《猫背や腰痛は健康寿命に影響》「人は背中から老いていく」医師が解説する、ロコモ対策にもなる「老い出し体操」のやり方
「年齢とともに運動量が減った」「体の不調や疲れを感じるので、なるべく運動はしたくない」などと思ってはいないだろうか。しかし、『人は背中から老いていく 丸まった背中の改善が、「動ける体」のはじまり』(アスコム)の著者で医師の野尻英俊さんは、歳を重ねても運動することの重要性を説く。そこで、どんな人でもトライしやすい簡単な運動として野尻さんが開発した、「老い出し体操」のやり方を教えてもらった。
教えてくれた人
野尻英俊さん/医師、医学博士
のじり・ひでとし。整形外科専門医、脊椎脊髄外科専門医、脊椎脊髄外科指導医。1997年、順天堂大学医学部を卒業後、同大学附属順天堂医院にてキャリアをスタート。脊椎変性疾患、脊柱変形を専門とし、現在は2019年に新設された同大学の脊椎脊髄センターで、副センター長を務める。
猫背・腰痛は「背中の老い」予備軍
猫背の人や腰痛持ちの人は、「背中の老い」 予備軍だと野尻さんはいう。猫背などの骨盤が後傾しやすい姿勢は、脊柱後弯を引き起こしやすい状態だからだ。
「体のくせだから仕方がない」、「いつの間にか猫背になってしまう」と姿勢への意識を変えなければ、背中の老いが加速度的に進んでいくことが予想される。
「それが嫌ならば、日常の姿勢にひときわ意識を向け、背筋をぴんと伸ばして胸を張るように努めることが必須となるのです」(野尻さん・以下同)
また、慢性的な腰痛は「背中の老いが始まっていることを示唆している可能性」があるという。これは、脊柱後弯によってバランスが悪くなった体のバランスをとるために、背中がまっすぐなときにはかからなかった負荷(代償する力)が筋肉にかかることによる。バランスのブレが大きくなるほどに、消費する筋力も大きくなる。
「これが、筋肉の緊張 (収縮している状態)の高まり、筋肉への血流の減少、筋肉の活動の負担増加、筋肉疲労などにつながり、腰痛を引き起こす原因になるのです。要するに、脊柱後弯が進むと体が必死に代償しようとして腰まわりの筋肉をたくさん使うようになり、それが疲労や痛みを生むということ。この相関関係については、数多くの研究でいわれています」
積極的に運動するに越したことはない
脊柱後弯、姿勢の悪さ(猫背)、腰痛はどれも密接に関わっている。体のバランスがしっかりとれた安定した状態であれば、筋力消費が少なく、活動的でいることができる。一方、バランスが悪くなればなるほど、それぞれの状態は悪化していく。
痛みを感じるなど体の調子が悪かったり、歳をとって疲れを感じやすくなったりすると、運動をしない方がいい言い訳を考え、体を動かすことを回避しようとする人もいるだろう。しかし、野尻さんは老化による体の変化があっても、基本的には運動をすることを推奨している。
「もちろん、個人差はありますし、そのときの状態にもよります。無理をしてはいけませんし、過度に運動をする必要もありません。大ケガをした場合は、治療を受けたあとに安静、というのが大原則になります。ただ、あくまで平均的な話をすると、痛みがあっても、年をとって体が衰えてきても、積極的に運動をするに越したことはないのです」
過度な「安静」は病状を悪化させる
現代の医学では「過度な安静が逆に病状を悪化させる」ことが解明され、次のような疾患をもたらすリスクがあるとされている。
【1】筋力の低下
1日寝たきりで過ごすと、背筋・大腿筋(だいたいきん)を中心に筋力が1~3%低下し、それが1週間続くと10%以上失う可能性がある。
【2】骨密度の低下
骨への荷重が減って骨吸収が進行し、骨粗しょう症が悪化する。
【3】姿勢アライメント(関節や骨など体の各部位の整列具合)の悪化
寝たまま、もしくは前かがみの姿勢を続けていると、脊柱後弯の進行を助長する。
【4】呼吸機能の低下
背中が丸まって胸まわりの骨が動きにくくなることで、肺活量が低下し、誤嚥性肺炎のリスクが増す。
【5】心理的な影響
活動低下によって意欲が喪失し、うつ傾向(不活動症候群)をまねく。
「これ以外にも、『入院中の高齢患者の約3分の1が、退院時にADL(日常生活動作)レベルが低下していた。すなわち、安静を強調しすぎた結果、回復ではなく機能喪失が起きていた』など、数多の報告がなされています」
厚生労働省が推進する「アクティブレスト」
疲れた体をあえて適度に動かし、血流をよくして疲労物質の排出を促す「アクティブレスト(積極的休養)」は、厚生労働省も推進している疲労回復法だ。
「どんなに疲れていても、痛みがあっても、体を動かせる状態なら、少しでも動かしたほうが、はるかにプラスに働くのです」
無理なく取り組める「老い出し体操」
そこで、慢性的な痛みや筋肉痛があっても取り組みやすく、アクティブレストにも最適な運動として野尻さんが推奨するのが「老い出し体操」だ。
「昔より体の自由が利かなくなった人でも、無理なく取り組めることを念頭に置いて開発しました。『きつい』と感じるような動作はひとつもありません」
野尻さんは「代償筋を鍛えることで、後弯化を食い止めたり、スピードを遅らせたりすることを目指し」て、「老い出し体操」を開発したという。
「毎日ストレッチをするとなると、面倒に感じたり、なかなかやる気が出なかったりということはありますよね。そんな方でもできるだけ手軽に取り組めるように、布団の上やリビングの椅子を使っておこなえるものを考案しました」
《「老い出し体操」基本のルール》
・基本の体操として「背中ほぐし体操」「背中そらし体操」をおこないましょう。残りは体調に合わせてできる体操をいくつか選び、始めてください。
・無理をしてたくさんの体操をおこなう必要はありません。できる体操をコツコツと増やしていく感覚で続けてください。
・毎日続けていくことがいちばん大切です。ひとつの体操の回数は、体と相談しながら、無理がなく疲れが出ない程度にとどめてください。
・体の状態や体調に不安のある方は、始める前にかかりつけのお医者さんに相談をしてみてください。
「無理なく」 「体調に合わせて」「コツコツと」の「老い出し体操」3原則を意識して、できれば毎日チャレンジしてみてください。
背中ほぐし体操パート1
【目的】背中とおなかを伸ばす
【1】床(または布団など)の上にうつぶせになって、額を床につける。
【2】両手両脚を伸ばす。
【3】1分ほどキープする。
背中ほぐし体操パート2
【目的】背中とおなかと首を伸ばす
【1】床(または布団など)の上にうつぶせになり、顔を横に向ける。
【2】両ひじを体側に沿って伸ばす。両脚も伸ばし、1分キープする。
※いずれも、うつぶせになることができない人は、下腹部に枕やタオルを敷いておこないましょう。
椅子で背中伸ばし体操
【目的】背中を鍛える
【1】椅子に座り、体の前で両手を組んで、背中を丸めながら手を前方へ伸ばす。
【2】上体を起こし、両手を肋骨付近に置いて、ひじを後ろへ引っ張った状態で1分キープする。
背中の老いの予防は「ロコモ」対策
野尻さんが「健康的で幸せな老後を送るために必要不可欠な万能の体操」と語る「老い出し体操」は、「ロコモティブシンドローム(通称:ロコモ)」を構成する3つの障害と、それに端を発する疾患の予防にも大きく役立つという。ロコモは、2007年に日本整形外科学会が提唱した概念で「運動器の障害によって立ち座りや歩行などの移動機能が低下した状態」の総称だ。
「ある日突然なるものではなく、加齢にともなってじわりじわりとこの状態になっていくので、病気を発症したり、深刻な症状になったりする前の『未病』といわれる状態から、対策を立てる必要があるとされています」
ロコモは、体を「支える」運動器=骨、「曲げる」運動器=軟骨・椎間板、「動かす」運動器=骨格筋・神経の3種類の障害からなり、具体的にはそれぞれ次のような疾患をもたらす。
【1】骨の障害によって起こる代表的な疾患:骨脆弱性骨折、骨粗しょう症
【2】軟骨・椎間板の障害によって起こる代表的な疾患:変形性ひざ関節症、変形性腰椎症
【3】骨格筋・神経の障害によって起こる代表的な疾患:神経障害、サルコペニア(筋肉量が減少して筋力が低下してしまった状態)
「【1】から【3】に該当するすべての状態・疾患が、腰部脊柱管狭窄症(ようぶせきちゅうかんきょうさくしょう)や脊柱変形とそれにともなう脊柱後弯、すなわち「背中の老い」に密接に関わっているのです」
気づかないうちに進んでいき、背中の老いにも関係するロコモは、「まさに『見えない敵』といっていいでしょう」と野尻さん。
「70代女性の30%、80代女性の4%が骨粗しょう症に、男性の80%、女性の65%が変形性腰椎症に、80歳以上の男性の3%、同じく女性の48%がサルコペニアに、それぞれなるというデータがあります」
ロコモが進行すると、背中の老いだけでなく、移動機能が総じて低下していくため、要支援・要介護の状態になりかねない。
「体を思いどおりに動かせなくなると、機能低下はさらに進み、寝たきりになる可能性も高まります。そうならないためにも、早期のロコモ対策は欠かせません」
