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『ゆりあ先生の赤い糸』最終話を考察。コロナ禍を超え、もっと自分を大事に生きてもいいというメッセージが響いた

 くも膜下出血で倒れて要介護5の状態になった夫の吾良(田中哲司)を自宅介護する決意をしたゆりあ(菅野美穂)の物語は、夫の恋人や謎の女性とその娘たちとの同居、年下の便利屋さん・優弥(木戸大聖)との恋と別れ、突然のがん告知など、波乱の中で最終話を迎えました。『ゆりあ先生の赤い糸』(テレビ朝日系 木曜よる9時~)9話をドラマに詳しいライター・近藤正高さんが振り返ります

稟久(鈴鹿央士)の“伊沢家侵入脅迫事件”

 12月14日に最終話を迎えた『ゆりあ先生の赤い糸』は、最後の最後まで色々と驚かされることがあった。まずは、稟久(鈴鹿央士)の“伊沢家侵入脅迫事件”である。

 それは、ゆりあ(菅野美穂)が、先に見つかった乳がんが転移していないとわかり、手術の必要はあるもののまずはひと安心した直後のこと。夜、ゆりあが寝ていると、隣りのベッドの夫・吾良(田中哲司)が、家に忍び込んだ何者かにガムテープで口を封じられ、体を拘束される。異変に気づいた彼女が飛び起き、電気をつけると、そこには、吾良が目を覚ましてからというもの家を出たきり行方知れずになっていた稟久が立っていた。ゆりあに気づかれるや「動くな!」と叫んで、ナイフを突きつける稟久。どうやら彼は、志生里(宮澤エマ)が勝手に送ってきたメールで、ゆりあの病気のことを知ったらしい。そのことを伝えると、彼女に服を脱いで、吾良の目の前で裸になれと命じる。

 これに対し、ゆりあは稟久が目を離した隙を突き、突進して体につかみかかると反撃に出た。その展開は、第5話での二人の取っ組み合いの再現のようだ。だが、このあとのゆりあの行動はあのときはまったく違った。彼女は稟久の持っていたナイフを奪ったかと思うと、その刃先を相手にではなく自分の首筋に当てると、稟久がなおも吾良に執着して、自分が憎いのであればいますぐ消えてやると口走ったのだ。この騒ぎに、2階にいたみちる(松岡茉優)も何事かと降りてくる。

 死んでもいいと言って吾良のことを稟久に託そうとするゆりあ。しかし、それに稟久は失望し、続けて次のようにまくしたてた。

「がんになんかやられてんじゃねえよ、情けねえ。おまえ、もっと死ぬほどヒーロー然としてギラついてたろうが。おまえら、クッソ年寄りどもが俺の気持ちガン無視で、勝手に解決しやがって。生きろよっ!! それで若いやつが、『バッカじゃねえの、こいつ、年取ってるのにフルスロットルかよ』って。『だけど……見てると元気になる』ってさ、そう思えるようなバカに戻れよ」

 ようするに、ゆりあに生きてほしいというわけである。というか、それなら、わざわざこんな狼藉を働かなくてもいいのに。……いや、稟久は、それこそ以前の取っ組み合いを意識して、このような行動に及んだのではないか。思えば、あのとき、稟久とゆりあの大喧嘩に刺激されたかのように、それまで昏睡状態が続いていた吾良がいきなりうなり出した。あれと同じように、がんになって落ち込んでいるであろうゆりあに、稟久はあえて乱暴を働くことで、彼女から生きてやるという闘志を引き出そうとしたのではないか。

 しかし、それにしたって回りくどいうえ、犯罪スレスレというか犯罪そのものである。つくづく自分の気持ちを素直に表現できない稟久の不器用さを感じさせた。まあ、それが彼のかわいいところではあるのだけれども。ちなみに、原作コミックでは、この場面で稟久はドラマとは違う出で立ちで行動に及んでいる。気になる方はぜひ確認してほしい。

あれだけギスギスしていた二人だったのに

 事態がひとまず収まったあとで、姑の節子(三田佳子)が心配して顔を出し、解放された吾良も「稟久」と呼びかけると、自分が歩けるまでに回復したのも稟久のおかげだと、いままで言いそびれていた感謝とお詫びを述べる。そして、寝たきりになっているあいだ稟久と朝から晩まで一緒にいられてすごく幸せだったと打ち明け、たとえ彼が自分のことを嫌いでも、稟久が最低最悪の弱虫でも「俺、りっくんのことが大好きなの! だから、気持ちぶつけに来てくれてうれしい」とまで言うのだった。これほどの愛の告白があるだろうか。

 気づけば、みちるの娘のまに(白山乃愛)とみのんも2階から降りてきて、久々に稟久が来てくれたことを無邪気に喜ぶ。ひねくれ者の彼はこの状況にいたたまれず、また家を出て行ってしまう。それをみちるが追いかけ、引き留めると、稟久が家に帰ってくればみんな喜ぶだろうなと、やんわり説得するのだった。当の稟久はそれを聞いて「噓くさ」と突っ張るのだが、そんな彼をみちるは抱きしめて手を取る。その姿はまるで姉弟のようだ。初めて顔を合わせたときは、あれだけギスギスしていた二人だったのに、こんなふうになるとは感慨深い。

ドラマにおけるカフェの役割

 さて、手術を受ける前に、ゆりあにはもうひとつ片をつけておかねばならないことがあった。それは前回、病気のことは隠して一方的に別れを告げてしまった優弥(木戸大聖)との関係である。あれからまだ2週間しか経っておらず、おめおめ会いにいくのは気が引けただろうが、やはり伝えておかねばならない。

 当然、納得のいっていなかった優弥だが、ゆりあから本当のことを聞かされ、やっと腑に落ちる。そして、彼女が手術して落ち着いたら再び連絡をくれるのを待つとまで言ってくれた。ゆりあもそんな彼の優しさがうれしかった。しかし、「だけど人の気持ちは変わっていくからさ」と、だからこそあえて再会の約束はせず、もし今後、運命の人が現れたらしっかり捕まえるよう、優弥を突き放そうとするのだった。

 それでも優弥は「ゆりちゃんが好き」と言って抱きしめる。結局、その日は別れを惜しんでか、ホテルですごした二人。そのあとで、ゆりあは一人起き出すと、まだ寝ている優弥を起こさず、その枕元に「また会おう」と書いたメモを置く。だが、彼の寝顔をしばらく見つめ、頬にキスすると、結局それを捨てて部屋を出ていった。きっと彼女は改めて考えたうえで、やはり優弥の人生を呪縛しないよう、約束はしないと決めたに違いない。

 後日、手術を終えたゆりあは、無事に退院して帰宅する。家に入ると節子に続き、吾良とみちる親子が出迎え、さらに稟久も来ていた。彼はその夜、久々の家族(と呼んでももう違和感はない)全員そろっての食事で、実家の旅館を継ぐことにしたと伝え、皆を驚かせる。

 それから1年後、稟久が旅館のブログでまったく彼らしくないことを書いているのを見つけた吾良は、その心中を察し、彼の支えになりたいとゆりあに頭を下げると、しばらくのあいだ家を離れた。一方、ゆりあは家を改造してカフェにしようと思い立つ。うん? 女性が人生の再出発にあたりカフェを開くって、今年同じくテレビ朝日で放送された『日曜の夜ぐらいは…』とかぶってるような……。

 もっとも、ゆりあがカフェを思い立つのは原作どおりである。原作の連載時期からすると『日曜の夜ぐらいは…』より発想は早い。考えてみれば、今回再出演した宮藤官九郎が脚本を手がけたNHKの朝ドラ『あまちゃん』でも、ヒロインのアキの提案で、舞台となる東北・北三陸の漁業協同組合の建物を「海女カフェ」に改造し、そのことが結果的にアキの人生を変えていくことになった。ほかのドラマでも似たパターンは見つかりそうだし、「ドラマにおけるカフェの役割」というテーマで考察もできそうだ。

 ともあれ、ゆりあはカフェを始めるため、まず家のなかを片付けようと便利屋を呼ぶ。もちろん、VH本舗はあえて避け、別の業者に頼んだのだが……約束の日に現れた業者はもしや!? と思ったら、やはり優弥であった。1年のあいだに父(宮藤官九郎)の経営するVH本舗から独立していたのだ。これまでのことをゆりあが訊けば、あれから妻とよりを戻したものの結局うまくいかず、離婚したという。

 もう会えないと思っていた優弥と思いがけず再会、しかもいまはフリー……。二人が抱きしめ合い、恋の再燃を予感させたところで、ドラマは終わった。タイトルの「赤い糸」が改めて強調されたラストであった。原作コミックの作者・入江喜和が単行本第10巻のあとがきで予告していたとおり、たしかに少女マンガらしい結末といえる。

素材のよさをそのまま活かした橋部敦子脚本

 タイトルといえば、「先生」の扱いがちょっと気になった(感動的なラストに水を差すようで気が引けるが)。ゆりあが「先生」と呼ばれていたのは、もともと自宅で刺繍教室を開いていたからである。それがドラマでは吾良が倒れてからというもの、そうした場面が出てこなくなった。原作では、教室に来る女性たちとの関係が、ゆりあにとって一つの心の支えになっていたりするだけに、ドラマでそこが省かれていたのはちょっと惜しい。もちろん話数などの制約で致し方のない部分はあったのだろうが、教室のことを(続けているにせよ休業しているにせよ)せめてセリフなり何なりでほのめかすぐらいはしたほうがよかったかもしれない。そもそも、この間、ゆりあはどうやって生計を立てていたのだろうか。

 とはいえ、ワンクールのドラマはたいてい10話はあるのに、本作はそれよりも短い9話で、単行本で11巻ある原作の内容をきちんと収めたことには素直に賞賛を送りたい。全体が通常より短かったからこそ、1話1話に、ホームドラマや恋愛ドラマといった異なる要素を盛り込み、毎回、緩急のある展開になったのだろう。

 脚本の橋部敦子は、フジテレビ系の草なぎ剛主演の「僕シリーズ3部作」など(そういえばこの第1作『僕の生きる道』は余命1年を宣告された青年の物語で、『ゆりあ先生~』とちょっと重なるものを感じる)、オリジナル作品を多数手がける一方で、原作物の脚色でも職人的才能を発揮している。本作については、細かいところでは設定変更や省略はあったものの、大胆なアレンジを加えることはせず、素材のよさをそのまま活かしたという感じだ。

 ちなみに原作は雑誌連載の終盤に来てコロナ禍に入ったため、物語の結末に向けた展開にも当時の状況がそのまま反映されている。それもこの1年ほどで社会も人々の生活ももとに戻りつつあるだけに、さすがにドラマでは変更されていた。だが、みんなが感染を広げまいと常に他人に気を遣いながら生きていたあのころを思えば、もっと自分のことを大事に生きてもいいというメッセージを込めたこのドラマは、やはりコロナ禍後にふさわしい作品であったと思う。

→「ゆりあ先生の赤い糸」のレビュー―を読む

文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。

●考察『ゆりあ先生の赤い糸』8話。若い恋人の妻と対決したゆりあ(菅野美穂)の出した結論に唖然!今夜最終回

●ドラマ『日曜の夜ぐらいは…』は車椅子の母からの贈り物から始まる。「たまには私から離れて、思いきり笑ったりしてらっしゃい」

●ドラマ『日曜の夜ぐらいは…』最終話を考察。人間関係の再生の場として描かれた団地、みんなが生活をともにしながら一つの夢に向かうドラマだった

 

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