兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第195回 今日も明日もお便さま掃除】
ライターのツガエマナミコさんは、とても穏やかで忍耐強い立派な人(←編集部評)です。一緒に暮らす若年性認知症の兄へ対しても、できる限り平常心で接しているのですが、度重なる排泄のトラブルには、さすがに心が折れ、文句を言いたくなってしまうことがあるのです…。
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「今掃除し終えたばっかりじゃん。なんでよー」
世界中で認知症の増加が問題になって久しいのに、なぜなかなか効果的な薬ができないのか不思議に思っておりましたが、先日新聞で腑に落ちた記事を拝見いたしました。
それによると脳には血管から入る物質を選択して脳を保護する「血管脳関門」と呼ばれる仕組みがあって、効果的な薬を飲んでも脳にはほとんど届かないのだとか。脳はそうやって異物から守られているのだと初めて知り、生き物に備わる仕組みの素晴らしさに感動いたしました。そしてこの度、その関門を通り抜ける「ナノマシン」なるものが開発され、それと特別な抗体薬を組み合わせたものをマウスさまで実験したところ、これまでの約80倍の量が脳に届いたことが確認できたそうです。ヒトさまに使えるようになるまでには相当な時間がかかると思われますが、未来には治る病気になるかもしれないと思わせてくれる内容でございました。
翻って、現在のツガエ家といえば、認知症の兄に振り回されてばかり。お薬が脳に届いていないヒトさまの典型と思われます。最大の問題はもちろんお便さまでございまして、今週は、洗濯カゴの中の服の上にやられました。
幸いにもわたくしの服ではなく、兄の服でございましたが、毛足長めのフリースに包まれるようにトロトロのやわらかいお便さまが入っていました。形を保ったお便さまはトイレのお便器さまの中で発見するのに、やわらかいとどうしておトイレじゃないところになってしまうのでしょう。今回は“間に合わなかった”ということではございません。
その日は、やはりデイケアの日でございました。朝はおトイレの扉は全開にして電気もつけっぱなしで、迷わず入れるようにしておりました。なのに、おトイレを通り越し、洗面所の洗濯カゴの中だったのです。
発見したのは、送迎バスを見送った後、洗濯をしようとしたときでした。出掛ける前に洗面所で何かやってるな~とは思っていたのですが、まさか服がてんこ盛りになっているところにするとは考えてもいませんでした。先週に引き続き、家に残るわたくしにサプライズノルマを置いて行ってくださったのです。要介護3おそるべし。
そこまでなら仏の顔だったのですが、さらに翌朝、追い打ちを掛けられたツガエはブチ切れたのでございます。
朝、いつものように兄の部屋をチェックしに行くと、いつものポリ容器にお便さまが入っておりました。お布団や周辺には被害はなかったので、ポリ容器の中身をトイレに流し、容器を洗ってリビングに戻り、朝食を取っておりました。すると兄がおもむろにトイレに向かったので、足元を目で追うとスリッパの足跡が付くではありませんか。「これは!」と思い、よくよく見るとお便さまのスタンプでございました。
「なんでー!」と嘆きながら兄がトイレに入っている間にお便さまスタンプをティッシュでぬぐって歩き、雑巾がけをし、除菌シートで仕上げをいたしました。
おパンツの中がどうなっているのかわからなかったですが、トイレから出てきた兄をお風呂場にお連れして、前回と同じように下半身シャワーをいたしました。
リハパンを穿かせ、トランクスを穿かせ、一段落したときの達成感や安堵感をハッキリ覚えております。しかし! ズボンを取りに行って兄のもとに戻ったとき、再び悲劇があったのです。兄がおパンツを引き上げておりました。
一難去ってまた一難とはまさにこのことでございましょう。ちょっと目を離した隙に洗濯カゴの中にお尿さまをしていたのでございます。中のタオルやパンツ(兄の)が見事に濡れており、それを見たときにツガエの堪忍袋の緒は完全にブチ切れてしまいました。
「今掃除し終えたばっかりじゃん。なんでよー。なんでトイレに行かないのー」と半泣きのわたくしに対し、兄はやはり無実を主張。洗濯カゴの中を覗き込み「ふーん」と言った反応にも逆なでされました。
怒りまくったわたくしは雨の降る中、1人で兄の病院へ行きました。保険給付金請求に必要な診断書申請のためでございます。本当は兄を連れて行き、例の「レターパック」(194回参照)のリベンジをしようと思っていたのですが、また使うチャンスを棒に振りました。でも、お蔭様で少し頭を冷やすことに成功しまして、なんとか日々を送っております。
怒りはなくせませんが、早めに鎮火することを学習しているツガエでございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性60才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現64才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ
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