「83才の母が骨折して入院、認知症が進行」 退院後は「自宅」か「施設」か?後悔しない選択のために知っておきたい6つのこと【専門家解説】
親が病院に入院した際、退院後の心配が出てくる。自宅に戻るのか、施設入るのか、突然選択を迫られることも。後悔しない選択をするために知っておくべき6つのこと、「自宅」と「施設」それぞれの特徴やポイントについて、介護職員・ケアマネジャーの経験をもつ中谷ミホさんに解説いただいた。
この記事を執筆した専門家
中谷ミホさん
福祉系短大を卒業後、介護職員・相談員・ケアマネジャーとして介護現場で20年活躍。現在はフリーライターとして、介護業界での経験を生かし、介護に関わる記事を多く執筆する。保有資格:介護福祉士・ケアマネジャー・社会福祉士・保育士・福祉住環境コーディネーター3級。X(旧Twitter)https://twitter.com/web19606703
入院をきっかけに介護が始まるケースは多い
病気やケガなどで入院をしたことをきっかけに親の介護が始まるケースは少なくありません。「退院後も自宅で暮らせるだろうか」「施設入居も視野に入れるべき?」など、さまざまな不安を抱えるかたも多いのではないでしょうか。
もし、このような状況に直面した場合、家族が納得のいく選択をするために、退院後の暮らしの選択肢と押さえておきたいポイントを解説します。
入院中、医療ソーシャルワーカーから施設入居の検討を打診された
「母にとって、住み慣れた自宅に戻ることが幸せなのか。それとも施設のほうが安心なのか…」
そう話すのは、田中広子さん(仮名・58才・会社員)です。
広子さんの母(83才・要介護1)は、初期の認知症でしたが、訪問介護やデイサービスなどを利用しながら、一人暮らしを続けていました。
ところが、1か月前に自宅で転倒し、足を骨折。入院して手術を受けることになったのです。術後はリハビリを受けて自宅へ戻る予定でした。
しかし、入院生活で母親の認知症が進行したため、リハビリをする目的が理解できず、進まない状態になってしまいました。病院の医療ソーシャルワーカーから、「ご本人にとってリハビリは苦痛な時間になっています。今後の経過を見ながら、施設入居も検討していきませんか」という説明を受けました。
退院が迫る中、広子さんは「母が安全で心穏やかに暮らせる場所はどこなのだろう」と悩んでいます。
後悔しないために押さえておきたい「6つのポイント」
広子さんのように、退院後の暮らしについて悩むご家族は少なくありません。 「自宅」か「施設」か決断を下す前に、 まずは以下の点を整理し、専門家と相談しながら進めることが大切です。
1. 本人の意向と心身の状態を確認する
親本人の「どこで暮らしたいか」という希望を尊重しつつ、認知症の症状や必要な医療ケア(たん吸引など)の程度が、在宅で対応可能かを見極めます。
2. 家族が無理なく介護できるかを検討する
家族の誰が中心となって介護をするのか、仕事との両立は可能か、精神的・身体的に負担が大きすぎないか。家族が疲弊してしまわないよう、無理なく続けられる体制を考えましょう。
3. 介護にかかる費用を確認する
本人の年金や預貯金で介護費用を賄えるか。介護にかかる費用はどのくらいか。長期的に支払いが可能かどうか、具体的に試算しておきましょう。
4. 自宅が安全に暮らせる環境かチェックする(在宅を選ぶ場合)
手すりの設置や段差の解消などの住宅改修が必要か。車椅子や介護ベッドを置くスペースはあるかなど安全に暮らせる環境が整えられるかを確認しましょう。
5.家族だけで悩まず、専門家に相談する
家族だけで判断しようとせず、医療ソーシャルワーカーやケアマネジャー、主治医などの専門家に相談しましょう。それぞれの立場から的確なアドバイスをもらえます。それぞれの専門家の役割を以下で確認しておきましょう。
・医療ソーシャルワーカー
病院内の「医療相談室」や「地域医療連携室」などに在籍し、退院後の生活について無料で相談に応じてくれます。
・ケアマネジャー
入院前からケアマネがいる場合は早めに連絡を取りましょう。必要に応じて住宅改修や退院後の介護サービスについて調整してもらいましょう。新たにケアマネジャーを探す必要があるかたは、医療ソーシャルワーカーに相談すればスムーズです。
・主治医・看護師・リハビリ担当者
医学的・専門的な視点から、退院後に必要なケアや、本人の回復の見込みについてアドバイスをくれます。
6.仕事と介護の両立支援制度の確認を
会社員のかたは、職場で活用できる「介護と仕事の両立支援制度」を確認しておきましょう。家族の介護のために仕事を休む「介護休業」や通院の付き添いなどに使える「介護休暇」、所定外労働時間の制限(残業免除)、深夜業の制限(夜勤免除)などがあります。
施設の見学や契約手続き、在宅介護の準備などで仕事を休む必要が出てくるため、勤務先の担当部署に早めに相談しておきましょう。
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退院後の住まいは、「自宅で暮らす(在宅介護)」と「施設に入居する」という2つの選択肢から決める必要があります。方向性が決まった後、さらに状況に合った選択肢を検討していきます。
「自宅で暮らす」場合の選択肢とメリット・デメリット
在宅で暮らす場合、本人の自宅なのか、子どもと同居するのかという選択肢が考えられます。退院後の状況に合わせて、訪問介護やデイサービスなどの介護保険サービスを組み合わせて利用することができます。
【1】本人の自宅に戻る
まず、住み慣れた自宅へ戻る選択肢について考えてみましょう。一人暮らしの場合、高齢の夫婦世帯、あるいは子どもと同居している場合もあるでしょう。
メリット:住み慣れた環境で安心して過ごせる、長年のご近所付き合いを維持できる。
デメリット:離れて暮らす家族にとっては日々の様子が見えず不安が残る、急変時にすぐに駆けつけられない可能性がある。
【2】子どもの自宅で同居
親を呼び寄せて、一緒に暮らす選択肢もあります。家族が仕事で不在の時間はデイサービスや訪問介護を利用したり、介護する家族の休息のためにショートステイを活用したりすることも可能です。
メリット:家族の目が届くため体調変化に気づきやすい。
デメリット:親との距離が近い分、精神的な負担が大きくなり、親子関係が悪化する場合もある。
自宅で暮らす「在宅介護」を選ぶ場合に押さえておきたいポイント
在宅介護を選択する際には、以下のポイントを押さえておきましょう。
自宅環境の整備
手すりの設置や段差の解消など、必要に応じてリフォームを検討します。介護保険の「住宅改修費」を利用すれば、上限20万円までの工事に対し、かかった費用の1〜3割の自己負担で済みます。
夜間・休日の対応
夜間や土日、年末年始に対応してくれる介護サービス事業者は多くないため、家族に大きな負担がかかる場合もあります。事前にケアマネジャーに相談しておきましょう。
将来の備え
認知症の進行や病状の悪化で、いずれ自宅での生活が困難になる可能性もあります。介護する家族が疲れて「共倒れ」になる前に、施設への住み替えについてもケアマネジャーに早めに相談しておきましょう。
「施設入居」を選ぶ場合の種類と特徴
長期療養が必要な場合や、家族の負担が大きい場合には「施設入居」という選択肢が現実的になります。施設は大きく「公的施設」と「民間施設」に分けられます。
公的施設(介護保険施設)に入居を考えた場合
介護保険が適用されるため、費用を抑えられますが、その分入居希望者が多く、待機期間が長くなる傾向があります。
公的施設の例
特別養護老人ホーム(特養)
原則として要介護3以上の人が入居でき、看取りまで対応してくれる「終の棲家」となる施設です。
介護老人保健施設(老健)
要介護1以上の人が入居可能で、在宅復帰を目指してリハビリに重点を置く施設。退院直後、在宅介護の準備が整うまでの一時的な住まいとして利用する人も多いです。
介護医療院
要介護1以上で、長期的な医療ケアが必要な人が対象の施設です。
民間施設に入居を考えた場合
公的施設に比べて費用が高額になりますが、サービス内容が手厚く、入居するかたの心身の状態や希望に合わせて多様な選択肢から選べます。
民間施設の例
有料老人ホーム
「介護付き」「住宅型」「健康型」の3タイプがあり、必要なケアやライフスタイルに応じて選べます。
サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)
バリアフリー対応の賃貸住宅で、比較的自立度の高い人向けです。安否確認や生活相談のサービスが受けられます。
認知症グループホーム
認知症と診断されたかたが、専門スタッフの支援を受けながら少人数(5〜9人程度)で共同生活を送ります。
施設を選ぶ場合に押さえておきたいポイント
施設探しから見学、契約、入居までには時間がかかるため、早めに準備を始めましょう。
見学は必須
パンフレットやウェブサイトだけでは、施設の雰囲気やスタッフの対応は分かりません。必ず複数の施設を見学しましょう。
契約内容をしっかり確認
月額利用料の内訳、追加でかかる費用、医療体制、退去に関する条件など、契約書は隅々まで目を通し、不明点は必ず質問しましょう。
入居後も状況は変わる
施設に入居しても病状の変化によって、より高度な医療ケアが必要になり、住み替えが必要になることもあります。
参考:厚生労働省「介護サービス情報公表システム」
URL:https://www.kaigokensaku.mhlw.go.jp/publish/
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冒頭でご紹介した田中さんは、病院の医療ソーシャルワーカーや担当のケアマネジャーに相談し、老健への入居を選びました。
「老健で暮らしながら、母の状態を見て自宅に戻って在宅介護が可能か、家族で判断していくことにしました」と、広子さんは話します。
退院後の暮らしの選択に悩んだときは、ご家族だけで抱え込まず、専門家の力を借りることが大切です。上記の「6つのポイント」を整理しながら、親本人と家族にとって無理のない選択をしてください。
