認知症の母が履き替えた紙パンツはどこへ? 息子が思わず笑った母の不思議な行動
岩手で暮らす認知症の母を東京から通いで介護している作家でブロガーの工藤広伸さん。認知症が進行する母の尿失禁の対策として紙のリハビリパンツを活用している。いつもの布パンツから紙のパンツに履き替えてもらおうとしたところ、母は不思議な行動を繰り返し――。遠距離介護10年目を迎えた工藤さんの実例から学ぶ、認知症介護との向き合い方を紹介する。
母が使う失禁パンツと紙のリハビリパンツ
以前、母は尿もれパッドを使っていましたが、失禁の回数が増えてきたので紙製のリハビリパンツ(以下、リハパン)を履いてもらうようお願いしたところ、オムツみたいでイヤと受け入れてもらえず、結局布製の失禁パンツを使ってきました。
失禁パンツの見た目は、普通の布パンツです。ただしっかりとした尿パッドが中に入っていて、尿もれパッドほどの吸収力はありませんが、軽めの失禁には対応できる仕様になっています。
先日帰省したとき、母のもの忘れ外来を予約していた日のこと。わたしは母に、外来へ行く前に失禁パンツではなくリハパンに履き替えるようお願いしました。というのも、病院への移動時間や待ち時間、診察時間、お薬をもらう時間まで含めて、3時間以上はかかってしまうからです。
それだけ長時間になると、母は失禁してしまう可能性があります。トイレに行きたいと意思表示はできますが、手足が不自由なのでトイレまでの移動に時間がかかり、間に合わない日もありました。なので万全を期すために、いつもリハパンに履き替えてもらっています。
母にパンツを履き替えてもらいたい!
わたし:「今履いているパンツを脱いで、こっちのパンツに履き替えてね」
母:「はいはい、わかりました」
母は認知症のせいか、失禁パンツやリハパンの言葉の意味や用途がわからないので、パンツを指し示しながらお願いをして、わたしは一旦部屋を出ました。
わたし:「終わった? 入っていい?」
母:「いいわよ~」
母は何事もなかったかのように寝室を出て、そのまま車のある車庫のほうへ向かいました。わたしもその状況を受け入れかけたのですが、おかしな点に気づきました。
脱いだパンツはどこへ?
わたし:「あれ? 脱いだパンツはどこにあるの?」
母:「あら、おかしいわね」
母がパンツを脱いだ寝室には、洗濯カゴはありません。パンツを手に持っている様子もなく、部屋中見渡してもどこにもありません。
わたし:「また、タンスの中にしまったんじゃないの?」
母は着ていた下着を洗濯機ではなく、タンスに戻すことがあります。脱いだ下着を新しい下着と勘違いして、タンスにしまうのです。そこでわたしは、タンスの引き出しを開けて調べてみたのですが、パンツはありませんでした。
わたし:「この短時間のうちに、どこに片づけたの?」
母:「さあ、どこかしらね~」
ついさっきのことですが、母は覚えていません。しかも、予約した診察時間に到着するためには、そろそろ家を出ないといけません。脱いだパンツはどこへ行ったのか、皆目見当がつかないので、母にこうお願いしました。
わたし:「本当にパンツを履き替えたか、見せてもらってもいい?」
着替えのために部屋を出る配慮をしたにも関わらず、母にパンツを見せてとお願いする矛盾はさておき、確認してみたところ、パンツが不自然に膨らんでいたのです。
わたし:「ん? なにこれ? わかった!」
母は失禁パンツの上から、リハビリパンツを重ねて履いていたのです。失禁パンツを脱いでないから、当然見つかるわけがありません。
母:「アハハハ、面白いわね~」
わたし:「面白いとか言ってないで、ほら着替えて」
確かに面白いと思いましたが、出発まで時間がありません。母に着替えるよう、再びお願いをして、わたしは部屋を出ました。
「2枚重ね→1枚脱ぐ」を繰り返す母
数分後に部屋に入ると、また脱いだパンツが見当たりません。
今度はどこへ? と思ったら、母は右手にリハパンを握りしめていました。重ね履きしたリハパンだけ脱いで、着替えが終わったと思ったようです。
わたし:「いい、よく見て。こっちの“紙の”パンツを履いて、そっちの“布の”パンツは脱いでね」
わたしは丁寧にお願いをして、再び部屋の外へ出ました。しばらく待って部屋に入ると、今度はパンツが2枚ともなく、しかも手に持っていません。
今度こそタンスの中かと思ったのですが見当たらなかったので、再び母にパンツを見せてもらったところ、失禁パンツの上からリハパンを履いていました。
ここまで何度も繰り返されると、面白くなって大笑いしてしまったのですが、結局4回目で母は着替えに成功しました。その後もの忘れ外来へ、なんとか時間通りに到着できました。
わたしには明らかに素材の違う2種類のパンツにしか見えませんが、認知症が進行した母には、どちらも同じパンツに見えているのかもしれません。オムツなんてイヤと言っていた母が、リハパンをすんなり受け入れた理由がわかった気がしました。認知症の進行が、プラスに働くこともあるんですね。
今日もしれっと、しれっと。
工藤広伸(くどうひろのぶ)
介護作家・ブロガー/2012年から岩手にいる認知症で難病の母(78歳・要介護3)を、東京から通いで遠距離在宅介護中。途中、認知症の祖母(要介護3)や悪性リンパ腫の父(要介護5)も介護して看取る。介護の模様や工夫が、NHK「ニュース7」「おはよう日本」「あさイチ」などで取り上げられる。ブログ『40歳からの遠距離介護』https://40kaigo.net/、Voicyパーソナリティ『ちょっと気になる?介護のラジオ』https://voicy.jp/channel/1442。