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名作『高校教師』タブーだらけのドラマがバブル崩壊真っただ中、なぜ大ヒットしたのか

「過去の名作ドラマ」は世代を超えたコミュニケーションツール。懐かしさに駆られて観直すと、意外な発見することがあります。今月は国内外のドラマに詳しいライターの大山くまおさんが、脚本家・野島伸司の大ヒットドラマ『高校教師』(1993年)を鑑賞。社会現象を引き起こした問題作を改めて振り返ります。

観直してみたら高品質なドラマ

 脚本家・野島伸司のドラマといえば、どんなイメージがあるだろうか? スキャンダラスで、センセーショナルで、タブーに挑むような題材を好み、大ヒット作も数多い一方、過激で、露悪的で、どうも好きになれないと感じている人も多いかもしれない。実を言うと、筆者もそうだった。

 野島伸司の代表作とも言えるのが、1993年に放送されて社会現象と言うほどの大ヒットとなったドラマ『高校教師』だ。教師と生徒の恋愛、レイプ、同性愛、自殺、近親相姦など、社会的にタブーだと考えられていた題材を正面きって取り扱い、平均視聴率21.9%、最終回は33.0%を記録した。

 先にも述べたとおり、野島伸司ドラマを敬遠していた筆者は、大ヒットドラマとは承知しつつも、なかなか食指が伸びないでいた。ところが先日、ある機会があって全話を通して観てみたところ、まったく先入観を覆された。たしかに話題が先行した部分もあったが、その実、静謐ささえ感じさせる高品質なドラマだったのだ。

倒錯した愛は一変する

 主人公は新任の生物教師・羽村隆夫(真田広之)。大学の研究室から女子校に赴任してきたが、もともと教師になるつもりはなく、教師が務まるかどうかを心配していた。彼が陰のある美少女・二宮繭(桜井幸子)と出会うところから物語は始まる(第1話の冒頭で繭をねちっこく問い詰める駅員を演じていたのは松尾スズキ)。

 繭は無口だが芯の強い少女だった。学校やクラスで周囲の女子生徒から完全に浮いているが、まったく気にしていない。そして、初対面で自分を信用してくれた羽村に好意を寄せる。彼女は朝の通学路で、さっき会ったばかりの羽村に向かってこんなことを大声で言う。

「心配いらないよ。私がいるもん。私が全部守ってあげるよ。守ってあげる!」

 繭のトリッキーな行動は続く。同僚教師の宮原(山下容莉枝)に案内されて生物室にやってきた羽村を待ち伏せし、教壇の下に隠れたまま、宮原と話している羽村の足の靴下をこっそり脱がせて素足に猫の絵を落書きしてしまうのだ。宮原が去った後、笑顔を見せる繭を羽村は叱ることもできず、ただ呆然と見送るだけだった。

 物語序盤の羽村はとにかく幼さ、未熟さが強調されている。第1話のオープニングで鞄を線路に落としてしまうのは、彼が「失敗」をする未熟な人間だと示している。知り合ったばかりの教え子の繭を何の疑問もなく自分の部屋に上げてしまうのは、教師としての自覚が皆無だった証拠。婚約者の千秋(渡辺典子)に自分の興味のあることばかりをまくしたてて退屈させてしまうのは、彼の幼さの表れだろう。

「守ってあげる」という言葉でもわかるように、繭は羽村に母性的な愛を示し、羽村は繭に母性的な愛を求めた。婚約者の千秋とその父親で恩人の大学教授(小坂一也)に裏切られたことを知った羽村は半狂乱になり、繭とのデートの最中に「僕は何もかも失ってしまった」と号泣すると、繭は一緒に泣く。羽村のナレーションはこう語る。「あのとき、君はいつまでもそばにいて、一緒に泣いてくれたんだね。こんなちっぽけで弱虫な僕のために」。

 羽村と繭は結ばれる。しかし、少女なのに母性的な繭と年長の教師なのに幼い羽村の倒錯した愛は、やがて一変する。繭が芸術家の父親(峰岸徹)と近親相姦の関係にあったことを知った羽村が、嫌悪感から彼女を遠ざけるようになったのだ。

 繭はけっして聖母のような女性ではなく、まだ少女であり、保護を求める子どもでもあった。繭は父親と関係していたことで、亡くなった母親から憎まれていた過去を抱えていた。だからこそ、自分を無条件に信じてくれた羽村の純真さ(純真さは幼さと隣合わせでもある)に惹かれたのだ。彼女の思いは、劇中に時折登場する無垢な猫のイラストや手製の指人形に託されている。

 序盤で幼さとひ弱さを見せていた羽村は、徐々に繭を守るためにたくましさを見せるようになり、最終回では繭を連れ去ろうとする父親を空港で刺す。羽村は教師として成長する道ではなく、愛する存在を守るために人を傷つける道を選んだ。だが、そういう道を選ぶこと自体、彼の幼さの表れでもある。元同僚の新庄(赤井英和)との別れ際、もらったタバコをふかそうとするが咳き込んでしまう描写は、成熟した大人の男になりきれなかった羽村の姿を象徴している。

 大人になりきれなかった羽村と、母性的のようでいて実は幼かった繭の逃避行は、やがて破滅を迎える。あまりにも有名な、赤い糸を小指に結んだまま、寄り添い合って眠ったように目をつむっているラストシーンは、心中なのか、眠っているのか、羽村の幻想なのかという解釈をめぐって大論争を巻き起こした。

藤村知樹(京本政樹)の存在

『高校教師』にはもう一人、印象的な人物が登場する。羽村の同僚教師の藤村知樹(京本政樹)だ。藤村は自分に好意を寄せる女子生徒・相沢直子(持田真樹)を視聴覚室に呼び出してレイプし、一部始終を撮影したビデオを使って彼女に繰り返し関係を強要し続ける。
 
 彼が求めていたのはセックスではなく愛情だった。直子の妊娠が判明したとき。藤村は直子に「内緒で産めばいい」と出産を勧める。生まれてくる子どもこそ、自分の思うままに愛してくれる存在だというのだ。直子が堕胎したと知ると衝撃を受け、「なぜ僕の子どもを殺した?」と直子を絞殺しようとする。これまでの悪事が露見したときは、「純粋な母性を本能的に持ってるのは、性体験のないティーンの間だけだ」と開き直ってみせた。

 藤村は羽村と裏表の存在だ。羽村のダークサイドと言ってもいい。少女に母性を感じ、永遠の愛を求めていたのは二人とも同じ。藤村の次の言葉は、羽村の行動にもそのままあてはまる。

「人間はね、本気で人を愛すると狂いますよ。理性やモラルなんて何の歯止めにもなりません」

 これこそ、野島伸司が描きたかったことではないのだろうか。

「純愛」は光り輝いていた

『高校教師』はスキャンダラスな題材を扱っていながらも、直接的な描写は意外なほど少ない。野島伸司のセリフに頼らない脚本と『岸辺のアルバム』(77年)や『ふぞろいの林檎たち』(83年)などを手がけた名演出家、鴨下信一らによる抑制された繊細な演出によって、静謐とさえ言える美しい映像が紡ぎ出されている。

 野島は、もともと山田太一や鴨下らが活躍してきたTBSの「金曜ドラマ」に強い憧れを持っていたという。フジテレビのトレンディドラマや『101回めのプロポーズ』(91年)、『愛という名のもとに』(92年)などの大ヒット作で実績を積んだ後、満を持してTBSに持ち込んだ企画が『高校教師』だった。

 真田広之は若い頃のアクションスターぶりを完全に隠して、ひよわで精神的にも幼い男性教師を演じきっている。連続ドラマにほとんど出演していなかった真田と桜井幸子とのカップルは新鮮に映る。
 
 放送されていた1993年はバブルが音を立てて崩壊していく真っただ中。カネを持って威張っていた大人たちの権威が失墜し、それまで顧みられることのなかった少女たちの性が売り買いされて価値を持つようになった社会の中で、道を踏み外した大人の男たちが無垢な少女にすがる物語はとてもリアルに写った。

 今から考えれば倫理的とはとても言えない物語だが、混迷する時代の中で貫かれた羽村と繭の「純愛」はたしかに光り輝いていた。頼るべきものを見失っていた多くの人たちを熱狂させたのは当然のように思える。たとえ、それが狂気と紙一重のものであったとしても。

文/大山くまお(おおやま・くまお)

ライター。「QJWeb」などでドラマ評を執筆。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。

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この記事へのみんなのコメント

  • テレビはちょっと

    素晴らしい解説、ありがとうございます。

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