人、犬、猫。共に暮らし老いていく介護施設で職員が見せる矜持「最期まで“生”に寄り添う誇り高い仕事」
人、犬、猫が一緒に暮らせる介護施設がある。テレビでも紹介されいま、注目の特別養護老人ホーム「さくらの里 山科」だ。ここでは、人も犬猫も同じように老いていく。そして、施設職員は、日々変わらぬケアを彼らに行っている。ベストセラー『盲導犬クイールの一生』の著者が、この施設に密着し、そこで起こった感動の記録を綴る新著『犬が看取り、猫がおくる、しあわせのホーム』より一部抜粋、その様子をご紹介する。
職員たちは人と犬猫の介護で仕事が増えても最上のやりがいを
取材している期間に完結する長編ドラマなどあるわけがない。だから当然、本書に出てくる胸を打つ話の数々は、長年の間に「さくらの里」であったできごとを聞いたり読んだりして綴っている。けれど、目の前で進んでいる状況そのものに僕が心摑まれたことが1つあった。それは、介護職員さんたちの仕事ぶりである。
「仕事」だといえば当然なのだが、老人にも犬にも猫にも同じように接し、一生懸命お世話している「役目」という感覚を超越した、1人の人間としての気持ち、行動。たんたんと、でもこまやかにケアする姿勢に大いに感銘を受けた。
すでに触れたように、僕が長時間過ごしたのは文福(ぶんぷく)と大喜が暮らすスペース※。大喜はほとんどの時間は横になっていて、自分でできることも限られ、ほかの犬に比べて手がかかる。食事、水飲み、排泄、床ずれ防止など、関わる仕事は当然増えるわけだが、それはユニットリーダーの出田さんの担当のようだった。
※編集部註:文福、大喜「は、さくらの里 山科」で暮らす柴犬の雑種。共に、第一期生として保健所の保護センターからこの施設にやってきた。
大喜の近くにいることが多かった僕には、その様子が自然と目に入る。何をする時も、出田さんの表情は変わらなかった。と書くと、にこにこしてとか微笑みながらとかいうイメージが湧くかもしれないが、そうじゃない。もちろん、やさしさをじゅうぶんに湛えてはいるが、あたりまえのことを普通にやっている、と感じさせる達観したような表情と所作でで、大喜を抱えて起こしたり、食事を口に運んだり、トイレシートを替えたりしていく。急がず慌てず、でも、てきぱきと。
大喜について書くために出田さんの例に触れたが、犬と猫、4つのユニットで介護職員として働く方はみんな同じ。犬や猫を始終、かわいいと愛玩するのとは違っていて、だからこそ僕はぐっとくる。深いつながりがあるから、会話がなくても思いやりを感じ合える家族のような関係。人のみならず犬や猫にとっても、職員の方々は、ふだんは意識しないけれど、なくては生きていけない空気のような存在だ。
みなさん、じっとしていることはまったくないほど忙しい。それでも、お仕事の邪魔にならないように、遠慮気味な位置に立ってカメラを構えていると、さらっと「どうぞどうぞ」と声をかけて頂く。すれ違うと微笑んで「こんにちは〜」。
入居者たちの食事、トイレ、話し相手など見えてくるだけでもいくらでもある業務。その合間で、老いたり衰弱したり病気になったりした犬猫も、人間に対するのと同じ気持ちでしっかりいたわっていく。そして、人も犬も猫も、看取る。
犬や猫と最期まで生きていたい人たちに寄り添う、最上級に誇り高いお仕事だ。
【データ】
さくらの里 山科
社会福祉法人「心の会」特別養護老人ホーム。
神奈川県横須賀市太田和5-86-1
http://sakura2000.jp/publics/index/8/
文・撮影/石黒謙吾
著述家。編集者。1961年金沢市生まれ。著書に、映画化されたベストセラー『盲導犬クイールの一生』をはじめ、『2択思考』『分類脳で地アタマが良くなる』『図解でユカイ』『エア新書』短編集『犬がいたから』『どうして? 犬を愛するすべての人へ』(原作・ジム・ウィリス・絵・木内達朗)、『シベリア抑留 絵画が記録した命と尊厳』(絵・勇崎作衛)、『ベルギービール大全』(三輪一記と共著)など幅広いジャンルで活躍。プロデュース・編集した書籍は、『世界のアニマルシェルターは、犬や猫を生かす場所だった』(本庄萌)、『犬と、いのち』(文・渡辺眞子、写真・山口美智子)、『ネコの吸い方』(坂本美雨)、『豆柴センパイと捨て猫コウハイ』(石黒由紀子)、『負け美女』(犬山紙子)、『56歳で初めて父に、45歳で初めて母になりました』(中本裕己)、『ナガオカケンメイの考え』(ナガオカケンメイ)、『親父の納棺』(柳瀬博一、絵・日暮えむ)、『教養としてのラーメン』(青木健)、『餃子の創り方』(パラダイス山元)、『昭和遺産へ、巡礼1703景』(平山雄)など280冊を数える。