倉田真由美さん「すい臓がんの夫と余命宣告後の日常」Vol.101「誰でもいつでも人は変われる」
漫画家でエッセイストの倉田真由美さんは、夫で映画プロデューサーの叶井俊太郎さん(享年56)をすい臓がんで失ってから、自らの「生き方」について考えるようになった。広島の離島に移住した友人に会いに行った時、70代の女性に出会って――。
執筆・イラスト/倉田真由美さん
漫画家。2児の母。“くらたま”の愛称で多くのメディアでコメンテーターとしても活躍中。一橋大学卒業後『だめんず・うぉ~か~』で脚光を浴び、多くの雑誌やメディアで漫画やエッセイを手がける。新たな描きおろし漫画も収録した最新の書籍『夫が「家で死ぬ」と決めた日 すい臓がんで「余命6か月」の夫を自宅で看取るまで』も話題に。
広島の離島へ
今年広島県の離島・佐木島に移住した友だちミカンのところに遊びに行った時、「鷺邸」という宿泊施設を営むカツ子さんという女性に出会いました。
カツ子さんは70代前半、私の母より少し年下です。佐木島で生まれ育ち、島の人と結婚してからもずっと島内で暮らしてこられました。島に活気をもたらしたいと活動している人との出会いで、数年前に自分の元実家を使って宿泊施設「鷺邸」をスタートさせました。
島へは私と、友人Mとで行きました。初日は鷺邸にお世話になり、カツ子さん手作りの米粉と豆乳のえびグラタンや天ぷら、煮物の美味しい晩ご飯をいただきました。
海辺の岩にくっついている「ニナ」の塩茹でもあり、子どもの頃海に行った時に採って帰って家族で食べたことを思い出しました。まち針で身を穿って食べるのもうちと同じやり方で、懐かしい味です。カツ子さんは私たちのために、わざわざその日に採りに行ってくれたそうです。
翌日はみかん狩り、レモン狩りを堪能した後、鷺邸のキッチンでカツ子さんを囲んでティータイム。お茶請けは私とMが持参した和菓子とチョコレートです。
カツ子さんが育てたハーブで作ったハーブティーのポッドの中に、カツ子さんが冷凍庫から出してきたレモンスライスを何枚か入れました。
「これ、うちのレモンの砂糖漬け」
と、私たちにも一切れずつ配ってくれました。
「わ、美味しい!」
絶妙な甘みとレモンの酸味、そして苦味。作り方は難しくないけど、案外作ってこなかったなと気づきました。これはいただいたレモンを使って、是非作らねばなりません。
人生初の海外、きっかけは…
「私ね、今度ドイツに行くんよ」
カツ子さんが嬉しそうに話します。
「初めての海外旅行。ちょうどいいご縁があってね」
なんと、人生初海外にチャレンジするカツ子さん。元々アクティブに生きてこられた方かと思ったら、「60年以上、あまり冒険せずに生きてきた」と言います。でも、生き方を変えようと思う出来事があったと。
「何年か前、テレビを観ていた時にね」
「テレビ?」
「そう、テレビ」
その番組にカツ子さんよりも年上の女性が出てきて、話したそうです。
「『老後が心配なんです』って。私より年上なのに、老後!?何を怖がっとるん?って、なんだかおかしくなってね。それで、ああ、私ももう老後だ、どんどん好きなことせんと、いつ死んでもおかしくないんやからって」
直接会ったわけでもない、テレビで観た高齢女性のたった一言で、人生を変えようと思ったと。
「へー!」
私たちは感嘆の声を上げました。
「それでね、私もこれからいろんなことに挑戦してみよう思って。鷺邸作ったのもそれがあるんよ」
私はなんだか嬉しくなりました。カツ子さんの年齢になっても新しいことを始められる、このことだけでも勇気がもらえますが、更にそのきっかけはどんなに些細に見えることでもあり得るんだ、と思えたから。これは誰にとっても、幾つになっても希望になります。
普通の旅ではなかなかこういう話は聞けません。現地の人と、こんな交流はできません。
ミカンが移住したからこそ、こんな貴重な体験ができたんだなあと彼女の行動力に感謝しました。
