介護の知らない世界【身体拘束】その1 見落としがちな危険
ある 日突然、親が倒れた!その日はいつやってくるかわからない。
いつかは自分も介護を…と思っていたものの、どこか他人事。テレビや新聞などで報じられる暗い介護関係のニュースを見て、介護は辛く大変なことと思ってしまいがちな人も多いかもしれない。
在宅で、施設で、介護の現場で日々起こっている様々な問題を掘り下げ、その裏に隠れた真実に迫ることで不安やネガティブなイメージを解決する糸口を考える。
第1回は「身体拘束」について。
医療の現場や介護施設で、必要と判断されれば「身体拘束」は行われる。病気やケガを治すため、患者自身や看護師・介護者の身を守るために人間から自由を奪う。
身体拘束は患者や要介護者の人権を犯す行為であることに加え、ベッドや椅子に縛り付けるなどして行動を抑制することで身体機能の低下が進み、より重篤な状態を招くことも多い。認知症患者であれば短期間の拘束でいっきに認知度の低下が進むことも指摘されている。
* * *
急増する身体拘束
人は生きていれば病気にもなる。病院や介護施設の世話にならなければならなくなることもあるかもしれない。いくつかのマイナス条件が揃えば誰もが身体拘束をされる側になる可能性がある。しかし、残念ながらこれまで広く一般に議論されることはなかった。
厚生労働省は介護現場で起こる虐待について、アンケート調査を行っている。暴力や暴言、ネグレクトなどのカテゴリーを設け、有無や状況を問うものだ。
「高齢者虐待の防止、高齢者の用語者に対する支援等に関する法律(いわゆる「高齢者虐待防止法」)」が施行された2006年度から行われている調査だが、これに『身体拘束』の項目が見え始めるのはずっとあと、2012年になってからだ。
上の調査によると、虐待を受けたうち身体拘束が含まれていた割合は2012年度が18.3%だった。これが最新の2017年度の調査では38.3%にまで増えている。
介護評論家の佐藤恒伯氏に話を聞いた。
「現場は常に人手不足です。よくないことだとわかっていても、事故を防ぐために様々な形での身体拘束が行われています」
そもそも何をもって身体拘束とするのか。
2000年に介護保険法がスタートしたとき、厚生労働省は身体拘束を防止するための指針を示す中で、例として11種類を挙げてる。身体拘束、3つの考え方
厚労省の挙げた11の拘束には重要な内容が抜け落ちていると、前出の佐藤氏はいう。
「もしかしたら身体拘束という言葉がよくないのかもしれません。身体を縛らない拘束はたくさんあります。例えば老人ホームの場合、居室の窓をはめ殺しにすることも拘束であると捉えられます。ホームによってはベランダに続くサッシを10㎝くらいしか開かないように細工している例もありますが、これも立派な拘束です」
基本的な考え方は次の3つだ。
【1】「フィジカルロック」
【2】「ドラッグロック」
【3】「スピーチロック」
【1】は身体を直接しばったり、鍵付きの部屋に隔離するもの。これは比較的分かりやすい。
【2】は暴力を振るうなど、活動的で扱いの難しい認知症の患者などに向精神薬を投与すること。当然医師の指示のもとで行われるのだが、縛り付けなどがないぶん目につきにくいといえる。
【3】は「じっとしてて」「立ったらダメ」など、言葉で行動を抑制すること。
「厚労省が示した11の例にスピーチロックへの言及はありません。ここが問題です。フィジカルロックとドラッグロックはルールさえ決めてしまえばある程度対応は簡単です。ただスピーチロックは”言葉によるイジメ”に似た性格がある。認知症の家族を持つ方なら分かると思うのですが、1日に何度も同じ要望を繰り返す人がいます。その都度何らか対処をするのですが、手が空いていない場合もある。そのとき『今行くからじっとしててッ!』と強く言えばスピーチロックになりますが、『◯◯さん3分ほど待ってくださいね』と言えばそれには当たらない」(佐藤氏)
口調やその時の表情、入居者とスタッフの関係性など、様々な要因が絡むスピーチロックは根絶に向けて一定のルールを設けることが困難だ。
「しかしこれが最も危険な拘束なのです」と佐藤氏は続ける。
重篤な虐待につながりやすい「スピーチロック」
「残念ながら老人ホームなどの介護施設でもスピーチロックは見られるのですが、より危険なのが自宅介護です。家は施設の何倍も密室度が高い。声を荒げても注意してくれる同僚はいません。そのような状況で、意思の疎通が難しい認知症の家族と同じ屋根の下に24時間暮らす。幼児のように何度も同じ失敗を繰り返す老人に対して『いい加減にして』と叫びたくなるのは仕方のないことです。そしていつの間にか手が出る。老老介護で伴りょを殺してしまう事件が多発していますが、殺人の前段には必ずスピーチロックがあると言われています」(佐藤氏)
言葉による拘束に限らず、身体拘束は本人はもちろん、ケアスタッフや家族一人ひとりの性格、家庭の事情、家族関係など多くの問題が絡む。
安全を確保するため、家族が身体の縛り付けを強く望む場合も少なくない。
極めて重大で複雑な問題だが、是非や防止方法については施設のスタッフですら先輩から教えられたり研修を受けるなどして、やっと意識し始めるもので、一般的には考え始める糸口すらない。
この連載を通して、身体拘束とはどういったものなのか、少しでもご理解いただければ幸いだ。
身体拘束ゼロを目指して奮闘している施設や人は多い。次回からは拘束状態から脱することに成功した病院や施設の実例を取材。そこから見えてきたノウハウを紹介する。
撮影・取材・文/末並俊司
『週刊ポスト』を中心に活動するライター。2015年に母、16年に父が要介護状態となり、姉夫婦と協力して両親を自宅にて介護。また平行して16年後半に介護職員初任者研修(旧ヘルパー2級)を修了。その後17年に母、18年に父を自宅にて看取る。現在は東京都台東区にあるホスピスケア施設にて週に1回のボランティア活動を行っている。