85才現役美容専門家の数分で女性を若返らせる「魔法の手」
二色使いのファンデーションは化粧筆で塗り、眉を整え、最後に唇の輪郭をペンシルでくっきりと描いて、内側を赤の口紅で彩って完成。
「年齢を重ねるとピンクやオレンジよりもはっきりした赤でキリッと締めた方が若く見える。どうですか? 顔が明るくなってメイクが映えるでしょ」
こんな言葉をかけられて74才の女性客の表情はほころんでいく。女性はきれいになると自信が出てくるから不思議だ。さっそうと町に出て行った。施術の主は、85才にして現役のビューティーディレクター(以下BD)である飯田芳子さんだ。
神奈川県平塚駅にほど近い閑静な住宅街にポーラショップ平塚西口店はある。ここのオーナーを務めているのが飯田さんだ。勤続53年。今でも週に6日は出勤し、店で接客したり、顧客の家を回ってセールスしたりする。
同店のBDは12人。そのうち飯田さんも含めると10人が、60才以上。平均年齢は実に71.8才。皆一様に元気だ。
働く高齢者の鑑!90才以上が300人いる”ポーラレディ”
彼女たちはポーラの化粧品や美容情報を提供し、商品をセールスするかつて“ポーラレディ”と呼ばれた販売員。ポーラから業務委託を受け、個人事業主として働いている。全国4万2000人のBDのうち、70才以上は8500人、90才以上は300人いるというから驚きだ。ポーラのBDには定年がないので、本人のやる気があればいつまでも働くことができる。
4人に1人が65才以上の日本では、若いBDが新規の顧客に商品を売りに行っても売れないが、飯田さんクラスになると、50年以上もの長いつきあいのある顧客が多数いるので、その情報と信頼がものを言い、コンスタントに化粧品が売れる。ポーラとしても60代以上のBDは、数字に結びつく貴重な戦力なのだ。
「皆さま大事なお客様ですから、言葉遣い、挨拶、頭の下げ方には細心の注意を払います。いつだって緊張感を持って接しています」(飯田さん、以下「」内すべて同)
飯田さんは今年7月、国際的な影響力を持つ新聞である『ウォールストリート・ジャーナル』で“働く高齢者の鑑”として紹介された。顧客を引きつける秘密は、彼女の人柄はもちろん、半世紀にわたる販売員生活で培われた“手”にあった。
箱入り娘が出産後、30年以上夫に内緒で働いた
旧家で育った飯田さんは箱入り娘で、お稽古事に精を出し、仕事に就かないまま結婚した。夫は当時の男性がそうだったように「妻は家にいて家事・育児に専念する」という考え方の持ち主。外に出て働くことは許されなかった。
しかし子供が小学校に入ると、姑は「外に出て働いたら…」とすすめてきた。少しでも家計の足しになればと思って職を探していたところ、出会ったのがポーラの商品と販売員だった。
「サンプルをもらって使ったらこれがよくて、そのかたに販売員にならないかと声をかけられました。夫は反対するのがわかっていたので、黙って仕事に出ました。姑に子供の面倒を見てもらいながら、販売を始めたのです」
ほどなくして負けず嫌いだった飯田さんは“販売”にハマッた。自分の頑張りが店の売り上げや自らの給与にも結びつく。1本7万円する美容液を2か月で50本売り、関東地区で1位になったこともある。夫に内緒で、かばんに商品を詰めて一軒一軒訪ねて回った。結局、夫には30年以上隠し通したと言う飯田さん。
「仕事のかばんが見つかったときには、外にかばんを放り出されました。でも、その後、店にやって来て、楽しそうに働く私の姿を見て、認めてくれました」