認知症本人の同意がなくとも入院治療をする方法【医療保護入院】とは?家族が困った場合の対処法を精神医療の調査、審査に詳しい弁護士が解説
高齢化が進み、自分や高齢の親がいつ認知症になるとも限らない時代。認知症の症状は人によって異なるが、暴言や暴力などの症状が現れ、家族が疲弊してしまうというケースも。本人は自覚がないことが多いため、入院や治療が難しい――。そんな場合の対処法として、「医療保護入院」という選択肢があるという。弁護士の前園進也さんに詳しく解説いただいた。
この記事を執筆した専門家
弁護士・前園進也さん
サニープレイス法律事務所代表。https://sunnyplace.law/
弁護士、認定心理士。埼玉県を拠点に障害福祉分野を中心に活動を行う。一児の父。埼玉県LGBTQ支援検討会議アドバイザー、埼玉県立精神医療センターの外部評価会議委員などを務める。著書に、知的障害をもつ息子の子育て体験から着想した『障害者の親亡き後プラン パーフェクトガイド』(ポット出版プラス)などがある。YouTubeチャンネ
認知症の高齢者は5人に1人へ
総務省が発表した高齢者の人口の推計結果(2024年9月15日発表)※によると、日本の総人口は去年に比べて59万人減少しているのに対して、65才以上の人口は3625万人と去年に比べて2万人増加し、過去最多となりました。なお、総人口に占める割合は29.3%です。
※総務省「高齢者の人口」。
https://www.stat.go.jp/data/topics/pdf/topi142_01.pdf
また、高齢者に多くみられる病気のひとつとして認知症があります。内閣府の調査※では、2025年には、65才以上の高齢者で認知症になっている人が約700万人となり、5人に1人は認知症になることが見込まれています。
※内閣府「平成28年版高齢社会白書(概要版)」。
https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2016/html/gaiyou/s1_2_3.html
5人に1人となると、自分の親や自分自身、配偶者が認知症になるかもしれないという漠然とした不安を持っている人は少なくないでしょう。そういう意味では認知症という病気は私たちにとって身近な存在です。
しかし、認知症が「精神疾患、精神障害のひとつである」ということを意識している人は少ないのではないでしょうか。
認知症患者には「病識がない」ケースが多い
精神疾患、精神障害によく見られる特徴のひとつとして、「病識のなさ」が挙げられます。
病識とは、簡単にいうと、自分自身が病気であるという自覚のことです。認知症の中でもっとも割合が多いアルツハイマー型認知症の患者は、病識がない、または希薄であるといわれます。
多くの人は、自分が病気であると自覚していたら、病院に行って治療してもらいます。ちなみに私は、最近痛風になってしまったため、近所の病院に行きました。医者に処方してもらった薬を服用したことで、現在痛みはありません。逆に、痛風という症状がなければ、私は自分が病気であるという自覚を持てず、通院することはなかったはずです。
このように、病識の有無というのは、患者本人の治療に対する意思、意欲に深く関わりがあります。
精神疾患、精神障害になった人に病識がないと、家族などの周りの人がその言動から、「ちょっとおかしいかも」「何かの病気ではないか?」と思って通院を勧めても、本人は拒否することがよくあります。
本人には病気であるという自覚はありませんので、病院に行こうという気にならないのは、むしろ当然ともいえます。
私は4年間、埼玉県の精神医療審査会の法律委員をしていました。精神医療審査会とは、精神科病院への非自発的入院に関する審査を行う機関です。適切な入院治療が行われているか、患者への権利侵害がないかなどを調査・審査しています。
精神疾患・精神障害のある人とお話をする機会が多くありました。私の経験に限られますが、お話を伺った人のほとんどのかたに、病識が見られませんでした。
病識のない人に治療を受けてもらう方法
認知症、統合失調症などの病識がないことが多い精神疾患、精神障害の場合、適切な治療が十分に行われず、日常生活に支障が出ることが少なくありません。認知症にはもの忘れ、理解力・判断能力の低下などの中核症状の他に、妄想、幻覚、徘徊、暴言・暴力などの周辺症状があります。こうした周辺症状が出始めると、日常生活に支障が生じ、入院治療が必要になることもあります。
しかし、医師が認知症の周辺症状の治療のために入院が必要と判断しても、認知症の本人に病識がなく、治療を拒否した場合にはどうしたらいいのでしょうか。
このような場合には、患者本人の同意がなくても、入院治療を受けてもらう非自発的な入院の制度があります。その代表例が「医療保護入院」です。
医療保護入院とは?
医療保護入院とは、医師が入院治療が必要と判断したものの、精神疾患・精神障害の患者に入院する意思がない場合に、家族などの同意に基づいて行われる精神科病院への入院のことです。一般的な病棟への入院とは異なるため、誤解しないでいただきたいのですが、精神科病院への入院のうち、半数がこの医療保護入院なのです。
医療保護入院になる病名として一番多いのは統合失調症ですが、次に多いのは認知症です。先ほど述べた精神医療審査会の仕事の中に、医療保護入院の書類を審査するというものがあります。月に一度、大量の書類を審査していましたが、医療保護入院の書類に記載される病名は、統合失調症と認知症がほとんどでした。
医療保護入院の要件
医療保護入院は、患者本人の同意なく行われる半ば強制的な入院なので、軽々しく行うことはできません。医療保護入院をするための要件や手続きは、精神保健福祉法と呼ばれる法律に定められています。
医療保護入院には、次の5つの要件をすべて満たす必要があります。
【1】精神保健指定医(精神保健に関する専門知識と経験を有する医師)による診察の結果、入院が必要と判断されること
【2】患者が精神障害者であること
【3】治療や症状の悪化を防ぐために、入院が必要と認められること
【4】本人の意思による入院が難しい状態であること
【5】家族などが医療保護入院に同意していること
【5.の家族などとは、主に次の人々です。
・配偶者
・親権者
・直系血族(父母、祖父母、子ども、孫など)
・兄弟姉妹
・後見人、保佐人
家族などの同意書が作成された後、精神科病院の病院長が決定したら、入院することになります。
医療保護入院とは?【まとめ】
認知症の介護には、介護する家族の身体的・精神的な負担が大きいとよくいわれています。特に、先ほども述べた認知症の周辺症状が出始めると介護者の負担がさらに大きくなります。その負担やストレスから高齢者虐待に発展してしまうことも珍しいことではありません。
認知症の周辺症状に対しては適切な治療を行うことでその症状が改善(軽減・緩和)されるといわれています。また、虐待という事態を避けるためにも、認知症の症状により日常生活に支障が生じるような場合には、医療保護入院による治療も検討してください。
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