楽しく生きる悪口の作法を達人が伝授!浅草のおかみ富永照子さん「陰口と悪口は違う」
”悪口”の言いすぎはよくない、でもがまんもよくない…。今の時代、気持ちよく楽しく生きるための悪口活用術とは。浅草の“伝説のおかみ”こと富永照子さんの「幸せを呼ぶ悪口」をはじめ、精神科医や歴史上の人物たちに学ぶ令和版”悪口の作法”を紐解いていこう。
浅草・伝説のおかみ富永照子さん「悪口のルール」
「悪口は聞こえるように言うのがモットー」と話すのは、浅草の“伝説のおかみ”として辣腕をふるう、老舗そば店『十和田』の四代目女将・冨永照子さん(84才)だ。
冨永さんは1964年の東京五輪後に浅草がゴーストタウン化した際、「浅草おかみさん会」を発足させ、2階建てロンドンバスを日本で初めて導入したり(1978年)、浅草サンバカーニバルを誘致したり(1981年)、つくばエクスプレス開通(2005年)に尽力したりと、浅草の活性化と町おこしのために長年奮励してきた人物だ。
財政界や芸能界など各分野において一線で活躍する大物たちに幅広い人脈を持ち、三面六臂(さんめんろっぴ)に活躍するさまを面白く思わない人たちから悪口を言われたことも数知れず。怪文書が送り付けられたことまであるという。
悪口で稼いだ30万円とお肉
「少人数でヒソヒソ、グチグチ…陰口を言うのは陰湿だから絶対にやらないけれど、悪口はみんなに聞こえるような大声で言うようにしています。だってそうじゃなきゃ、面白くないじゃない(笑い)。それに、悪口が聞こえたことで大もうけしたこともある。
昔、浅草でイベントをやろうとしたとき、スポンサー企業に寄付をお願いしても全然動いてくれなくて。あまりにも腹が立って、ちょうどそのとき、ダイエーの創業者の中内㓛さんがおかみさん会主催のイベント『ニューオリンズジャズフェスティバル』に並んでいたから、声をかけて店まで来てもらってそのスポンサーの悪口を、散々言ったのよ。
翌日、中内さんから30万円とお肉が届いたの。よっぽど面白かったのか、勢いに押されたのか、それともそのスポンサー企業がダイエーのライバル会社だったからなのか…(笑い)」(冨永さん)
先日もある企業の株主総会に単身乗り込み、浅草に協力して大衆演劇場を残すべきだとたんかを切ったばかりだと笑った。
印象深かったのは、取材に訪れたわずか1時間の間にも、取引先の企業や町内会、個人と、ひっきりなしにおかみを頼る来客が続いていたこと。仁義を通さないことには大声で悪口を言うが、情けは人一倍という冨永さんの人望の厚さがうかがい知れた。
精神科医・樺沢紫苑さん「悪口には依存性が」
悪口を「武器」として上手に操る彼女たちのように、思ったことを口に出し、不愉快な思いをさせたあの人に一矢報いたい―そう考える人も少なくないだろう。
しかしそれは一歩間違えば、相手はもちろん、自分を傷つける諸刃の剣。精神科医の樺沢紫苑さんは、過度の悪口は脳を蝕むと断言する。
「脳の中心にあり、危険を察知する役割を持つ扁桃体は、その危機管理能力の高さゆえに言葉の主語を理解しない。そのため、例えば自分が他人のことを“バカ!”と言ったとしても自分がバカ!と罵られたときと同様のストレス反応を起こします」
つまり、悪口を言うのは“天に唾を吐く行為”そのものなのだ。さらに悪口には、アルコールや薬物と同様の依存性があるという。悪口を言うことで分泌されるホルモン「ドーパミン」の快感効果は一時的なものであるため、その快感を求めるうちに悪口の回数も内容もエスカレートしていってしまうのだ。
「特に女性は男性に比べてコミュニケーションを大事にする傾向にあり、男性よりも悪口依存症になりやすいといえます」(樺沢さん)
樺沢さんによれば、悪口を言うなら「1回のガス抜き」が脳に最も負担をかけない方法だという。
「嫌なことがあったら、友達や家族に1回だけ吐き出して、それで終わりにしてください。やってはいけないのは、怒りにまかせて何度も同じ悪口を言ったり書いたりすること。特にSNSやメールに書くことで何度もネガティブな感情をアウトプットすることになってしまう。
また、『夫にこんなことを言われた』という事実があったときに、『私は何も悪くないのにこんなひどいことを言う夫は最低の人間だ』と感情を混同して悪口を言うことも推奨できない。感情的な言い方は、人間関係のこじれにつながります。1回だけ、事実に沿って言うのが“いい悪口”の鉄則でしょう」(樺沢さん)
清少納言の“悪口”には言葉のセンスが
つまりいい悪口に必須なのは言葉のセンスだということ。
女優の中村メイコさんは、悪口を言うときには“起きた事実を面白おかしく言えるか”が判断基準と話す。
「例えば『あの人の足が臭い』って言ってしまったら、事実であっても周囲は笑って済ませられない。だけどそれを『私が“寒い”と言ったら、あの人が“靴下を脱いで貸そうか”と言ってくれたんだけど、それなら寒い方がマシだと思ったの』って言えば、日本語ってうまくできているからユーモラスに伝わりますよね? 笑い話にできない悪口なら、自分の中だけにとどめておくべきだと思います」
都内在住の会社員・上野愛子さん(42才・仮名)が振り返る。
「高校時代、歯がすごく出ている古典のおばあちゃん先生のことを男子生徒が“出っ歯”とあだ名をつけていたんです。そうしたらその先生が『昔の生徒は“葉(歯)桜の君”と呼んでくれてうれしかった。もっと文学的センスのある悪口にしなさい』と一喝していたことがありました。確かに、センスのない悪口ほど見苦しいものはない。先生の切り返しに知性を感じた瞬間でした」
実際に、日本最古の女性エッセイストである清少納言が平安時代に書いた『枕草子』にはみずみずしい文章で綴られた“悪口”の数々がある。
<人の上言ふを腹立つ人こそ、いとわりなけれ。いかでか言はではあらむ>という文言で、
「人の悪口を言うことに対して怒る人は本当に困りもの。こんなに楽しいことはない」と悪口を肯定し、
<ありがたきもの。舅にほめらるる婿。また、姑に思はるる嫁の君(めったにないもの。舅にほめられる婿。また、姑に大切にされる嫁)>
と、現代に通じる「嫁姑問題」をばっさり。
悪口の対象になるのは人間だけにとどまらず、“つまらないものが幅を利かせるとき”について語った<えせものの所得るをり>の段では「正月のおせち料理に入っている大根」までもやり玉に挙げている。
まさに「1回だけ、感情的になりすぎず事実を書く」ルールに則った“いい悪口”のお手本だが、これらの言葉に説得力があり、現代にも残っているのは「春はあけぼの」に代表される日本の四季を綴った美しい“筆の力”あってのことだろう。
感謝の先払いをして悪口に説得力を持たせる
“浅草伝説のおかみ”冨永さんも言う
「悪口に説得力があるかどうかは普段の自分の態度がものをいう。だから、言った後に“あの人が言うことだったら一理ある”と思ってもらえるよう、日頃から信頼を得ておくことが大切なんです。そのためには普段から人に尽くすこと。人には親切にして、小さなお金は惜しまず使うこと。感謝の“先払い”をしておくように意識しています」
相手を否定する悪口で終わらせるのではなく、言葉の裏にある熱い思いが、多くの人を動かしてきたのだろう。
「もちろん私だって、若い頃は悪口で失敗したこともあるし、うまく言い返せなかったこともある。もし嫌なことがあって、すぐに言葉に出せなかったとしても、じっとしてパワーをためておけばいい。還暦を回った頃から、いずれちゃんと言える日がくるから、それまでは“何が嫌だったんだろう”“どう伝えればよかったんだろう”と考え抜くこと。嫁姑問題も、仕事も全部、相手があることは勝つか負けるか。いい悪口を言うための作法を身につけなきゃね」(冨永さん)
清く正しい「悪口道」を見つけたい。
いい悪口の作法まとめ
●人に聞こえるように言う。聞かれるとマズい“陰口”は言わない。
●直球ではなくユーモアを交えて言う。
●同じ悪口を言うのは1回だけにする。
●事実に沿って言う。
●SNSに書かない。
●普段は人に尽くし、感謝の“先払い”をする。
教えてくれた人
冨永照子さん/老舗そば店『十和田』の四代目女将、樺沢紫苑さん/精神科医
写真/本誌写真部
※女性セブン2021年11月25日号
https://josei7.com/
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