連載

【身体拘束】を考える 言っても伝わらないから…でいいのか

 介護はじわじわやってくるものではない。誰かがカウントダウンをしてくれ、”さて明日から介護ですよ”となれば対処はしやすい。ところが現実はそうはいかない。

 介護生活はある日突然やってくる。その時に焦らないための手がかりを探る。

→第1回 介護の知らない世界【身体拘束】その1 

→第2回 何気ない日常に潜む、目に見えない拘束【スピーチロック】

 シリーズ連載3回目は『拘束の原因を推理する』名探偵の登場だ。

  * * *

 危ないからじっとしていてほしい。点滴の管を抜かないでほしい。介護する人に暴力を振るわないでほしい…。

 言っても解らないから縛り付ける。

 身も蓋もない言い方だが、これが身体拘束というものだ。

 この行為を全否定するのではなく、なぜそうしなければいけないのかを考える。問題解決の糸口は『推理』だ。

 東京都大田区で在宅介護サービスを展開する株式会社カラーズの代表取締役でケアマネジャー田尻久美子氏に聞いた。

「フィジカルロック、ドラッグロック、スピーチロック。どのタイプの拘束でも、される側にとってはストレスの原因です。経管栄養の管を抜く、おむついじりをする、そうした理由から対処療法的にミトンなどを使うと、一時しのぎにはなるかもしれないのですが、被介護者のストレスが増えることで暴力や暴言につながるなど、別の問題を引き寄せることにもなりかねません。長い目で見ると結局トラブルが増えてしまうことも多々あります」(田尻氏、以下「」内同)

→【身体拘束】その1 見落としがちな危険

 ではなぜ管を抜いてしまうのか? 「なぜ」の原因を推理して突き止め、取り除くことができれば、あるいは問題を解決できるかもしれない。

 田尻氏は「家族にも推理に参加してもらうこと」をすすめる。

 田尻氏がカラーズを創業する前にケアマネジャーとして担当した案件に以下のようなものがあった。

虐待から見えてきた真相

 認知症の症状がある80歳代の母親Aさんと、その面倒をみる60歳代の娘。半年ほど前から自分でトイレに行くことが難しくなり、Aさんはおむつを使っている。

「それまで外部の手を借りずに娘さんがひとりで介護していたのですが、認知症状が少しずつ進み、負担が増えたこともあり、週に3回ほど、訪問介護のスタッフが身体介助をお手伝いすることになりました。そんな矢先、スタッフが着替え介助のさいにAさんの腕や太ももにアザを見つけるのです。あきらかにつねられた跡でした」

 様々な状況を鑑みると、どうやらやってしまったのは娘さんようだ。

 田尻氏は自身が訪問した際に、それとなく聞いてみた。すると娘さんは目に涙をためて、「自分がやった」と告白したという。

 母思いの娘さんは、介護にまつわる多くの作業を自分の手で行いたいと考えており、実際におむつ替えからお風呂介助まで、できることは精一杯やっていた。

 しかし100%完璧にこなすのは不可能だ。おむつが汚れているのにすぐに取り替えてあげられないこともある。おむつが汚れれば不快に感じるのは万人共通だ。Aさんは自分でおむつを脱ぎ、ベッドや床を汚してしまうことも度々だった。

 こうしたことが何度か続いた結果、感情を抑えきれなくなり、つねるなどの虐待につながってしまった。

「後日ご近所の方の話を聞いてみると、Aさんのお宅からは時々“じっとしてて”とか“歩き回らないで”などの怒鳴り声が響いていたらしいのです。その段階で介入できれば虐待は起こらなかったのかもしれません」

 何故虐待につながってしまったのか――。

 原因を突き止めれば問題を解決できるはず。

 状況を整理するために、田尻氏は娘さんと一緒に一連の経緯をたどった。

「このケースで問題となったのは『おむつを脱ぐ』という行為です。一昔前にくらべ最近のおむつは格段に性能が向上しています。もちろん汚れれば気持ち悪いのですが、体に合ったおむつを上手に使っていればある程度の時間は快適に過ごすことができます」

 使っているおむつが本当にAさんの体に合っているのか、装着の方法は適切かといった基本的なことを田尻氏は娘さんと一緒になって観察し、話し合った。

 結果、2つの発見があった。

問題の根はおむつの使い方

【1】Aさんは介護が始まった1年前に比べて体重が落ちてしまっていたが、当時と同じサイズのおむつを使っており、脚の部分に隙間ができていた。
【2】乾燥肌のため、ギャザーと肌が触れる部分に痒みが発生し、知らず知らずのうちにそこに手が伸び、おむつをいじっているうちに脱いでしまう。

 おむつそのものを体に合ったサイズに変え、痒みの出る部分には保湿剤をこまめに塗るなどして対処するうち、Aさんの行動も落ち着き、布団を汚すこともなくなったという。

「自分で脱げないように腕を縛っても、問題はまったく解決しません」

 Aさんの体に残された“アザ”という痕跡から、娘さんの虐待、引き金となった母の行動、その原因を突き止めたことで問題のひとつが解決される。

 上のような「事件」も「拘束」してしまえばお宮入りだ。田尻さんのような名探偵が活躍することもなかっただろう。

 “親に虐待するなんてとんでもない”

 と思われる方もいらっしゃるだろう。しかし人間は案外簡単に他者に危害を加える。介護の現場で、Aさんのようなケースは決して珍しくはない。

「Aさんの場合はおむつを脱ぐ。という行為でしたが、認知症状の徘徊や暴力行動にも必ず『原因』や『理由』があります」

 言葉や道具で安易に縛り付ける前に、名探偵になったつもりで『観察』し『推理』することが問題解決への近道といえそうだ。

※次回は2月21日公開予定。

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撮影・取材・文/末並俊司

『週刊ポスト』を中心に活動するライター。2015年に母、16年に父が要介護状態となり、姉夫婦と協力して両親を自宅にて介護。また平行して16年後半に介護職員初任者研修(旧ヘルパー2級)を修了。その後17年に母、18年に父を自宅にて看取る。現在は東京都台東区にあるホスピスケア施設にて週に1回のボランティア活動を行っている。 

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