兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第212回 ツガエ施設入居に向けて動きます!】
食事や水分をを1人で摂ることが困難になってしまった若年性認知症の兄のために、妹のツガエマナミコさんは、毎回、食事介助をすることになりました。予期せぬ1人でのお出かけ、トイレではない場所でしてしまう排泄…これまでに起こってきた認知症によるさまざまな出来事に1人で立ち向かってきたマナミコさんでしたが、そろそろ在宅介護の限界を意識し始めたようです。
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64才のかまってちゃんに「あ~ん」
先日、久しぶりに一人でスーパーに行った帰りに、2人連れの迷子とすれ違いました。お2人そろって歳の頃なら4~5歳。男の子は自転車にまたがり、女の子はぬいぐるみを抱いて、マンホールを見降ろしながらこんな会話をしていたのでございます。
男の子「下水って書いてあるよ」
女の子「こっちかな?」
男の子「だからここ下水だって。下水のところを行くんだけど」
女の子「どっちに行けばいいかな」
道に迷っているのがわかり、しばらく様子を見ていましたら、女の子と目が合って「すみません」と声を掛けられました。
「どうしたの?」と聞いたら「ウチを教えてくれませんか?」と突然の質問。これ以上ないほど無駄のない問い掛けに、ほんの一瞬「このオバチャンの家を知ってどうするの?」と思ってしまったのですが、0.1秒で文脈を理解し、自分の家がわからないんだなと確信いたしました。
住所を聞いてもまだ言える年齢ではなく、「この辺の子?」と聞いても迷子の段階で街に見覚えがないことは明らかなので愚問でございます。結局わかったことは、いとこ同士であることと、昨日ディズニーランドに行ったことぐらい。「マンションに住んでるの?」の質問には2人そろって「ううん、違う」と食い気味で答えたのが印象に残りました。
うろうろしても仕方がないので、お2人を交番にお連れしました。外にはパトカーが停まっていましたが、交番の中は空。「すみませーん。お巡りさん、いませんかぁ?」と鍵のかかった奥の扉に粘り強く声をかけましたが、誰も出てきません。
本物のパトカーにテンションが上がっていた子供たちもそろそろ飽き出したころに、やっと奥からおまわり様がお出ましになりまして、事情を話すと、住所氏名を訊かれ、わたくしは解放されました。男の子の自転車に住所が書いてあるとわかり、安心して帰路についたところ、マンション近くで、慌てた様子の女性が道行く人に「あの~、子どもたちをみませんでしたか?」と尋ねているところに遭遇いたしました。
「その子たちなら今、交番にお連れしましたよ」とお伝えいたしたところ、「ありがとうございました」と走っていく女性。わたくしはなんだかとても良いことをしたような気分になりました。小さい子との会話は得意ではないのですが、癒されるものですね。質問と答えは絶妙に嚙み合わないのに、ストレスどころか、こんな見ず知らずのわたくしに一生懸命話をしてくれるのでキュンキュンしてしまいました。
この夏、友人を亡くし、兄の認知症も進み、カラカラに乾いていた心に、唯一といっていいくらい清らかな潤いを与えてくれた出来事でございました。
でも、家に帰ると一瞬で現実に引き戻されます。
食事介助は、回を重ねるごとに面倒を感じております。まだ1週間に満たないのに、もうお口まで運んでくれるのが当たり前のような兄の姿に腹が立つやら悔しいやら…。「こっちのおかずがいい」と指をさしたりするのですから、まったくもう「はぁ~? 自分で食べろや~」と言いたくなりますでしょう?
お口の中のものがすっかりなくなると次の一口を誰かが入れてくれるのを待っている64歳のかまってちゃんなのでございます。
さすがに限界が見えました。わたくし1人では、これを毎食し続けることはできません。
ケアマネさまにご相談すると「特養に入るなら、まず世帯分離して介護保険負担限度額認定証を区役所でもらってきてください」と言われました。
近々世帯分離について区役所に相談しに行ってまいります。兄が認知症と診断されて7年目、ツガエはついに施設入居にむけて本格的に動き出します。わかりやすく説明してくださる良き職員さまに当たりますように。
さて、円周率小数点以下100桁覚えようチャレンジは、少しずつ進行中。
3.14159265358979323846264338327950288419 今日はここまで。だいぶ定着してまいりました。あと62桁。先は長いでございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性60才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現64才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ