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暮らし

「我が母ながらカッコよかった」大人力を発信するコラムニストが綴る母の介護と看取りまでの物語|「147日目に死んだ母――がん告知から自宅で看取るまでの幸せな日々」

 コラムニスト・石原壮一郎さんの母(享年83)が旅立ったのは、2025年7月2日のことだ。母の病気発覚から最期のときまで、寄り添い、見守った家族の記録を「たいへん個人的な話で恐縮ですが・・・」と前置きしながら、石原さんが綴る。「親の介護や看取り」。誰にとっても他人事ではないこの大切なテーマを石原さんの体験を通して考えていきたい。

執筆/石原壮一郎

1963(昭和38)年三重県生まれ。コラムニスト。1993年『大人養成講座』(扶桑社)がデビュー作にしてベストセラーに。以来、「大人」をキーワードに理想のコミュニケーションのあり方を追求し続けている。『大人力検定』(文藝春秋)、『父親力検定』(岩崎書店)、『夫婦力検定』(実業之日本社)、『失礼な一言』(新潮新書)、『昭和人間のトリセツ』(日経プレミアシリーズ)、『大人のための“名言ケア”』(創元社)など著書は100冊以上。故郷を応援する「伊勢うどん大使」「松阪市ブランド大使」も務める。

 * * *

「大腸がんステージ4」の宣告

「先生、わかりました。手術はしません。抗がん剤も放射線もけっこうです。できるだけ、家で過ごさせてください。いよいよとなったらホスピスに行きます」

 しばらく会わないうちに少し小さくなった母は、静かに、キッパリと言った。書類や機器が乱雑に置いてある病院の面談室で、主治医の女性医師がレントゲン写真などを見せながら、病状の説明をひと通り終えたときである。その場にいたのは、主治医と母、そして息子である私と弟だった。

 三重県に住む母がお腹の激しい痛みと張りを感じ、隣りの市に住む弟夫婦に連絡して病院に連れて行ってもらったのは2月6日の夜である。東京に住む私にも、弟からすぐに連絡があった。そのまま入院になり、絶食状態のまま、さまざまな検査や応急的な処置が行なわれたという。そして一週間ほど経った今、主治医が本人や家族に、病状を詳しく説明する時間を取ってくれた。

 病名は大腸がんのステージ4。膵臓などほかの臓器への転移も見られる。自分も弟も、入院したときの様子やこれまでの経緯で「深刻な状態かもしれない」と感じてはいた。ショックを受けたというよりも、「やっぱりそうだったか」と思ったことを覚えている。弟も、黙って主治医の話を聞いていた。

 母はこの時点で、もうすぐ83歳。昔から病気ひとつしたことがなかったし、平均寿命もまだまだ先である。ひと月前のお正月には、私たち夫婦や遠くから訪ねてきた孫やひ孫と楽しく過ごし、近くの海岸に初日の出を見に行った。ドライブがてら遠くの神社にも初詣に行った。勝手に「この先も、ずっと元気でいてくれるはず」と決めていた。

旅行プランを選ぶように「積極的な治療はしない」と決めた母

 母自身は、主治医の“説明”をどんな気持ちで聞いていたのだろう。いつもとは違う体の状態から「ただごとではない」という気配を感じてはいたにせよ、はっきりと「あなたは、もう長くはありません」と言われたわけである。動揺しないわけはない。

 しかし母は、旅行代理店の窓口でプランの相談をするかのように、自分の希望をはっきりと伝えた。何かあったらこう言おうと、ずいぶん前から決めていたのかもしれない。我が母親ながら「カッコイイな」と感じた。石原昭子は、そういう人だ。 

 主治医は最初は手術を提案してくれていたが、母の言葉を聞いて「そういう選択肢もありますね」と言ってくれた。立場上控え目な言い方ではあるが、本人の方針に「賛成」してくれたのは、とてもありがたかった。おそらく「今の状態で治療をしても意味がない」という判断もあったのだろう。医師によっては、患者がどういう状態であっても、積極的な治療にこだわるタイプも少なくないと聞く。

「仮に手術をするとしたら、どういうことをするか」についても、主治医は丁寧に説明してくれた。大腸を切り取って、人工肛門を付けることになる可能性が高いとのこと。ただし、腸がうまくつながる保証はない、とも。子どもとしては、そうすることで命を長らえる可能性があるのなら、手術してほしいという気持ちも少しはあった。

 だが主治医は、手術を強く勧める気持ちはなさそうだ。母も「そこまでしたくない。長く入院することになって家に帰れないぐらいなら、自然に任せたい。家に帰って、お世話になった人に、直接『ありがとう』と言いたい」と言った。いつもは自分の希望をあまり口にしない人だけに、私も弟も母の強い意志を感じた。

「母の希望通りに」瞬時に決めた家族

 弟とあらためて話し合ったわけでも確認し合ったわけでもないが、その瞬間、私たちは「母の希望通りにしてあげよう」と決めた。ただ、その時点では「自宅で看取る」という最期をイメージしていたわけでも、覚悟を決めていたわけでもない。「ホスピスに行くのは仕方ないとしても、なるべく先がいいな」と漠然と考えていた。

 2月24日に退院して自宅に戻った母は、数カ月のあいだはそれまでと同じような日常生活を送った。3月には、毎年の春の楽しみであるつくし採りもできた。仲良しのご近所さんとの世間話、庭に生えた三つ葉で作ったお浸し、思い出の場所でのお花見、幼馴染に会うために車椅子で行った東京旅行……。母の大切な日々をサポートしてくれた医療関係者と介護関係者のみなさんには、どんなに感謝してもしきれない。

 がんは少しずつ進行し、5月末にはベッドから起きられなくなった。言葉もだんだん話せなくなっていった。それでもおよそ1か月のあいだせいいっぱい頑張り、7月2日の夕方、静かに息を引き取った。病院に運び込まれてから、147日目のことである。

家族がワンチームとなって臨む「一大プロジェクト」

 母が「家で過ごしたい」と言った瞬間、二人の息子と妻、孫とひ孫はひとつのチームとなった。母が残された日々を悔いなく過ごすという「一大プロジェクト」を成し遂げるためのチームである。

 メンバーにとってこのプロジェクトは、とてもやりがいのあるものだった。同じ目的に向かって、それぞれが自分にできることを全力で行なった。母がどう思っていたかを確かめる術はないが、私たちメンバーはこのプロジェクトに参加できて、とても幸せだったと感じている。

 物書きという「どこにいてもできる仕事」をしている私は、147日の8割以上の日々を実家で母と過ごして、たくさん話をすることができた。病気がわかるまでは母の料理を食べるだけだったが、私が作った拙い料理を「おいしい」と食べてくれたのも、大切な思い出である。

 もちろん、在宅で介護することや看取ることが「望ましい」とか「正解」だと言うつもりはまったくない。お勧めするつもりもない。あくまで、母と私たち家族が置かれた状況の中で、結果的に在宅での介護と看取りができたことを「よかった」と感じているだけの話である。別の形の介護や看取りをしていたとしても、それはそれで「悔いはない」と思っただろう。

 当初は「ホスピスに行く」と言っていた母だが、体力の衰えが一段と進んできた5月頃から、ケアマネージャーさんとの会話を通じて「ずっと家にいたい」と言うようになった。一世一代のワガママである。それをかなえてあげられたのは、いくつかの“幸運”が重なったからだ。長い人生のあいだにはつらいことも多かった母だが、このときのために運をためていたのかもしれない。

親の介護と看取りを考えるきっかけになれば

 しょせんは個人的な話で恐縮だが、自宅で旅立った「石原昭子の最後の147日」について、その間に起こったことや見守った側の気持ちについて、失敗や後悔も含めて書いてみようと思う。私たちの世代にとって、親の介護や看取りは身近で切実な問題だ。参考になることが書ける気はしないが、批判にせよ反面教師にせよ、何かを感じてもらうきっかけになれたら幸いである。

つづく。

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