《介護にともなう経済損失は2030年に9兆円超に》「育児・介護休業法」改正ではビジネスケアラーは救えない? 変えるべきは親のそばで尽くすことを“いい介護”とする昔ながらの介護観
2025年、戦後の第一次ベビーブームで誕生した「団塊の世代」全員が75歳以上になる。この世代の親の介護を担うのは、働き盛りの40代から50代を中心とする中年層だ。それに伴い、仕事をしながら家族の介護を行う「ビジネスケアラー(ワーキングケアラー)」も増加の一途をたどっている。経済産業省の推計では、2030年には家族を介護する人の数が約833万人に達し、そのうち約4割にあたる約318万人がビジネスケアラーになる見込みだという。また、介護にともなう経済損失額は約9.2兆円におよび、そのうち約7.9兆円は、仕事と介護の両立困難による労働生産性の低下から生じるとされている。
「育児・介護休業法」改正でビジネスケアラーは仕事を続けやすくなるのか?
経産省は対策のひとつとして、2024年3月に「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」を策定。厚生労働省も「育児・介護休業法」を改正し、今年の4月から段階的に施行される。今回の改正では、介護離職を防ぐために、事業主に対して仕事と介護の両立支援制度の強化などの措置を講じることが求められている。主な改正ポイントは以下だ。
──────────
【「育児・介護休業法」介護に関する改正ポイント】
◎《義務》介護離職防止のための雇用環境整備(以下のいずれかを実施)
・介護休業、介護両立支援制度などに関する「研修の実施」または「相談窓口の設置」
・介護休業取得、介護両立支援制度などの「利用事例の収集・提供」または「利用促進に関する方針の周知」
◎《義務》介護離職防止のための個別の周知・意向確認
(1)介護に直面した労働者への個別の周知・意向確認(面談・書面・メール等)
(2)労働者が介護に直面する前の早い段階(40歳等)で、介護休業や介護両立支援制度に関する情報を提供
◎《努力義務》介護のためのテレワーク導入
・家族の介護を行う労働者がテレワークを選択できる環境の整備
◎介護休暇を取得できる労働者の要件緩和
・「労使協定による継続雇用期間が6か月未満」の労働者を除外する規定を廃止
──────────
では、各企業がこれらの措置を講じれば、ビジネスケアラーは仕事を続けやすくなるのだろうか。“誰もが最後まで家族と自然に過ごせる社会”を目指すNPO法人「となりのかいご」の川内潤代表理事は、「世間の介護に対する意識が変わらない限り、現状を好転させることは難しい」と話す。
“介護は自分が行わなければ”という責任感の強い人ほど離職率が高い傾向
「各企業で両立支援制度の整備が進むことは、もちろんいい側面もあります。特に、早い段階での情報提供や個別の周知がなされれば、介護をふまえた働き方を考えるきっかけを与えられます。ただし、それだけで介護離職が防げるとは思えません。実は、国が行った調査によると、介護保険制度に関する情報収集や、地域包括支援センターへの相談を自発的に行う人こそ、離職率が高い傾向にあります。“介護は自分が直接行わなければ”という責任感が強いあまり、仕事や生活を犠牲にしてでも、親のそばにいることを優先させてしまうからでしょう」(川内代表理事・以下同)
それを助長しているのは、多くの日本人に根付いている“昔ながらの介護観”だという。
「“親の近くで手厚く面倒を見てあげることがいい介護”だと思い込んでいる人が多いですが、今の日本においては、もはや実現不可能です。1980年の時点では、現役世代7.4人で1人の高齢者を支えればよかったものの、今はわずか2人で支えている状況ですから、自分の父母が介護をしていた時代とはわけが違います。たとえ両親や周りの人たちから、“あなたが地元に戻ってくれれば安心”、“仕事もあるのに頻繁に実家に帰っていて偉いね”などと言われても、それが本当に親孝行につながるのか、よく考える必要があります」
川内さんによると、そばにいて何でもしてあげすぎることで、親が自ら尊厳を手放していく場合もあるという。例えば、朝食でパンとお米、どちらが食べたいのか。日中は散歩に出るのか、家でゆっくりしていたいのか。子どもがよかれと思って先回りして提示することで、自分の頭で考える機会が徐々に減っていく。
「せっかく尽くしているのに、結果的に親御さんの判断力や生活の質が下がってしまっては悲しいですよね。それに、近くにいればいるほど親の“老い”を感じ、心配になる場面が増えます。そうすると、よけいに“もっと助けてあげなければ”という心境になり、必要以上のことをしてあげたり、それこそ仕事を辞めたりすることになりかねません。親御さんも、だんだんと“甘え”や“欲求”が大きくなり、介護する側のストレスが募る可能性もあります。ですから、親とは適切な距離を保ち、自分の介入が本当に双方のためになるのか、実は自分が安心したいだけなのかを見極める余裕を持ち続けることが重要です」
そのために、「どれだけ近くで手を貸してあげられるか」や「親に寂しい思いをさせないこと」に成果目標を置いてはならないと川内さんは言う。
「親御さんも、多少の寂しさを感じるからこそ、ヘルパーさんを迎え入れたり、デイサービスに行ったりする意欲がわいてくる場合もあります。既存のサービスをうまく利用しながら、できる限り自分の仕事や生活を捨てずに介護を続けたほうが、長い目でみるとお互いに幸せかもしれません。親の介護を考える際には、“まずは自分の人生を大切にするんだ”という気持ちを持っていただきたいです」
仕事と介護の両立を実現するために、企業が重視すべきことは
一人ひとりの意識が変わったうえで、ビジネスケアラーが仕事と介護を両立するために大事になってくるのが、やはり事業者による支援策の拡充だ。ただ、やり方を間違えると、介護離職を防ぐどころか、助長することにもつながりかねないという。川内さんが、企業側が特に気をつけるべき点として挙げるのは、「介護休暇や介護休業、介護のためのテレワークの利用率アップを安易に目的としないこと」だ。
「介護休暇をとろうとする従業員に対し、“お母さんもきっと喜んでいるよ”とか、“親御さんが心配なら、実家に移ってリモート勤務を併用したらどうか”などと勧めることは望ましくありません。従業員が自ら介護をする時間を増やすことが、“仕事と介護の両立”ではないからです。特に、介護休業は、外部リソースを活用した介護の仕組みを整えるなど、あくまでも体制づくりのために使うべきものです。企業がその部分を正しく理解して啓発しない限りは、休んだのちに辞める人が増えていくだけになる可能性もあります」
そのうえで、個別の周知・意向確認を行い、従業員が仕事と介護を本当の意味で両立し続けるための方法をじっくり話し合うのが効果的とのこと。従業員ごとに置かれている状況や介護に必要な期間が異なるという点を念頭に置き、個々に合わせたアプローチを行うことも重要だ。
「また、介護に直面する前段階にある従業員にも、介護と仕事をうまく両立していくための手立てを早めに考えてもらう必要があります。自社の支援策や相談窓口を定着させることはもちろん、例えば、40歳以上の従業員に対しては一律で介護セミナーを開催するなども有効です。介護離職や介護による労働生産性の低下を食い止めるために、社内全体で意識改革を行っていくことが求められるでしょう」
今回の「育児・介護休業法」の改正をはじめとして、今後も介護に関する法制度の整備は進んでいくことだろう。しかし、それらが真に効果を生むかどうかは、私たちの心構えと行動変容にかかっている。
◆取材・文/梶原 薫