【シーズン2開始】兄がボケました~認知症と介護と老後と「第1回 初老兄妹の日常」
みなさま、お待たせいたしました。人気連載がシーズン2として帰ってきました。若年性認知症を患う兄と長らく暮らしてきた妹のツガエマナミコさんでしたが、兄が特別養護老人ホームに入所したことをきっかけに、現在は一人に。これまでの生活を振り返りつつ、現在の兄の様子や心情を綴ってくれます。
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「後悔するかしないか」で考える
6週間のご無沙汰でした。どうもツガエでございます。
「のんびりしてくださいね」というみなさまの暖かいお言葉に甘え、のんびりさせていただきました。のんびりしすぎて、兄を介護していた自分が、自分のこととは思えないほどでございます。
初めましての方もいらっしゃると思いますので、自己紹介いたしますと、兄が約9年前に若年性認知症と診断された妹、現在61歳の貧乏フリーライターでございます。長らく兄と二人暮らしをしてまいりましたが、この夏、兄が要介護5に認定され、ようやく特別養護老人ホームに入所が叶った次第でございます。
ツガエは今、久しぶりにテレビ三昧。韓流ドラマや中国ドラマを楽しみに日々を過ごす有閑マダムのような暮らしをしております。時間はたっぷりできたのに料理もせず、パスタや冷凍食品、出来合いのお惣菜を口に放り込みながら、ずるずる堕落しております。もっと有意義に時間を使えないものかと思うにつれ、兄の介護がわたくしを堕落から引き離してくれていたことを思い知るのでございます。
そして今後、この堕落から這い出るべく、シーズン2に救いを求めてまいります。しかしながら、どういう方向性で進めればいいのか、答えが出ないまま今日に至っております。
もう兄は特養で生活を始めて3か月が経とうとしております。毎日山のようにあった兄への不満や介護の苛立ちは跡形もなく消え、はっきり言って深刻なネタ不足でございます。それでも兄がこの世を去るまで、わたくしが介護者であることに変わりございません。施設に預けたあとの兄がどうなるか、と同時に還暦過ぎの妹の暮らしもまた、どなたかの励みや共感になるやもしれぬと望むばかりでございます。
先日、シーズン1の初期を読み返しておりました。書いても書いても溢れ出る思いや出来事がございました。その勢いのある筆の流れに当時のことが鮮明に思い出され、他人事のように「よくやってな」と感じ入りました。
連載を始めた約5年前、当時はまだギリギリ会社通勤していた兄は、今や本当にボケてしまって妹を妹と認識できないくらいに認知症が進行してしまいました。週1回、面会に行っておりますが、それはもう自己満足のためでございます。兄が寂しくないようにとか、行ってあげないと可哀想だから…ということではなく、わたくしが「週1回行ってる」と自負できることが大事なのでございます。
思えば、わたくしはいろいろなことを「良いか悪いか」や「すべきかすべきでないか」ではなく、「後悔するかしないか」という点で考えてまいりました。10年前に父親が交通事故で亡くなったときも、入院した3か月間、雨の日も大雪の日も1日も欠かさず面会に行ったのは父のためではなく後悔したくない自分のためでした。1日だけ、看護師さまに「今日はちょっと治療中で面会は無理です」と言われ、父の顔を見れずに帰ってきた日がありました。それまでわたくしは父に顔を見せに行っていたつもりでしたが、会えなくて悲しいのは自分だったのだと気づき、帰り道で号泣したのでございます。父は気管切開をしていて話すことはできず、筆を持って書くこともできず、面会に行ってもわたくしは父の足をさすっているだけでしたが、毎日欠かさずに病院に通ったことで後悔は少なく、最低限のことはできたと自己満足しております。
兄への面会を週1で行くのも自己満足にほかなりません。加えてスタッフさまへのアピールというか、けん制の意味も多少ございます。スタッフの方々には関係ないかもしれませんが、「週1で面会に来る妹がいる」と知れ渡れば、1か月に一度だけの場合より兄をそれなりにちゃんと扱ってくれるのではないか?と、勝手な期待を寄せているのです。
今のところ、兄は食欲旺盛で食事は完食している様子。見た目も変わりなく、笑顔も見られます。オムツ交換や車イスへの移動、入浴時での抵抗はまだあるようですが2~4人体制で対応するなどして、少しずつ慣れて改善も見られているとか。興奮を抑えるような漢方薬も処方されていると聞きました。とりあえず順調でございます。
二人暮らしの時ほど壮絶な出来事はもうツガエには起こりません。でも特養で暮らす兄と、一人暮らしになったツガエという初老兄妹の日常は続きますので、風の向くまま気の向くまま、読んだり読まなかったりしていただければ幸いでございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性61才。両親と独身の兄妹が、2012年にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現66才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。2024年夏から特別養護老人ホームに入所。
イラスト/なとみみわ