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ドラマ『日曜の夜ぐらいは…』は車椅子の母からの贈り物から始まる。「たまには私から離れて、思いきり笑ったりしてらっしゃい」

 車椅子の母(和久井映見)を介助しながら暮らすサチ(清野菜名)は、母の代理で参加したラジオ番組のバスツアーで、同じ年頃の女性ふたり(岸井ゆきの、生見愛瑠)と出会い、楽しい時間を過ごします。しかし、ツアーの終わり、彼女たちはあえて連絡先を交換せずに別れてしまいます。4月30日に始まった『日曜の夜ぐらいは…』(テレビ朝日系 日曜よる10時〜)を、ライター・近藤正高さんが振り返り、岡田惠和脚本の魅力にも迫ります。

清野菜名、岸井ゆきの、生見愛瑠、出身地の偶然

 多くの人が憂鬱になりがちな日曜の夜、その名もずばり『日曜の夜ぐらいは…』というドラマが始まった。

 清野菜名演じる主人公・岸田サチは、団地で同居する足の不自由な母・邦子(和久井映見)の介護をしながらファミレスでバイトしている。朝、日の出前から朝食をつくり、母を起こしてから家を出ると、夜遅くまで働きづめの日々だ。あまりにもシフトを入れるので、周囲からは冷たい視線を浴びているが、それでも店長(橋本じゅん)の弱み――研修のときにセクハラ・パワハラ発言を受けていた――を握っているおかげで時間いっぱいまで働かせてもらっている。

 それにしても、サチはなぜそこまでして働き続けるのか。そこにはどうやら事情があるらしい。家でも、母と何かとぎくしゃくしがちだが、煮詰まるたびに親子でコンビニに出かけ、一番高いアイスを買ってクールダウンするのがお約束となっている。サチの高校時代の回想シーンでは、当時から二人暮らしだったようだから、おそらく年月を重ねるうちに、母娘のあいだで衝突を避けるため、そんなルールがつくられていったのだろう。

 このドラマには、サチのほかにも、野田翔子(岸井ゆきの)と樋口若葉(生見愛瑠)という二人の女性が登場する。このうち若葉もまた祖母の富士子(宮本信子)と二人暮らしで、一緒にちくわぶ工場で働いている。富士子は近所にある大きな家を双眼鏡で監視したり、玄関前の表札を蹴っ飛ばしたりしていたが、ひょっとして、若葉の別れた母親(家族写真では彼女の顔にバツが打たれていた)の住まいなのだろうか。若葉を演じる生見愛瑠は、「めるる」の愛称でモデルとして若い女性の人気を集めるが、ここでの役どころはひたすらに地味である。それでいて、キラキラ感をそこはかとなく漂わせ、引きつけられる。

 一方、翔子はタクシー運転手をしながら一人で暮らす。最近のタクシーでは運転手から乗客に話しかけてくることはまずないが、翔子は誰彼かまわず自分から話しかける。あるときなど、男性二人組を乗せたところ、話が弾んだため、つい調子に乗ってヤンキー時代の武勇伝を口走って、ドン引きされてしまう。そんな彼女は、どういうわけか「ケンタ」という名前の男性を探していた。余談ながら劇中では翔子が、小泉今日子と同じ神奈川県厚木市出身と話していたが、演じる岸井ゆきの自身は厚木に隣接する秦野市出身である。ついでにいえば、清野菜名と生見愛瑠はいずれも愛知県稲沢市出身と、たぶん偶然なのだろうが同郷同士での共演となった。

楽しいことあるときついから

 サチを含む3人の女性は、それぞれ違う境遇のもとで暮らしている。これを一体どうやって引き合わせるのだろう……と思っていたら、ひとつのラジオ番組が登場した。お笑いコンビのエレキコミック(やついいちろうと今立進の二人組)が本人役でパーソナリティを務める、その名も『エレキコミックのラジオ君』だ。

 翔子と若葉はこの番組の熱心なリスナーで、これを聴くのが安らぎのひとときとなっている。サチの場合、本人ではなく母の邦子がリスナーで(「団地っ子」というペンネームではがきの投稿もしている)、ツアー募集と聞いて思わず応募してしまったというので、代わりに行くはめになる。

 邦子からツアーについて伝えられた際、「たまには私から離れて、思いきり笑ったり笑ったり、笑ったりしてらっしゃい」と強引に勧められ、サチは「それって後付け(の理由)だよね」とあきれる。だが、邦子からすれば後付けではなく、それこそが応募した本当の目的ではなかったか。サチとしてはツアーを断ることもできたはずなのに、結局参加することにしたのも、母に図星(最近自分が笑っていないこと)を突かれたと思ったからなのかもしれない。

 こうして気の進まないままツアーに参加したサチは、バスで隣り合わせになった翔子と若葉と出会う。最初のうちこそ、熱心なリスナーである二人の乗りについていけず、構わないでくれというオーラを放っていたが、しだいに打ち解けていく。お焼きの工房では、3人でじゃれ合っていたところ、ツアーの幹事役の市川みね(岡山天音)が写真に撮ってくれた。サチがこんなにも楽しんだのは久々のことだったらしい。写真のなかで無邪気に笑う自分を見た彼女は、急にしんみりして、「楽しいのだめなんだけどなあ。だって、楽しいと……楽しいことあるときついから」と思わず涙ぐむ。

 そんなサチに翔子と若葉も共感するところがあったのだろう、このあと3人はますます親密さを増す。宿泊先の旅館では、翔子が出発時にニックネームとして名乗ったケンタとは、じつは生まれて初めて付き合った彼氏の名前(しかし交際を始めたその日に別れた)で、それを太ももに彫ったタトゥーまで見せてくれ、おおいに盛り上がった。

 3人は翌日もサービスエリアで宝くじを買ったり(売り場の店員を椿鬼奴が演じていた)と、すっかり仲良しになる。だが、楽しい旅もあっという間に終わりが来る。バスが東京に着き、若葉と翔子からLINEのアドレスを交換しようと誘われるも、サチは「やめよう、それは」と断った。最初はやりとりしていても、だんだんメッセージが来なくなるのがだめだというのだ。「だって、それはしかたがないし、それぞれの場所で生きているわけだから。だから……楽しかったから、このままで」と言う彼女に、ほかの二人も納得し、最後はハグをして別れた。そのあと、物憂げな表情で別々に帰路につく3人の姿が何ともせつない。

 こうして彼女たちは日常に戻った。それでも若葉と翔子は、旅館でサチが煮詰まったときの対処法として語っていたアイスの話をふと思い出し、ためしに自分たちでもコンビニで一番高いアイスを買ってみたりする。そして思い出したように、3人で一緒に撮った写真を眺めるのだが、サチだけは、それを見るとかえってつらくなったらしく、削除してしまうのだった。

 なぜ、サチはこれほどまでに自分が楽しむことを禁じているのか。まるで罰を課しているかのようだ。そこには母親に対する負い目もあるのかもしれない。翔子や若葉もそれぞれに重い過去を背負っている。とくに若葉は、祖母との会話から察するに、幼い頃にどうやら母親が「男とカネ」が原因で家を出ていったらしい。祖母とはそれなりにうまくやっているようだが、日頃親しくしている同年代の友人などはいないようで、狭い世界のなかで生きているのはサチと変わらない。おそらく、近くに友人がいないのは翔子も同じはずだ。

『想い出づくり。』を意識?

 本作と同じく3人の若い女性がひょんなことから出会い、関係を深めていくドラマといえば、40年以上も前の作品だが、山田太一脚本の『想い出づくり。』(TBS系・1981年)が思い出される。こちらも3人の働く女性(田中裕子・古手川祐子・森昌子が演じた)が主人公で、彼女たちが旅行代理店の主催する海外ツアーに参加しようとしたのをきっかけに知り合うところなど、今回のドラマと重なる部分も目立つ。

 ちなみに『想い出づくり。』と同時期、しかも同じ時間帯にフジテレビで放送されていたのが、これまた評判を呼んだ倉本聰脚本の『北の国から』だ。《当時家庭にはまだビデオが普及していなくて、どっちを見るかは非常に大きな選択》だった……と語るのは、ほかでもない、『日曜の夜ぐらいは…』の脚本を手がける岡田惠和である(NHK-FM『岡田惠和 今宵、ロックバーで』編『ドラマな人々――岡田惠和とドラマチックな面々』アスペクト)。岡田はそのとき自分が選んだのは『想い出づくり。』のほうだったと、自らパーソナリティを務めるラジオ番組のゲストに山田太一を招いた際に明かしている。今回のドラマでも、設定といい、『想い出づくり。』を意識するところは多分にあるに違いない。

 岡田惠和は、脚本家としてデビューする以前にも、FMのラジオ局でDJなどをしていたことがあるという。3人の女性をラジオ番組を仲介として引き合わせるという発想は、そんな経験もあって生まれたのだろう。ドラマのなかのラジオ番組のパーソナリティ役が、長年、TBSラジオで番組を持ち、根強いファンを持つエレキコミックというのも絶妙のチョイスだ。劇中では、エレキの二人のリスナーへの対応が妙に手慣れていると思わせたが、彼らが現実にもファンを募っての旅行ツアーを15年も行っていると知って納得した。

 さて、ドラマの初回では、サチたちがツアーで出会ってすぐに別れたが、このあとまた3人で集まる日が来るのは間違いない。そのときは何がきっかけとなるのか、気になるところだ。筆者の予想では、3人が旅の終わりがけ、一緒に買っていたあの宝くじが鍵を握っているような気がするのだが……。今夜の第2話放送の前には、ドラマに出てきた『エレキコミックのラジオ君』が、大阪の朝日放送(ABC)ラジオで実現するという。ドラマを制作するABCテレビがグループ会社にラジオ局を持っているからこその粋な企画といえる。ドラマとあわせてこちらも楽しみである。

文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。

●田中裕子、森昌子、古手川祐子の魅力爆発『想い出づくり。』はその後の山田太一名ドラマへ繋がる大傑作

●『北の国から』は父の視点、子の視点、母の視点…あらゆる視点を内包する傑作である

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