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『鎌倉殿の13人』19話「マネをしてはいけない」法皇(西田敏行)の策略、泣き叫ぶ義経(菅田将暉)の運命

 NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』19話は、後白河法皇(西田敏行)回の印象でした。義経(菅田将暉)と頼朝(大泉洋)を手玉に取る「日本一の大天狗」ぶりが際立った「果たせぬ凱旋」(副題)の回を、歴史とドラマに詳しいライター、近藤正高さんが、歴史書を紐解きながら解説します。

法皇(西田敏行)に振り回されっぱなしの義経(菅田将暉)

 後白河法皇(西田敏行)は黒幕的な雰囲気に反して実際には積極的に動いていないと第18話のレビュー(5月14日)で書いたが、そんな筆者の見込みを裏切るように、第19回ではいきなり法皇が頼朝(大泉洋)と義経(菅田将暉)を引き離そうと次々と策を繰り出した。

 まず、頼朝が京にいる義経を鎌倉に戻すべく、京にとどまる義務を負った検非違使の職に替わって新たに伊予守に推挙したのに対し、法皇は検非違使にとどめたまま伊予守と兼任させるという前代未聞の奇策に出る。さらに頼朝が亡き父・義朝の法要を行うにあたり義経に出席を求めると、法皇は何と死んだふりをして彼を引き留めた。

 義経はそんな法皇に振り回されっぱなしであった。不幸は重なり、京の館に静御前(石橋静河)と一緒にいたところを土佐坊昌俊(村上和成)に襲撃されると、それを頼朝が送り込んだ刺客と断定した叔父の源行家(杉本哲太)にけしかけられ、頼朝相手に挙兵するはめになる。心ならずも兄と戦う状況に追い込まれ、床に手をついて泣き叫ぶ義経が何とも痛々しかった。

 そんな義経の心を知ってか知らずか、法皇は義経の挙兵にあたり、頼朝追討の宣旨を与え、兄弟の対決を促す。かと思えば、義経が兵を集められず、戦いを前に敗北を悟って行方をくらますと、あっさり頼朝追討の宣旨を取り消し、一転して義経追討の宣旨を頼朝に与えよと言い出した。こうなると周囲の公家たちも戸惑うばかりで、九条兼実(田中直樹)は法皇に何度も訊き返し、怒らせてしまう。兼実が法皇に繰り返し訊き返したのはさすがに三谷幸喜の創作だろうが、先に法皇が義経の検非違使兼任を決めた場面で、兼実が「未曾有のこと」と繰り返したのは史実である。

 第18話のレビューでも書いたとおり、法皇が義経を検非違使に任じた一ノ谷合戦直後の時点では、義経と頼朝を引き離す意図はなかったはずである。だが、平家滅亡によって状況は大きく変わった。法皇としてみれば、平家に替わって武家の棟梁となった頼朝に主導権を奪われまいと警戒心を強めるのは当然である。あいつぐ策略も、劇中で法皇自身が説明していたように、頼朝と義経のどちらかが力を持つのを防ぐためであった。

対抗意識をむき出しの里(三浦透子)

 このように第19回はまさに“後白河劇場”というべき様相を呈し、西田敏行の演技もいつにも増して生き生きとしていた。西田は親交のあるタレント・松村邦洋(大の大河ドラマファンとしても知られる)にもメールで「今度の後白河法皇の演技は自分の俳優人生でも5本の指に入る」と満足気に伝えていたという(KBCラジオ『PAO~N』5月19日放送回での松村の発言を参照)。たしかにあの演技を見せられたら、本人が自讃したくなるのもわかる。

 今回は長澤まさみのナレーションもいつもより多めで、法皇が義経を引き留めるため、手毬を脇で固く締め、脈を一時止めた場面では「マネをしてはいけない」と注意を促し、はたまた行家が義経を見捨てて逃げ出す場面では「彼を味方につけた者は必ず負けるという死神のような男」呼ばわりしてみせ……といった具合に、ツッコミも効いていた。

 第18話のレビューで筆者は、アクティブな静御前とは対照的に、義経の正室である里(三浦透子)はおとなしい性格だと書いたが、これまた見込み違いだった。今回、里は静御前に対抗意識をむき出しにし、義経の手を焼かせる。例の土佐坊昌俊による義経の館への襲撃も、里が静御前を亡き者にしようと仕組んだものだった。土佐坊の義経襲撃は史実では頼朝が命じたものとされるだけに、この改変は大胆である。

 そもそも義経の正妻については、比企尼の娘婿・河越重頼の娘ということ以外は明確なことはほとんど伝わっておらず、実際には名前すらわかっていない(もっとも、この時代の女性の名前は不詳である場合が多い。北条時政の娘の名前として知られる「政子」にしても、彼女が夫・頼朝の死後、位を授かるための書類で便宜的に名乗ったものにすぎない)。重頼はその後、義経の舅という立場ゆえに頼朝から所領を没収されたうえ、誅殺されたと伝えられるものの、娘の消息は不明である。果たして劇中の里はどのような運命をたどるのだろうか。

「法皇様は日本一の大天狗」

 さて、法皇に翻弄され続けた頼朝も、第19回の後半でついに反撃におよぶ。義経が行方不明となったあと、出兵を中止すると、法皇への使いとして北条時政(坂東彌十郎)を息子の義時(小栗旬)ともども京に送ったのだ。北条父子と対面した法皇は、先に頼朝追討の宣旨を出したのは義経に脅されたからだと苦しげに言い訳する。

 義時はこれに対し、頼朝は「法皇様は日本一の大天狗」とみなし、その言葉を信じてよいものか疑っていると伝え、一矢報いた。さらに続けて、畿内をはじめ西国諸国を鎌倉方が治めるべく、各国に地頭を置き、自分たちの手で米と兵を集めさせてもらうと申し出たのには、法皇も目を丸くするばかりだった。法皇としては自ら命じた義経追討が目的と言われた以上、その場で飲まざるをえなかっただろう。

 なお、義時のセリフに出てきた「日本一の大天狗」は、法皇の近臣・高階泰経が鎌倉に使者を送って届けた文に「行家・義経の謀反のこと、ひとえに天魔のなすところ」と書かれていたことに、怒った頼朝の発言が元になっている。『吾妻鏡』の文治元年(1185)11月15日条に出てくるその頼朝の発言は、「天魔は仏法に妨げを成し、人に対して煩いをするものである。頼朝が多くの朝敵を降伏させ、政治を君(法皇)にお任せした忠節を、なぜたちまちに反逆に変え、たいした院のご意思によらずに、追討の院宣が下されたのか。行家や義経が捕えられないあいだに、諸国は疲弊し、人々は滅亡するだろう。よって日本第一の大天狗は、けっしてほかの者ではない」というもので、そのまま返書として京の院御所に届けられた。

 頼朝の言う大天狗とは名指しこそされていないが、後白河法皇と解釈するのが通説である。ただし、これについては最近になって、法皇ではなく頼朝に使者を送った高階泰経をそう呼んだとする説も出ている。

 ともあれ『鎌倉殿』ではあくまで通説に従ったことになる。まあ劇中には高階泰経が出てこないのだから当然なのだろうが、それでも伝言という形とはいえ法皇に面と向かって「大天狗」呼ばわりしたのは大胆といえば大胆ではある。

頼朝(大泉洋)の他人への不信感

 ドラマではこのあとラストシーンにおいて、京の時政父子の逗留先に、九州に逃れたはずの義経が唐突に現れた。時政はそこで捕らえることもできたのに、あえて見逃す。それは彼の将来を思ってのことであった。このとき時政は、かつて義経が「経験もないのに自信もなかったら何もできない」と言ったのを踏まえ、「では、自信をつけるには何がいるか」「経験でござるよ」と励ましてみせ、珍しく含蓄を感じさせた。もっとも、当の義経にはむなしく響くばかりであったかもしれない。

 やはりラストシーンで義時が「九郎殿は人をお信じになりすぎるのです」と言っていたとおり、義経は信じていた法皇に裏切られ、京を出ることになった。対して頼朝は、今回、八重(新垣結衣)から諭されていたように自分以外の人間をなかなか信じられない性格ゆえ、義経ととうとう和解することができなかった。

 頼朝の他人への不信感は、自身は平家に命を助けられたにもかかわらず、平家を父の仇ゆえ恨み続けてついには挙兵し、滅ぼすにいたったという複雑な経験に由来している。時政の説いたとおり、経験によって人間は自信を持つようになるとはたしかに一面では真実とはいえ、経験によって逆に憶病になったり、不信感を抱いたりすることもある。頼朝はまさにこれに当てはまるだろう。

 今回、時政が、頼朝の命令で法皇と鎌倉との橋渡し役として京に遣わされたのは、北条家にとっては大きなエポックといえる。それと同時に、義時にも微妙な変化を感じた。それは、頼朝が義経追討のため兵を出すと御所で伝えたとき、義時はそれに反論しないどころか、渋る御家人たちに対し積極的に出兵を促したことだ。親友の三浦義村(山本耕史)に助け舟を出してもらうのはあいかわらずとはいえ、頼朝の補佐に徹するようになったところに、ここ数回のうちに起きたもろもろの出来事が義時を変えたのだと思わせる。

 都落ちした義経は奥州に帰るとほのめかし、義時からおやめなさいと忠告を受けながらも、結局は戻ることになる。今回、義経挙兵の報を受け、奥州のかつての恩人・藤原秀衡(田中泯)は「早まったな」とつぶやいたが、果たして戻った義経をどのように迎え入れるのだろうか。

文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。

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