兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第196回 歯をくいしばって生きている】
若年性認知症を患う兄の排泄問題は、いっこう解決しないどころか、このところ事件が頻発しています。一緒に暮らすライターのツガエマナミコさんの苦悩はつきないのですが、落ち込んでばかりもいられません。兄の粗相の始末をするのは、結局ツガエさんなので、いかに自分の気持ちを立て直すか、その課題解決もツガエさん自身。今回は、そんなお話です。
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お便さま掃除に「サイコー!」を連呼してみました
お卵の価格が高騰する中、温泉卵(おしゃれ語ではポーチドエッグ)を電子レンジで作る方法を知って、ハマっているツガエでございます。それまでは自分のような不器用な人間には作れないものだと思っていましたが、これは簡単。しかも失敗知らずでございます。ご存じの方も多いと思われますが、あまりに感動したのでご紹介したくなりました。
耐熱の小さい器にお卵を割り入れ、上から50CCほどのお水を静かに入れて、黄身に楊枝で2つ穴をあけたら電子レンジで50秒(500Wの場合)。これだけです。強いて難しい点を挙げるならば、盛り付ける前に足した分のお水を慎重に捨てることでございます。穴あきお玉があればそれも簡単ですね。お丼に良し、お麺類に良し、おサラダやおトーストとも相性が良く、ツガエは大変重宝しております。
今日も今日とてお便さま掃除で始まった朝でございます。本日は洗面のシンク周りに置いてある小さいゴミ箱にいたしたかったようです。朝、兄のお部屋のゴミ容器にあったお便さまを処理したので、今日のお便さまは終了したものと安心してお仕事をしていたのですが、洗面所でゴミ箱を倒したようなガタガタ音で駆け付けてみると、お便さまのついたゴミ箱があり、ズボンを膝まで下げた兄が、床へ点在したお便さまをスリッパで踏んづけながら立っておりました。こんなとき、みなさんならどうなさるでしょうか?
スリッパでウロウロされてはたまらないので、とりあえずズボンを穿かせて、スリッパを脱がせて、兄は現場から離れてもらいました。被害の全貌を確認し、しばしお便さまの強烈な香りを嗅いでいると、今度は兄がキッチンのゴミ箱を動かしている音が聞こえたので、慌てて「トイレはこっちだよ~」と兄をトイレに押し込みました。
「ふぅ~」と出る溜息。でもどうもこうもなく、やることは一つしかございません。そう、お便さま掃除!
「なんでよ~」「なんでトイレでしないのよ~」「ひどいよ」「最悪だよ~」と言いたくなるのを、今日は止めてみました。代わりに「サイコー!」「たのし~い!」「面白~い!」「こ~んなサプライズできるのは世界広しといえど兄上しかしないよ~。サイコー!」をローテーションしながらお掃除してみたのです。例の「自分の機嫌は自分で取る」(第194回参照)の実践でございます。やけくそでしたが、気のせいか良き効果を感じました。
「なんでこんな仕打ち受けなきゃいけないの」と言いながらお便さま掃除をしていると悲しみに自己陶酔してどんどん悲劇のヒロイン感を増していくのに、「サイコーだ!サイコーだ!」とどこぞの宗教のように発しながらお掃除をしておりましたら、暗闇に落ちることなく、滑稽な事態に思えてくるのでございます。
頭の中で思うだけでなく、言葉を発して、音として耳で聞くことがポイントのような気がいたします。脳は意外と単純で、口角を上げているだけで「喜」と錯覚するようでございますから「サイコー!」「たのしー!」と発した自らの言葉を耳で聞くことも同じような効果があるとツガエ研究所は考えております。
このように自作のアンガーマネジメントはあれこれやっているつもりでございますが、体は正直でございます。3カ月に1度、歯科医院で歯垢を取っていただいておりますが、毎回のように「食いしばりが強いようなので気を付けてください」とご注意を受けております。「気づくと食いしばっているので、いかんいかんと思っているんですけど…」と歯科助手さまに反省の意を唱えながら、内心は「介護生活は歯を食いしばることばっかり。しょうがないでしょ」と開き直ってしまいます。最近とくに食いしばっている自覚があるので、食いしばらないことを意識しようと思っております。舌を上顎の歯の付け根辺りに置くことがポイントのようです。歯を食いしばって生きている方々、一緒に実践していきましょう!
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性60才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現64才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ
●兄がボケました~若年性認知症の家族との日々【第193回 排泄物パトロールの日々】