猫が母になつきません 第350話「りょこうする_その3」
夜通し母は「何しに来たの?」と問い続けていました。旅行に来たのに「何しに来た」と言われても…あんなに旅行好きだった母から《旅》という概念がなくなってしまったのでしょうか? 昼間もずっと心ここにあらずで来ていない家族や知り合いを探していたし、そわそわするばかりでちっとも楽しそうではありませんでした。宿のお部屋も広くてきれいなのにそんなことにはいっさい関心を示さず何度も荷物を開けて何かを探していました。古民家好きな母のために奮発してこの宿にしたのに…。母はもう旅行を楽しむこともできないのかと思いつつ、どこかで「これが母との最後の旅行になるかも」という気持ちがなかったわけでもなく、ただ想像していたよりもずっとしんどい旅になりました。そんな母ですが、写真を撮るときだけはなぜか積極的で「そこに立って」というとささっとその位置に立ってポーズを決めて私がいいというまで動きません。昔の人は旅行に行って写真を撮る時のパターンみたいなものが身についるのでしょう。母もそのときだけはちゃんと旅行モードになるのがおもしろくて、私は母の写真をたくさんたくさん撮りました。
作者プロフィール
nurarin(ぬらりん)/東京でデザイナーとして働いたのち、母とくらすため地元に帰る。典型的な介護離職。モノが堆積していた家を片付けたら居心地がよくなったせいかノラが縁の下で子どもを産んで置いていってしまい、猫二匹(わび♀、さび♀)も家族に。