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「拘束されて居室に放置」記者が体験レポ【身体拘束】

 医療の現場や介護施設で、行われることがある「身体拘束」。そういった拘束を実際”されて”みて初めてわかることがあるかもしれないと、記者が介護現場のスタッフにお願いして、身体拘束の何たるかを体験、その一部始終をレポートする。

→第1回 介護の知らない世界【身体拘束】その1 

→第2回 何気ない日常に潜む、目に見えない拘束【スピーチロック】

→第3回【身体拘束】を考える 言っても伝わらないから…でいいのか

* * *

 取材先で、現場を切り盛りしているスタッフと話をしていると次のような意見をよく聞く。

「介護の世界は恒常的に人手不足で、被介護者一人ひとりにつきっきりというわけにはいかない。暴れる。動き回る。そういった人に対しては安全のために拘束するしかない」

 もちろんこうした側面があることも理解しているつもりだ。

 身体拘束を「悪」だと決めつけるつもりはない。しかし介護される側からすると、体の自由を奪う拘束は嫌なものだろうと想像する。

 今回は特別にお願いして身体拘束はどういったものなのか、実際に体験させていただいた。

身体拘束の最もヘビーな状態を体験

 今回お世話になったのは、連載の1回目にもご登場いただいた介護評論家の佐藤恒伯氏だ。

 佐藤氏は介護の現場経験も長く、管理職としての苦労も多く味わっている。

 また「身体拘束が当たり前だった施設」を「脱身体拘束」に導いたこともある。今回はそうした中で実際に見てきた身体拘束について教えてもらった。

「以前、深刻な身体拘束が行われているホームの立て直しに関わったことがありあす。脱身体拘束が叫ばれている中、時代にそぐわない光景が多く見られた。私はスタッフの皆さんや入居者ご本人、またご家族も含めてゆっくり話し合いながら少しずつ身体拘束をしない工夫を重ねていきました」

 佐藤氏は「現在はもう使っていないのですが」と念押しし、拘束衣の定番である「つなぎ」を差し出した。

 場所は都内某所の老人ホーム。特別にお願いして空いている一室をお借りした。

 認知症が進むとおむつに関する問題が様々に発生する。おむつをいじって脱いでしまったり、中に手を入れて排泄物を触ったり。

 上下の継ぎ目がない「つなぎ」を着せることで、おむつに直接触れない状態を作り出す。

 介護用のつなぎは寝かせたままの脱着を可能にするため、首元から足先までチャックで開閉することができる。

「チャックを足先まで開けてしまえば、つなぎを脱がせずにおむつだけ替えることもできます」(佐藤氏)

 ただ、チャックの先には小さなホックがついており、いったん留めると簡単には外せない。考え込まれた構造だ。

 つなぎを着て横になると、佐藤氏がベッドの四方が柵で囲った。

 業界で「四点柵」と呼ばれる、これも身体拘束のひとつだ。

 そして両手にミトン。

「この状態でつなぎを脱いでみてください」

 手にはうちわのようなミトンがつけられている。どんなにあがこうがつなぎのチャックに触ることすらできない。

 隔靴掻痒どころではない不快感がこみ上げる。

 しばらくその様子を見ていた佐藤氏は「では、そろそろ仕上げにいきます」。

 言ってから筆者の手に布を巻き付けた。

 両手両足を柵に結わえ付けるのだが、あまりがっちりは結ばない。理由を尋ねると、

「重度介護者の場合、筋力が衰えていることが多いので、これでも抜け出せないんです」(佐藤氏)

 さらりと出たセリフだったが、思わず背筋に冷たいものを感じた。

「これがたぶん老人ホームで行われる身体拘束の最もヘビーな状態です」(佐藤氏)

 マスクがズレたので直そうと腕を動かしかけたが拘束状態であることを思い出し、腕を止めた。マスクのズレはほんのちょっとしたものだが、ひどく気になる。内側から口を動かしてなんとか整えた。

「それではこの状態でしばらくひとりになっていただきます」

 と言いおいて佐藤氏は出ていった。

見えるのは天井だけ…

 シンとした室内。カーテンが閉じられているので屋外の様子もわからない。晴れているのか曇っているのか……見えるのは天井だけだ。

 マスクの中、鼻の先が痒くなる。が、拘束に阻まれて掻くことができない。

 顔面の筋肉をもごもご動かしてなんとかごまかす。

 ふと思った。もし今地震がきたら誰か助けに来てくれるのだろうか。ベッドから飛び降りてに逃げることができるだろうか。

 佐藤氏が出ていったドアを見る。ピタリと閉じられたまま動く気配はない。

 さきほどからどのくらいの時間が流れたのか、時計が見えないので判断がつかない。

 新聞も雑誌もテレビも……ない。ジリジリと、ただ待つ。

 横たわった状態でも長時間同じ体勢を取り続けると、体に様々な不具合が生じる。人は寝返りをうつことで調子を整えるのだが、拘束状態だとままならない。

 しばらくするとノックが聞こえた。

「どうぞ」

 じれたような声になってしまった。

 ドアがあき、「どうでしたか」と佐藤氏。

「いろいろとつらいですね」

「どのくらいの時間、ひとりにされたと思います?」

 少し考えて「30分くらいでしょうか」

「いえ、たった10分ですよ」と佐藤氏は笑った。

 気を紛らわすものが何もないところでの10分は気の遠くなるような長さだった。もしこれが一日中続いたら、果たして正気でいられるだろうか。たぶん難しいと思う。

「どんな犯罪者でも牢屋の中で身体拘束されることはありません。ところが医療や介護の現場では今もどこかで拘束が行われています。もちろん全くのゼロにしてしまうのはとても難しいことですが、減らしていく工夫はすべきです」(佐藤氏)

身体拘束が許される3要件

 2000年に介護保険がスタートしたと同時に、介護保険施設などでの身体拘束は原則禁止となった。

 その後、06年に「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」が制定されたことで、「高齢者に対する身体拘束は虐待である」と明確に定義されることになった。

 しかしどうしても拘束が必要な場面もある。法律は以下の3要件の全てを満たす場合に限って身体拘束を許している。

【1】切迫性
 利用者本人または他の利用者等の生命または身体が危険にさらされる可能性が著しく高いこと

【2】非代替性
 身体拘束その他の行動制限を行う以外に代替する介護方法がないこと

【3】一時制
 身体拘束その他の行動制限が一時的なものであること

「身体拘束を行う場合は3要件を踏まえたうえ、担当者会議を開き、医師の許可を得てから行うというのが建前です。しかし実際そのとおりに運用している施設は稀だと思います」(佐藤氏)

 次回はさらに別の拘束も体験、また佐藤氏が成功させた脱身体拘束の道のりもお伝えする。

※次回は3月7日公開予定。

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撮影・取材・文/末並俊司

『週刊ポスト』を中心に活動するライター。2015年に母、16年に父が要介護状態となり、姉夫婦と協力して両親を自宅にて介護。また平行して16年後半に介護職員初任者研修(旧ヘルパー2級)を修了。その後17年に母、18年に父を自宅にて看取る。現在は東京都台東区にあるホスピスケア施設にて週に1回のボランティア活動を行っている。 

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この記事へのみんなのコメント

  • 人の道

    拘束を許可してないのに拘束だれてたまま放置されて亡くなったのならば、虐待および業務上過失致死となるでしょう。 泣き寝入りしないで、訴訟を起こして法の裁きを受け、判例を作らないといつまでも状況は改善しません。 同じ悲劇が繰り返されます。 病院側は人手不足だから仕方がないと言い訳、それを知ってる行政も見て見ぬふりというのを許してはいけません。 誰かが行動を起こさないと!

  • ヒロリン

    私の父も2年前に拘束され、その2日後に父が逝ってしまいました。拘束の許可もしてなかったにもかかわらず、12時間身体を拘束し、手には大きなミトンをつけられ、点滴漏らした腕は血だらけで、布団が点滴で濡れていた。首まで布団を被せられてるので、外からは、その状態がわからない。 拘束した看護師は、拘束したことすら忘れてしまっていて、家族が見つけるまでほったらかしの状態。家族が、なぜ拘束するのか?と聞いたら、同意があるから!と偉そうに返答したが、同意をしてないことに気がついたら、態度が急変し婦長が慌てた。 父は動き回るとか、寝返りすらできない状態だったのに、ただ忙しかったから、拘束したと言われた。おまけに、忘れていたと言われた。父は、みんなが帰った夜が怖い!と言った!こんなことが、日常繰り返されている、老人も生きているんだ、物じゃないと私は訴えたけど、今日も大きな看板の下で、拘束してるのが現実!私の親もやられた!と何人もの人に聞いた!そんな病院なら、入れなきゃよかったと今も後悔し、思い出すたびにごめんなさい!父に手を合わせる。 父の手は、外そうと思って、一生懸命頑張ったのだろう!ずるむけになっていた。 それでも、何の問題にもならないんだ、医療の現場では。私は、一生許さない!

  • 利用者様を守る予防拘束に賛成!

    次は、動き回る認知症患者達に翻弄されつつ、他のご利用者様達の介護業務をこなす介護士の体験レポをお願いします。 もちろん、夜勤で。

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