認知症ケア「ユマニチュード」|イラストで解説する基本の柱「見る」「話す」技術
「人間らしいケア」と称され、認知症介護の世界に変革をもたらす技術。それが「ユマニチュード」である。介護される人と介護する人、両者がお互いに気持ちよく、人間らしく存在するためには、「愛情」という心だけでなく、相手に伝えるための「技術」が鍵になるのだと言う。
フランス生まれのユマニチュードを日本に伝える第一人者、本田美和子医師にお会いし、在宅介護に活かすべき技術を伺った。今回は、ユマニチュードの基本、「見る」「話す」「触れる」「立つ」という4つの柱のうち、「見る」「話す」について詳しく伺った。
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大切に思う気持ちを表現するために、テクニックを使う
そもそも在宅介護をされている方は、優しい心を持っている方ばかりです。それに、介護を受けている方のことをとても大切に思っていらっしゃいます。日々の介護に疲れて、「愛している」という感情が埋もれてしまっているかもしれませんが、心の奥底では「大切な人」だと思っていらっしゃることでしょう。
その「大切に思う気持ち」を、相手に分かる形で表出するのがユマニチュードの技術です。もし、今は介護対象の方に対してうんざりした気持ちを感じていても構いません。テクニックとして「大切に思う気持ち」を表現すればいいのです。介護を受けている方が、「大切にされている」「愛されている」と感じることは、「必要とされている」と実感できることでもあり、前向きに生きる気力を取り戻すという目的を持った技術です。
今までベッドから起き上がることのできなかった方が、ユマニチュードの技術を持ったスタッフに介護されると、立ち上がって歩こうとしたり、積極的に食事をしたり、自分のことを自分でするようになったりするのは、ご自分の「人間らしさ」を取り戻した証拠でもあると考えます。
相手に「大切にされている」感じてもらうには、技術が必要
献身的な介護を続けている方のなかには、「愛情を持って接しているが拒否される」「心を込めてケアをしているのに文句ばかり言われる」と、おっしゃる方もいるかもしれません。さまざまな介護施設や在宅介護の現場を見せていただいていますが、みなさん本当に心を尽くしていて頭の下がる思いです。
ユマニチュードを用いた介護を行なうにあたって一番大切なことは、「あなたのことを大切に思っています」ということをケアを受ける人に伝えるために、4つの技術を使うということです。その4つとは「見る」「話す」「触れる」「立位の援助」です。いずれも、一見すると別に目新しいことは特にないように思えますが、「自分は十分にやっていたつもりでも、実際はそうではない」ということが介護の様子を撮影したビデオの分析で明らかになってきました。
「見る」技術
ケアのビデオ分析を行なったところ、10分間のケアのなかで介護をする方と介護を受けている方の目と目が合っている、いわゆるアイコンタクトの取れている時間は、平均するとたったの2秒しかありませんでした。ケアをする人は今自分が行なっているケアの内容に集中しがちです。例えば口の中をきれいにしようとしているときには口の中を真剣に見ています。もちろん見てはいるのですが、見ているところはケアを行なっている部位で、コミュニケーションの観点からは「見る」ことができていないことが圧倒的に多いのです。しかも、アイコンタクトとは単に相手の目を見ることではありません。相手の視界にしっかり入り、相手から自分をみてもらわなければ、アイコンタクトは成立しません。さらに重要なのは、私たちは「見る」ということを通じて言葉によらない「非言語メッセージ」を相手に伝えていることを自覚する必要があります。
私たちが他者からの視線を受けたとき、たとえ相手が同じ表情をしていても、直感的に「好意的」だと思える場合と、「攻撃性」や「嫌悪感」を感じる場合があります。実は、「見る」という行為には、ポジティブなメッセージとネガティブなメッセージがあり、それらは見る「方向」「高さ」「距離」「時間」によって変わってきます。
水平か、相手よりやや下に目線を合わせ、正面から顔を近づけると、それだけで「優しさ」や「正直であること」を表現することができます。さらに見つめる時間が長くなれば、それだけ「親密さ」や「愛情」を持ったポジティブなメッセージを伝えることになります。
その一方、正面ではなく横から、目線は上から下に向けて、近づかずに遠くから短い時間相手を「見る」行為は、自分ではそうと自覚していなくても、相手に否定的なメッセージを発しています。町で知り合いを見かけ声をかけようとしたら、相手は遠くからこちらを目の端で捉えたものの、すぐに視線をはずした。こんなとき、自分は軽んじられていると感じるでしょう。さらに、街中で道端に座っているホームレスがいたとき、その方に近づいてアイコンタクトを積極的に取りに行くという人は、あまり多くないと思います。なるべく自分の視界に入らないように、少し顔をそむけて、足早に通り過ぎてしまいがちです。「見ない」という行為には、「私はあなたに気づいていない」、もっと言ってしまえば、「あなたは存在しない」というメッセージが込められてしまうのです。
そこで、ケアをする場合には、相手に自分がポジティブなメッセージを発していることを自覚しながら相手を「見る」ことが重要になります。
アイコンタクトをとりやすい位置から近づくことは、「見る」技術をおこなうための第一歩です。介護を受ける人が、どちらを向いているかによって自分が近づく方法を決める必要があります。シーン別に近づいて「見る」手法を紹介しましょう。
ベッドに寝ている人に近づく…寝ている方の顔の向きを確認し、目線の遠くから視界に入るようにします。部屋の入口と逆方向を向いている場合は、入り口から遠い壁まで一旦移動してから目線を捉え、それから近づきます。
座っている人に近づく…立ったまま、座っている人の上方から声をかけても、座っている人の視線には入りません。正面から、目線を同じ高さにして近づきます。座っている目線が下に向いている場合は、さらに下から、覗き込むように見る必要があります。
立っている人、歩いている人に近づく…後方や斜め後ろから近づいて声をかけては、相手に気づかれなかったり、逆にとても驚かせてしまいます。一度3メートルほど追い越してから向きを変え、正面からゆっくり近づき、近くまできたら目線の高さを相手に合わせるようにします。