《住宅セーフティネット法・改正》高齢者の暮らしや住まい探しにどんな影響が?ポイントを社会福祉士が解説
老後は広い戸建からコンパクトな家に住み替えたいと考える人もいるかもしれない。しかし、高齢になると賃貸物件は借りにくくなるのが現実だ。身寄りのない高齢者やおひとり様のシニア世代にとって不安な住まい問題だが、10月から新たに改正された「住宅セーフティネット法」に注目したい。社会福祉士で宅建の資格も所持する渋澤和世さんに法改正のポイントを解説いただいた。
この記事を執筆した専門家/渋澤和世さん
在宅介護エキスパート協会代表。会社員として働きながら親の介護を10年以上経験し、社会福祉士、精神保健福祉士、宅地建物取引士、ファイナンシャルプランナーなどの資格を取得。自治体の介護サービス相談員も務め、多くのメディアで執筆。著書『入院・介護・認知症…親が倒れたら、まず読む本』(プレジデント社)、監修『親と私の老後とお金完全読本』(宝島社)などがある。
「住宅すごろく」は逆方向へ進む?
皆さんは、「住宅すごろく」という言葉を聞いたことがありますか?
昭和の時代には、「賃貸住宅」→「分譲マンション」→「郊外庭付き一戸建て住宅」に住み替えていくのが理想形と考えられていました。これを”すごろく”になぞらえて住宅すごろくという言葉が使われることがありました。
しかし現在では「郊外庭付き一戸建て住宅」→「分譲マンション」→「賃貸住宅」のように、逆方向に進むと筆者は考えています。
郊外の戸建ては子が独立すると広すぎること、また草むしりなどの庭の手入れが高齢になると難しくなります。そうなると、夫婦世帯に丁度良い広さのマンションなどに移り住むかたも多く見られます。
さらに、夫婦の一方が要介護となった、介護施設に入居するなど費用がかさむようになると、自宅を売却して駅前など利便性の高い賃貸住宅(マンションやアパート)に移るかたも近年は増えてきました。
高齢になると賃貸物件を借られるのでしょうか。年齢がネックとなって契約を断られるのではという不安もあります。実際、賃貸を借りやすい年齢は70才が一つの目安となります。
参考/国土交通省「家賃債務保証の現状」
https://www.mlit.go.jp/common/001153371.pdf
高齢者は賃貸契約が難しい?
2030年、高齢者世帯は1500万世帯を超え、そのうち単身高齢者世帯は約900万世帯に迫る見通しです。高齢者の賃貸住宅への居住ニーズも高まる見込みですが、貸主が孤独死や死亡時の残置物処理、家賃滞納を心配して入居を拒否するケースもあります。
孤独死であっても自然死は事故死ではないので事故物件に当たらないという見解ではありますが、発見に時間がかかると事故物件に該当してしまいます。万が一、事故物件サイトに登録でもされたら価値が下がるため、高齢者への貸し出しは家主にもリスクが伴います。
住宅セーフティネット法とは?
2007年に施行された「住宅セーフティネット法」は、住まいの確保が難しい高齢者を含む住宅確保要配慮者※が安心して賃貸住宅に入居できることを目的とした法律です。
※住宅確保要配慮者とは、高齢者、低額所得者、障害者、子育て世帯、外国人、被災者など。
2017年に大きな改正が行われ、住宅確保要配慮者※の入居を拒まない”セーフティネット住宅”を設ける仕組みが作られました。貸主は都道府県に登録することができ、借りたい人は「セーフティネット住宅情報提供システム」から所在地や家賃などの情報を確認できます。この改正法が新たに見直されることになりました。
※低額所得者、被災者、高齢者、障害者、子育て世帯など。
※国土交通省「セーフティネット住宅情報提供システム」
https://safetynet-jutaku.mlit.go.jp/guest/index.php
法改正による「借りる側・貸す側のメリット」
2025年10月、再び住宅セーフティネット法が改正されました。今回は借りる側も貸す側もメリットがありそうです。主な改正点を見ていきましょう。
「借りる」人にメリットのある改正点
・居住サポート住宅の創設
入居者の変化やトラブルに対応できるよう、居住支援法人などと貸主が連携して入居中のサポートを行います。
具体的には、センサー・IoT家電などの活用や、電気・ガスなどの使用状況から、一定時間動きがなければ自動通知されるシステムによる安否確認のほか、職員の訪問による見守りを提供し、居住者の状況に応じて福祉サービスにつなぐ役割も担います。
これは居住者が高齢者の場合は、高齢者福祉の相談窓口につないで訪問介護や通所介護など適切な福祉のサポートが受けられるようにすることを想定しています。
なお、居住支援法人とは入居者への居住支援を行う法人で、住宅情報の提供、相談対応、見守りなどの生活支援をしています。
主に都道府県が指定している不動産会社とか福祉系の企業やNPO法人が担っています。居住支援法人がカバーしきれない部分は、介護事業者と協力をすることで、さらに安心した暮らしができるようになります。
※国土交通省「居住サポート住宅 情報提供システム」
https://support-jutaku.mlit.go.jp/guest/index.php
「貸す人」にメリットのある改正点
・終身建物賃貸借契約手続きの簡素化
今回の改正により「終身建物賃貸借契約※」の認可手続きが簡素化され利用促進が重要施策として位置付けられました。
※借主の死亡をもって契約が終了する賃貸借契約で、契約解除のための相続人探しや相続人への解除の申し入れが不要。
以前は「住宅ごと」に認可を受ける必要がありましたが、改正後は、事前に「事業者」として認可を受け、実際に
終身建物賃貸借を行うまでに届け出れば良いこととなり、事業者の手続きの負担が軽減されています。
※国土交通省「終身建物賃貸借をご存じですか?」
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001966185.pdf
・残置物処理の円滑化
次に、残置物処理のモデル契約条項が新たに追加されました。
借主の死亡後、相続人の有無や所在がわからない場合、賃貸借契約の解除や居室内に残された家財(残置物)の処理に難航し、残置物に手をつけられず、部屋をそのままにしておくケースもありました。
居住支援法人の業務に「入居者からの委託に基づく残置物処理」が追加されたことで、本条項に基づく契約を事前に結んでおけば、相続人と連絡がつかない場合や親族がいない場合でも、家財の処分や遺品整理の調整をすることが可能となります。
※国土交通省「残置物の処理等に関するモデル契約条項の活用ガイドブック」
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001746714.pdf
双方にメリットのある改正点
・家賃滞納リスクに対応した仕組みの創設
以前は賃貸住宅を借りる際、「連帯保証人」を求められましたが、最近は「家賃債務保証業者」を利用するのが一般的です。
家賃を払えなくなったら家賃債務保証業者が家賃を立て替えて支払うため、同業者との契約を結ぶ必要があります。ただし、中には悪質な業者も存在するので、一定の要件を満たす業者を登録・公表することで、業者を選択する判断材料にできるようにしていました。
今回の改正では、さらに一定の基準を満たす家賃債務保証業者を、国土交通大臣が認定する制度を創設しました。
一定の基準のひとつは、居住サポート住宅への入居を希望する要配慮者の家賃債務保証を原則断らないこと。もうひとつは、家賃債務保証の契約条件として緊急連絡先を親族などの個人に限定していないことです。これにより居住支援法人を緊急連絡先に指定することも可能となりました。
こうした改正により、借りる側は家賃債務保証を受けやすくなり、貸す側も家賃滞納の心配が減少します。
参考/国土交通省「住宅セーフティネット法等の一部を改正する法律について」
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk7_000054.html
高齢になると家にいる時間も長くなります。心身共に健康でいるには、まず自分がストレスから解き放たれて、安らげる場所が必要です。今回の改正は、高齢者にとってメリットが多いと感じました。本記事を参考に、高齢や介護が必要になっても安全・安心が確保される住まいをあきらめないでほしいと思います。
