63才男性、屋根の修理詐欺に「まさか自分が…」高齢者が陥りがちな危険な思考と身を守る心得【社会福祉士解説】
高齢になるほど「まだそんなに年じゃない」「自分は大丈夫」などと自分を過信してしまう人も多いという。自然災害だけでなく、詐欺など不穏な事件も増えている昨今、自分の身を守る方法とは。高齢者は特に気をつけたい危険な思い込みについて、実例をもとに社会福祉士で精神保健福祉士の資格をもつ渋澤和世さんに解説いただいた。
この記事を執筆した専門家/渋澤和世さん
渋澤和世さん/在宅介護エキスパート協会代表。会社員として働きながら親の介護を10年以上経験し、社会福祉士、精神保健福祉士、宅地建物取引士、ファイナンシャルプランナーなどの資格を取得。自治体の介護サービス相談員も務め、多くのメディアで執筆。著書『入院・介護・認知症…親が倒れたら、まず読む本』(プレジデント社)、監修『親と私の老後とお金完全読本』(宝島社)などがある。
災害、詐欺、事故から身を守るには?
9月は「防災月間」です。日本はその位置、地形、地質、気象等の自然的条件から災害が発生しやすい国土となっています。一人ひとりの防災意識を高め、日頃から災害に対する備えることが大切です。
災害だけでなく、日常で発生する事件、事故など、危険から守るための考え方をご紹介します。
正常性バイアスの危険
私たちのまわりでは日々、様々な災害や事件、事故が起きています。ニュースをみながら、「被害が大きいな、大変だ」などと思ってもどこか他人事。根拠もなく「私は大丈夫」と思うことはありませんか?
とくに高齢者は、災害から逃げ遅れる、詐欺のターゲットになりやすいなどの危険が多いので、「私は大丈夫」という過信は、一番危ないのです。
近年、見知らぬ人からいきなり刺されたり、強盗や熊に襲われる事件も増えています。ゲリラ豪雨で浸水したり家が流されることもあります。誰もがいつそのような災害や事件、事故に巻き込まれるかわからないのに、なぜか自分は大丈夫と無意識に思ってしまうものです。
人間は「望まないことは起こらない」と思いがちです。これを正常性バイアスと言います。最悪を想定せず、たいしたことないと思い込むことで日々の不安を無意識に防いでいるのです。
「自分に限ってありえない」「このくらいなら大丈夫」
災害時に避難しなかった人やオレオレ詐欺にあった人たちは、「まさか自分が被害にあうとは思わなかった」と言います。正しいことをしていると一度思い込んだら、それが間違いだったとしても後戻りが難しくなります。そのため、ニセ投資などにお金をつぎ込んでしまうようなことが起きます。
また、台風は月別でみると発生や接近、上陸ともに8~9月が多いため備えが必要です。「史上最強クラスの台風」と報道が過熱しているので養生テープで対策をしたものの、結局、被害がなかった。そんな時、「なんだ、去年とあまり変わらないし、今回もこの程度なら大丈夫だろう」と考えて、対策や避難をしない人も出てきます。
状況も全く異なるので過去の経験をもとに判断することは非常に危険です。今の状態はどうなのかを判断し行動することが大切となります。
高齢者の危険な思考パターン
高齢の親が「私は大丈夫」と思っていそうなサインはありませんか? もし当てはまるものがあったら、今すぐその考えは捨てるように伝えてほしいと思います。ちょっとした油断が事故につながるのです。
こんな思い込みは危険!CHECKリスト
【日常編】
□長年やってきた料理、火事なんか起こすわけがない
□自転車は乗り慣れている、転ぶわけがない
□ブレーキとアクセルを間違えるなんてありえない
□歩き慣れた道で転ぶわけがない
□雪かきは得意だからわたしにできないわけがない
【詐欺編】
□うちは貧乏だから詐欺の話なんてくるわけがない
□私が騙されるわけがない
□挨拶もするしあの人が悪い人なわけがない
□子供の声がわからないなんてありえない
□親切にしてくれた人が私からお金をとるなんてありえない
【災害編】
□ここに大きな地震がくるわけがない
□河川堤防があるから、あの川は溢れるわけがない
□備蓄品がなくても自治体が何とかしてくれるだろう
□隣人はしっかりしているからもらい火なんてありえない
□避難場所は知っているから調べなくても大丈夫だ
「私は大丈夫」と思って危険な目にあった実録
実際に高齢者が「私は大丈夫」と思ってした行動から、危険な目にあった事例をご紹介します。
【日常編】「老々介護、妻を思って…」
Aさんは、認知症の妻と二人暮らし。妻は認知症が進行しており、Aさんは杖歩行でふらつきがち、長距離は歩くことができない状態でした。
Aさんは、妻の常備薬が切れたので近所の薬局に出かけたが、帰る途中で段差につまずき転倒、そのままうずくまっていたところ、車で通りがかった近所の人が発見。家まで送り届けてもらいました。近所の人は、Aさんがたびたびふらつきながら歩いているのを目撃していた。薬局までの途中には踏切もあり、ひとつ間違えば大惨事になっていた。Aさんは薬局は「近いから大丈夫」と思っていたといいます。
【詐欺編】「まだ60代だから騙されるはずがない」
Bさん(63才)がひとりで留守番中、インターフォンが鳴ったので応答したところ、大工さんのような風貌のにこやかな男性が、「お宅の屋根がめくれている、近くで修繕をしているので終わったらお宅のも直してあげましょうか」と言われました。
それは大変だと思ってお願いしたところ、2時間後に別の男性を連れて再び訪問。屋根に登って修繕するトンカチの音、そして修繕後の写真を見せられました。優しい人もいるものだと感心していたが、その後、「このままだと水漏れしますよ」と、60万円の修繕と定期的な点検をすすめられます。
後日、好意にしている工務店に連絡したところ、「急に訪ねてきて、屋根を修理しないとまずい、というのは100%詐欺ですよ」と忠告されました。60代のBさんは「騙されるのは80代とか、もっと高齢の人、自分は騙されるわけがない」と思っていたといいます。最初に訪ねてきた男性はとても感じが良く、とても詐欺師とは思えなかったそうです。
【災害編】「前回も大丈夫だったから…」
台風のとき、足が悪いので避難所までに行くのが不安だったため、在宅で避難していた。「3日分の食料はあるし、これだけ買い込めば家でも安心だ」と思っていた。
その後、雨がどんどん強くなり、近所の若い人が声をかけてくれ、避難所までの移動を手伝ってくれた。暗くなってから川が氾濫して警戒レベルにになったため、非難していなかったらと思うと恐ろしい。これまで台風のときは自宅で過ごしていたので、警戒レベルに無頓着、「今回も大丈夫だろう」と思っていたといいます。
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高齢になると自らの衰えや老いを認めたくないもの。「私は大丈夫」と強気な考えになりがちです。筆者もアラ還となり、高齢者の仲間入りも時間の問題なのでその気持ちはよく分かります。ですがこの自信にはリスクも隠れているのだと意識することも必要です。それが自身の身を守る第一歩になるのではないでしょうか。
