要介護、96才の女性「防水タイプの補聴器でお風呂が楽しみに」【専門家が教える難聴対策Vol.9】
認定補聴器技能者の田中智子さんは、聞こえにくいことに悩む多くの高齢者と接してきた中で、「補聴器を使うことで介護生活が変化した」事例もあるという。突然始まった在宅介護で、聞こえにくいことで介護スタッフとの意思疎通がうまくいかず、お風呂の時間が我慢ばかりだった96才の女性のエピソードを紹介する。
教えてくれた人
認定補聴器技能者・田中智子さん
うぐいす補聴器代表。大手補聴器メーカー在籍中に経営学修士(MBA) を取得。訪問診療を行うクリニックの事務長を務めた後、主要メーカーの補聴器を試せる補聴器専門店・うぐいす補聴器を開業。講演会や執筆なども手がける。https://uguisu.co.jp/
在宅介護が始まった96才の女性の実例
96才の女性Aさんは、息子さんと2人暮らしをされています。10数年前から徐々に聞こえにくくなり、普通の声だと聞き取れず、日常会話も息子さんが、ご本人の耳元で大きな声を出してなんとか会話ができるという状態でした。
夏に体調を崩されたのをきっかけに、要介護となり、ご自宅で介護サービスを受けることになりました。自宅にケアマネージャーさんや訪問看護師、さらにヘルパーさんや在宅診療の医師といった、医療や介護のスタッフが頻繁に訪れるようになり、それまでの息子さんと2人きりの静かな生活が一変しました。
介護スタッフのとの会話が聞き取れない
とりわけ大変になったのが、介護スタッフとの会話でした。よく聞こえないために、ご本人が希望することと、ケアをするスタッフの意思疎通がスムーズにいかないという状況。息子さんは困っている母の様子を見て、「とりあえず一時しのぎでもいいか」と、集音器を購入したそうです。
→そんなに違いがないと思っていませんか?【補聴器と集音器】「実は全然異なる」そのメリット・デメリットを解説【専門家が教える難聴対策Vol.2】
早速、お母様に集音器を使ってもらったのですが、耳の穴のサイズが合わず、うまく装着できなかったり、ハウリングを起こしたりと、とうてい状況の改善には至らず、むしろ煩わしくなってしまったとのこと。
そんな話を、息子さんが、自宅に介護用の手すりを設置しにきてくれた福祉用具の営業マンに話したところ、それなら自宅訪問できる補聴器店があるよ、ということで、当店にご相談をいただきました。
ご自宅に訪問し、補聴器をお試し
在宅介護中のかたなど、店舗にいらっしゃれない場合、ご自宅に訪問して補聴器の相談をさせていただくケースもあります。
息子さんとご相談し、Aさんに補聴器を試していただくためにご自宅に伺うことになりました。
まずは、聴力測定を実施、また、耳の中の観察や耳の手術歴などの確認を行います。補聴器の禁忌8項目といって、耳垢が多くたまっている、この2か月以内に急に聴力が低下した、などの8つの項目に当てはまっていれば、耳鼻咽喉科の受診が必須となります。
Aさんは該当しなかったので、いくつかの機種の中から、Aさんに合いそうなものを選び、まずは1週間、貸し出しをさせていただくことにしました。並行して、ケアマネージャーさんを通して訪問診療の先生にも確認を取り、先生からも「補聴器を試すのはいいことだね」と言っていただきました。
1週間後にまたご自宅に伺ったところ、Aさんは思った以上に聞こえの状態が改善されたご様子。
息子さんだけでなく、訪問看護師さんや、介護スタッフのかたたちとの会話も聞き取りやすくなったと喜んでいらっしゃいました。
補聴器をつけたままお風呂に入りたい
さらにAさんに補聴器を試していて気になることを訪ねてみたところ、「お風呂の時」が困っているというお話をされました。
Aさんは、要介護となってからは、ご自身でお風呂に入るのが困難になり、「訪問入浴」をご利用されていました。お風呂の時間には貸し出した補聴器を外しているので、やはり会話に困ったようです。
そこで「補聴器には、お風呂で外さなくてもいい防水タイプもありますよ」と、Aさんと息子さんにご提案しました。
補聴器の進化はめざましく、最近ではプラス2万円くらいで防水タイプを購入できるものもあることをご説明しました。
「それなら防水がいいわね!」と、お風呂の時間が大好きなAさんは、お試しされていた機種の防水タイプを購入することになりました。
自分の意志を伝えられるように
その後も調整を重ね、使い始めて1か月後、改めて訪問させて頂きました。
すると、Aさんは「防水タイプにして本当によかったわ!ありがとうね」と、開口一番、喜びのお言葉をいただきました。
補聴器をしていないときは、訪問入浴のときにほどんど会話もなく、まるで作業のように体を洗ってもらっていて、されるがままだったそう。
それでも、「お風呂に入れてもらえるだけでもありがたいから」と、かゆいところや洗って欲しいところあっても、口に出すのを諦めていたというのです。
防水タイプの補聴器のおかげで、入浴時にも積極的に会話ができるようになり、
「今の温度がちょうどよくて気持ちがいいわ」とか「肩にお湯をかけてほしい」など、その時々のタイミングでリクエストが出せるようになり、介護スタッフからの質問にも答えることができるようになったそう。
入浴介助をしてくださるスタッフの目を見て、「ありがとう」と言えるようにもなり、お風呂の時間が今ではすっかりリラックスタイムになったと、嬉しそうにお話されていました。
デイサービスのお風呂も楽しみに
Aさんは、聞こえる生活を送ることで気持ちも前向きになって体調もどんどん回復され、デイサービスに通えるまでになりました。
デイサービスに通えるようになったので、ご自宅での訪問入浴はなくなりましたが、今ではデイサービスでのお風呂を日々の楽しみにされているとのこと。
また、デイサービスのアクティビティでは、お隣になったかたと会話も弾むようになったそうです。
補聴器を使う前のAさんは、家に閉じこもっていて外出することもほとんどなく、息子さんと最低限の会話しかしなかったといいます。そんな生活からは考えられないほど、今ではたくさんの会話を楽しまれているとことです。
Aさんとは、半年ごとに補聴器の点検でお会いするのですが、会うたびに表情がいきいきして、明るい笑顔が増えています。
★うぐいす智子先生のワインポイントアドバイス!
防水タイプの補聴器で生活が一変! お風呂が楽しい時間に
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編集部注/防水性が高まり温泉OKの補聴器も
最近の補聴器は進化していて、防水性が高まっている。
高い防水性からお風呂や温泉も楽しめるフォナック『オーデオ ルミティ ライフ』は“ウォータープルーフ補聴器”という呼び名も。また、防水性の設計を徹底的に突き詰めたスターキー『ジェネシスAI』は、激しい防水テストをクリアしている。
お風呂だけでなく、汗をかいたり、雨が降ってきたり、補聴器が水にさらされる機会は意外と多いもの。補聴器を選ぶときのひとつの選択肢になりそうだ。
取材・文/立花加久 イラスト/奥川りな