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昭和の喫茶店が若者に大人気!『飯尾和樹のずん喫茶』のレポ力を考察

 もともとは2021年秋に全4回の予定で始まったのが、じわじわ人気が出て、この4月からレギュラー放送が決まった『飯尾和樹のずん喫茶』(BSテレ東 毎週金曜深夜0時〜 最新回Tver配信)。飯尾和樹が古き佳き喫茶店をただただ巡るレポ番組の不思議な魅力とは? バラエティを愛するテレビっ子ライター・井上マサキさんが考察します。

純喫茶ならぬ『ずん喫茶』

 カウンターから漂うコーヒーの香り、四角いテーブルと布張りのソファー、店内にうっすら流れるジャズの調べ、店主の趣味がうかがえるマンガの棚……。

 昔ながらの喫茶店はやっぱり落ち着くもの。冷房の効いた店内でホットコーヒーを頼み、読みかけの小説を開いて、途中でナポリタンを挟みつつ、2時間くらい過ごしたい。最近は「昭和レトロ」の流行から、若者のあいだで喫茶店ブームも来ているのだとか。

 そんな街の喫茶店を、お笑いコンビ・ずんの飯尾和樹が巡る番組が『飯尾和樹のずん喫茶』だ。番組は飯尾さんのこんなナレーションで始まる。

「子供のころ、親父の買い物帰りに連れて行ってもらった、大人たちが集まる憧れの場所、喫茶店。自分の喫茶店デビューは、憧れのブラックコーヒーを一口ふくんで、すぐさま角砂糖2つ入れました」

『ずん喫茶』では、喫茶店をこよなく愛する飯尾さんが「新宿」「高田馬場」「十条」といったエリアを訪れ、その街の喫茶店を2軒はしごする。ただそれだけの30分は、喫茶店で過ごす午後のようにまったりと流れていく。

「裸眼解除」と、大人になった飯尾少年はメガネをかけて登場し、常連客が集まる店内にためらいなく入って、店主とおしゃべりしながら思う存分ブラックコーヒーを味わうのだ。子供のころの憧れを、冠番組の形で満たすなんてロマンがあふれるではないですか……!

褒め言葉のファンタジスタ・飯尾和樹

『ずん喫茶』は飯尾さんの冠番組であり、喫茶店を巡るのも飯尾さん1人。ボケてもツッコむ人はいないし、話し相手は一般人の方ばかり。だからだろうか、『ずん喫茶』には飯尾さんの「人間力」を感じさせる場面がそこかしこにある。

 喫茶店にたどり着くと、まずは外観からレポート。「オープン・クローズの看板にも歴史を感じますね~すごい」「カップにコーヒー豆が入ってるタイプのサンプル!いいですね~」「木目調の作りなのに自動ドア!素晴らしい」と、飯尾さんはとにかく全てを肯定しちゃうのだ。

 ドアの開閉と共にベルがチリンチリン鳴れば「いい音!もう一回聞きます?」とスタッフに問いかけるし、ビルの2階にある喫茶店なら「角の無い窓ね!あら~いいじゃないですか」と窓の形から褒める。ローストしたコーヒー豆を前にして「これで節分の日に豆まきしたら鬼は一発で出ていくでしょうね」とまで言う。もはや褒め言葉のファンタジスタ。

 こうして「素晴らしいお店ですね~」というスタート地点に立った飯尾さんは、店主とのおしゃべりで「あら!」「すごい!」「へ~!」と合いの手を入れながら、お店の歴史や夫婦の馴れそめをスルスルと聞き出してしまう。

 訪れる喫茶店は昭和から続くお店も多く、高齢の店主がお店を守っていることもしばしば。初回に訪れた浅草の「デンキヤホール」は創業1903年だったりする。飯尾さんの柔らかい物腰はご高齢の店主の心をも開き、古い写真を囲んで昔話に花が咲く。

 こうした喫茶店の話が聞けるのは、実は貴重な機会でもある。全日本コーヒー協会の統計によると、1981年は約15万4千軒あった喫茶店は、2016年には半数以下(約6万7千軒)まで減少しているそう。別の統計(東京商工リサーチ)では、2021年の喫茶店廃業数が過去最多の100軒に達したという。

 統計上はただの数字でしかないかもしれない。でも実際は、喫茶店ひとつひとつにそれぞれの歴史があったはずだ。『ずん喫茶』はそのストーリーを取りこぼさない。飯尾さんはそのメガネで喫茶店たちにピントを合わせ、視聴者へくっきりとした像を見せてくれる。

憧れの場所、憧れの大人

 喫茶店グルメも『ずん喫茶』の楽しみのひとつだ。席に着いた飯尾さんはメニューをじっくり眺め、ドリンクとフードを1つずつオーダーするのがお決まり。ホットケーキ、クリームソーダ、ピザトースト、ハンバーグ定食など、お店によって“推しメニュー”はさまざまで、なにより全部美味しそう。

 たとえば7月1日放送の「本郷」回。喫茶店「金魚坂」で飯尾さんがオーダーしたのは、お店こだわりの“黒カレー”だった。

「金魚坂」は、もともと350年以上前から今も続く、老舗の金魚卸問屋。女将さんが「金魚の魅力をもっと広めたい」と、22年前に喫茶店を開業したそう。この日も女将さん(御年91歳!)が店内にちょこんと座っている。「あら!マスクまで金魚が泳いでる」と、さっそく女将さんのこだわりを見つける飯尾さん。

「金魚に囲まれていると楽しいですね」とおしゃべりを楽しみながら、飯尾さんは「お昼の唐揚げ弁当我慢してきたんですよ」と黒カレーをオーダー。牛肉がゴロゴロ入った黒カレーがテーブルに届き、「美味しそう~!」とスプーンで一口すくってカメラに見せる(食レポの基本)。

 しかし、さっそくいただきます……というところで、横から「本当はね、金魚でも置いて眺めながら食べるともっとおいしい」と、女将さんが話しかけてきた。飯尾さんはスプーンを宙に浮かせたままストップ。「でもね、金魚は無臭ではないので食べものとは合わないなと思って」と、女将さんはしゃべり続ける。

 この間、飯尾さんはずっとスプーンを浮かせたまま。話の切れ目で食べようとする素振りは見せるものの、女将さんのトークを無理にさえぎらない。金魚のかわいさを語る女将さんの話を「なるほど~」と受けて、「じゃぁそれを思いながら食べてみますね」と自然な流れで黒カレーをパクリと行く。女将さんを立てながら、自分の仕事をちゃんと全うするのだった。

 飯尾さんの振る舞いを見ていると、「こんな大人になりたいなぁ」と思う。『ずん喫茶』は憧れの場所・喫茶店と、憧れの大人・飯尾和樹を同時に楽しめる贅沢なセットメニュー。ブラックコーヒーを飲みに外に出かけたくなる番組である。

文/井上マサキ(いのうえ・まさき)

井上マサキ

1975年 宮城県石巻市生まれ。神奈川県在住。二児の父。大学卒業後、大手SIerにてシステムエンジニアとして勤務。ブログ執筆などを経て、2015年よりフリーランスのライターに。企業広報やWebメディアなどで執筆するかたわら、「路線図マニア」としてメディアにも出演。著書に『日本の路線図』(三才ブックス)、『桃太郎のきびだんごは経費で落ちるのか?』(ダイヤモンド社)など。

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