兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第242回 オニの居ぬ間の映画鑑賞】
ライターのツガエマナミコさんは、若年性認知症の兄と暮らしています。7年以上にわたり細腕ひとつで兄をサポートしてしているマナミコさんの疲労は肉体的にも精神的にも相当なもの。現在施設入居を絶賛検討中ではありますが、その間、ショートステイを取り入れることにしたツガエ家。今回は、オニならぬオニィ不在のときのお話です。
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コメントを寄せてくださる読者の皆さまへ
兄がショートステイの間に久々に映画を観ました。
『PERFECT DAYS』 という役所広司さん主演の、公衆トイレ清掃員の1~2週間を描いた作品を拝見しました。台詞の少ない映画でした。何か事件が起こるわけでもなく、ほぼ毎日淡々と同じことを繰り返す暮らしの中で、ほんの少しのいいことや、ちょっとした困惑で心を動かす機微が描かれておりました。一番印象に残ったのは、伏線っぽい意味ありげな景色や出来事がいくつも出てくるのに一つも回収されないことでございます。主人公の過去もわからなければ、印象的に繰り返されるぼやけたモノクロ映像の意味もわからないまま。
でも、そう思った途端に、何かにつけて伏線回収を求めている自分に気づきました。「この出来事にはこういう意味があったんだ」とか「あの言葉はこれを示唆していたんだ」と気づけることで気持ち良くなるとでも申しましょうか。映画や物語にキレイな伏線回収を求めてしまっている自分の期待は見事に裏切られました。その分、余白があり想像力のある人は無限に楽しめる作品かもしれません。
言われてみれば現実の生活では、伏線は伏線のままで、多くが忘れ去られていくものでございます。なんの変哲もない人生だとしても、さざ波のような起伏だとしても、大多数の人はそれを愚直に懸命に生きているのだと感じた映画でございました。
さざ波のような小さな起伏を懸命に生きているツガエとしては、家のトイレ掃除をする度に映画のシーンを思い出し、「実際の公衆トイレはもっと汚いだろうな」とか「役所さんは私生活でこんなことしないだろうな~」と、ふと思って苦笑いしております。近頃は兄が滅多にトイレを使わなくなったので、以前よりも我が家のトイレはキレイでございます。その代わり、違うところの掃除が増えたわけですけれども…。
よくお尿さま攻撃される場所にペット用吸水シートを敷いたり、壁に貼り付けたりしておりまして、その消費量がメキメキ上がっております。広範囲をカバーしようと2枚並べているところでは、どういうわけか2枚にまたがって汚される率が高いのでございます。「もう少しこっちにしてくれたら一枚取り換えればすむのに、もったいない…」と毎日ストレス。でもそれは必要経費と割り切るしかございません。
紙パンツはサイズ感がよくわからず、MとLの両方をストックしております。兄は紙パンツを履き替えるのは相変わらず嫌いですが、読者の方々に教えていただいて、脇のつなぎ目を破くようになってからだいぶ楽になりました。ただ、兄も破くこと学んでしまい、穿かせたばかりの紙パンツをなぜか自分で破いたことがございます。1ミリも汚れていないのに使えなくなってしまった紙パンツ。それをよそに、Tシャツを器用にパンツのように穿いておりました。布の肌触りのほうがいいだろうことはよくわかるので、しばらくそのままでいてもらいましたが、本人も心もとなかったのか、「紙パンツ穿こうか」とわたくしが言うと素直に応じてくれました。
読者の皆さまには、ひたすら愚痴でしかない文章を温かい気持ちで読んでいただいていること、心から感謝しております。「もう一人で介護する域を超えていると思います」や「十分やってこられたのでそろそろ施設入居を」という旨の長文コメントをたくさん寄せていただき、胸にグッと来ております。
ケアマネさまともご相談して、再び特養(特別養護老人ホーム)への入居希望申請をしようと考えております。ケアマネさまから「最終的に特養入所が目標でいいのですね」と念を押されました。ケアマネさまの意味する「特養」は「終の棲家」ということなので、改めて訊かれると「本当にいいのか?」とグラついてしまいます。
でも常に不機嫌なわたくしとの二人暮らしより、たくさんの人に囲まれる施設の方が兄にとって幸せそうに思えます。ただ介護スタッフの方々のご苦労がわかるだけに、また人に面倒をお掛けするのかと思うと胸が苦しい。兄がこうでなかったら「もうちょっと家族が頑張るべきなのでは?」と安易に考えていたことでしょう。「認知症介護はそんなに甘くないんだよ」と、昔のわたくしに教えてやりたい気持ちでございます。
そして取り急ぎ、我が部屋の鍵をツッパリ棒にする読者さまのアイデア採用させていただこうと思います! ありがとうございました。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性60才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現65才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ