかってきた。このとき彼は最後に「俺、ずっと貴子のこと、好きだったんだ」と思いを打ち明けると、そのまま音信を絶つ。電話の声の遠さから(というのがアナログ回線だった当時らしい)彼が漕艇部の合宿所にいると察知した貴子は、ほかの仲間とともにクルマで向かった。しかし朝、着いたときには、すでに篤は自ら命を絶ったあとだった……。その後、仲間たちは篤の死を無駄にはしまいと決意し、それぞれ新たなスタートを切ることになる。

 筆者がこのドラマが苦手だったのは、愛だの友情だの、どうも暑苦しい感じがしたからだと思う。放送されたのは1992年1月から3月にかけてだが(筆者が見たのはたしかその年の夏)、時代的にもちょっとアナクロチックというか、古くささも感じた。これがもし、放送が5年早く、80年代に放送されていたら確実に笑いの対象になっていたのではないか。何しろ、「あの夕陽に向かって走れ!」的な60年代の青春ドラマが、漫才やコント、あるいはアニメなどでも格好のネタにされていた時代である。物事を正面からとらえるのは何だかダサいという、80年代に漂っていた空気感からすれば、『愛という名のもとに』はそれに逆行するものであった。実際、何をいまさら昔の青春ドラマみたいなことをやっているのかという批判も当時あったと記憶する。いま見ても、仲間の誰かに事件が持ち上がるたびに全員が集合するのが、いかにも都合がよすぎる気がして、「みんなそれぞれ忙しいはずなのに、何でそんなに出席率がいいんだ!」とついツッコミを入れたくなる。

60年代に青春ドラマで人気を集めた俳優を起用

 しかし、脚本の野島伸司をはじめスタッフは、そんな批判やツッコミはあらかじめ織り込み済みであったろう。アナクロチックな作風も、確信犯的なものだったことは間違いない。それが証拠に、劇中では、先のディランの「風に吹かれて」をはじめ、岡林信康の「友よ」「私たちの望むものは」など往年のフォークソングが使われ(ちなみに『愛という名のもとに』というタイトルも浜田省吾の1982年のアルバムの同名の収録曲からとられている)、キャストにも、貴子の母親役に『若者たち』の佐藤オリエ、健吾の父親役には『これが青春だ』の竜雷太と、60年代に青春ドラマで人気を集めた俳優が起用されていた。

 もっとも、『愛という名のもとに』では、必ずしも昔の青春ドラマのようには事は運ばない。貴子は、志望校に入るためには仲間を蹴落とすこともいとわない生徒たちを見かねて、友情の大切さを説こうと、放課後にランニングをしようと呼びかけるなど、金八先生っぽいことを試みるもなかなかうまくいかない。

 群像劇であるこのドラマにあって、実質的な主人公は先述のとおり貴子である。ドラマ全体を振り返ると、彼女はほかの仲間から相談を受けたりと、いつも頼りにされる存在だった。とはいえ、彼女は彼女でさまざまなできごとに見舞われる。結婚を約束していた健吾とは、彼が父の支援者である社長の令嬢(夏川結衣)と政略結婚せざるをえなくなり破談した。実家では、死んだ父を愛していたはずの母が別の男性と再婚すると聞いて、強くあたってしまう。職場でも、担任するクラスの平岡という生徒(山本耕史)が成績不振から不登校(当時はまだ「登校拒否」と言われていた)になり悩まされる。あげく、あろうことかその平岡に夜道で襲われてしまう。

 そんなふうにさまざまな悩みを抱えつつも、貴子は仲間にもほとんど打ち明けることなく、気丈に振る舞い続けたのだ。しかしそんな彼女も最終回、仲間たちの再スタートを見届け、離ればなれになると、ついに弱音を吐く。ラストシーンでイチョウ並木をひとり歩くうち、ふいに寂しさを覚え、そこへ現れた仲間たちの幻影を前に、とうとう「私、本当はみんなに頼られるような人間じゃないの。本当はそんなに強くないの。ひとりじゃ寂しいの……」と泣きながら訴えたのだ。これに対し仲間たちから口々に「おまえはひとりじゃないんだ」などと彼女が励まされたところで、ドラマは幕を閉じる。『愛という名のもとに』は、とかく受け身で生きてきた優等生が、自発的に生きる道を見出していく物語であったともいえる。

 愛や友情をテーマに、泥臭ささえ感じさせた『愛という名のもとに』は、80年代末より流行っていたいわゆるトレンディドラマの流れにひとつの区切りをつけたともいえる。何をもってトレンディドラマと定義するかは難しいが、ファッション雑誌から抜け出したようなおしゃれな男女によるラブストーリーというのが、大方の人のイメージだろう。お笑いがブームとなった時代だけに、コメディタッチのものも多かった。野島伸司もそのなかから頭角を現した脚本家のひとりだ。だが、その野島も、1991年に『101回目のプロポーズ』でモテない四十男の純愛を描いたあたりから、トレンディドラマから脱却を図り始める。翌年の年明けよりスタートした『愛という名のもとに』も、トレンディドラマを装いつつも、実際には“脱トレンディドラマ”とでも位置づけられるのではないか。

バブル崩壊前後という世相も反映

 このドラマはまた、社会や政治の問題をモチーフにとりあげたことでも特筆される。たとえば、結果的に篤を死へと追いつめてしまったJJは、東南アジア諸国から出稼ぎのため来日しながら、不法就労を強いられていた女性のひとりだ。彼女たちは当時「ジャパゆきさん」と差別的に呼ばれ、社会問題となっていた。また、健吾が政治家秘書として直面するゴルフ場建設にともなう自然破壊も、このころ実際に社会問題化していた。このゴルフ場建設で、健吾の父親は建設業者から多額の不正献金を受けており、それを知った健吾は悩んだ末に内部告発するにいたる。これもやはり、政治家の汚職があいついで発覚し、政治改革が叫ばれていたこの時代の反映といえる。

 同時期には、視聴者もまたトレンディドラマに飽きつつあったのか、あるいはバブル崩壊前後という世相も反映してか、登場人物たちに次々と過酷なできごとが襲いかかり、ジェットコースタードラマと呼ばれた『もう誰も愛さない』や、佐野史郎がマザコン夫“冬彦さん”を怪演した『ずっとあなたが好きだった』など、人間のドロドロした部分を描くドラマが人気を集めるようになる。野島伸司もこのあと、『高校教師』や『家なき子』などより現実の厳しさを描く、トレンディドラマとはあきらかに異質なドラマを手がけていく。野島は一方で、『愛という名のもとに』の翌年、1993年には、往年の青春ドラマや大家族ドラマを継承するような『ひとつ屋根の下』もヒットさせた。このとき主演を務めたのは江口洋介だった。

『愛という名のもとに』で登場人物たちが口ずさんでいた「風に吹かれて」を歌ったボブ・ディランは、2016年にノーベル文学賞を受賞した。篤の死のそもそもの発端となった上司からの執拗な嫌がらせは、近年、パワハラと呼ばれるようになり、ようやく社会でも問題視されるようになった。なお、篤を演じた中野英雄が、『愛という名のもと』に出演した翌年にもうけた次男は、現在、仲野太賀の芸名で同じく俳優として活躍している。太賀はいま27歳と、ちょうど父があのドラマに出演したときと同じ年齢である。時代はめぐる。風に吹かれて。

『愛という名のもとに』は配信サービス「FOD」で視聴可能(有料)

文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。

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この記事へのみんなのコメント

  • ひろ

    良いレビューだと思いました。ですが、 >>『愛という名のもとに』は、とかく受け身で生きてきた優等生が、自発的に生きる道を見出していく物語であったともいえる。 ここだけは、どうなんでしょう? よくある図式に言葉を当てはめてしまったように読めます。つまり ダメな状態が「受け身」、 それの改善が示唆されたラストは「主体的」。 でもこのラストは逆じゃないですかね。 強く主体的にあろうとしたタカコが、「友達に頼ってもいいんだ、泣き言を言ってもいいんだ」とやっと、やっと気づけたというところに、感動がある。 まあ、「頼ってもいい」と気づけたことが主体性の表れ、という文意なら納得です。 今後もレビュー楽しみにしています。

  • M

    記事を読ませていただきました。 僕も筆者さんと少し年は離れていますがおおよそ気持ちは分かります。(僕は81年生まれですが) この記事を読んで思い出したのは「野島伸司というメディア」という本でした。 そのなかにこのドラマのことも書かれていましてもしお手に取る機会がありましたら ぜひ目を通していただけたらと思います。 筆者さんや僕自身とは違う世代の意見が読めます。 もっともそういうものなのでしょうけれど、こちらの筆者さんの記事の見方も またありだなと感動しましたもので。 失礼致しました。

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