85才、一人暮らし。ああ、快適なり【第24回 老スモーカーの独白】
矢崎泰久氏は、伝説の雑誌『話の特集』の編集長を創刊から30年にわたり務める傍ら、テレビや映画などのプロデューサーとして活躍してきた。当時、話題の文化人や芸術家を次々とキャスティングするその手腕と交流関係の広さはピカいちと評判の人物だ。
85才になった現在、自ら望んで家族と離れて一人暮らしをしている。社会に問題提起する姿勢を貫くその生き方、お洒落や食事のことなどを寄稿していただくシリーズ連載、今回のテーマは「タバコ」。
矢崎氏にとって、タバコのある生活とはどのようなものなのか。タバコを吸い続ける想いとは?
悠々自適独居生活の極意ここにあり。
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タバコ歴73年。一度もやめたことはない
私は今もタバコを吸っている。中学生の頃からだから、73年前からになる。一度もやめたことはない。私にとっては、タバコは自由の証(あかし)でもある。
ところが、近ごろは外出すると、タバコを吸うことが難しくなっている。東京は禁煙が当然となって久しい。喫煙所が限られて、探すのに苦労する。タバコ屋は街のあちこちにあるのに、吸う場所が極端に少ない。
ある日、杉並区の人通りのない場所を選んで、たまらずに一服していると、集団下校中の小学生たちに見つかった。
「あっ、爺さんが隠れてタバコを吸っている。いーけないんだ、いけないんだ」
と、囃し立てられて、私はあわてて持参の携帯灰皿にもみ消した。油断ならない。
戦争中、子供だった私たちは、「ゼイタクは敵だ!」「パーマネントはやめましょう」「欲しがりません。勝つまでは」といった標語に囲まれて育った。パーマネントをかけている女性や、目立ったお洒落をしている人を見ると、
「いーけないんだ、いけないんだ」
と大騒ぎをした。私はそんな時代の風景を思い出した。
タバコが嫌われていることは、今や普通になってしまった。ニコチンやタールの中毒が喧伝され、受動喫煙の害が叫ばれている。タバコのみは肩身が狭い。
しかし、タバコは売られているし、愛用者も少なくない。それなのにコソコソ吸うしかなくなくなっている。
私には納得できない。所によっては犯罪者扱いされてしまうのだから……。
小池百合子東京都知事は、最近になって「受動喫煙防止条例」を更に厳しいものとした。
私は、法律は家庭に持ち込んではならないと思っているが、最初は家族(ことに子供)を対象とし、今回はレストランや喫茶店の従業員を、いわば人質にしている。
私が仕事場を持ち、一人暮らしをするようになったのも、家でタバコがのめなくなったからだ。周囲は遠慮して、直接は禁煙を求めないが、眼は正直に非難している。やりきれない。
改めて言うまでもないけれど、タバコには長い歴史がある。コロンブスのアメリカ発見の頃から、アッという間に全世界に流行するようになる。
喫煙の習慣を持つようになった人類は、それによって、いろいろな文明や文化を創造してきた。
社交上の貴重な道具にもなった。ことに芸術家に愛され、作品制作上の伴侶となる。嗜好品としても、お洒落にも貴重な存在になった。
公共の場やデパート、ホテルなどに設置されている喫煙所は、大体が狭い空間ということもあってか、いつも喫煙者でごった返している。
多いのは若い男女であり、年齢を重ねるにしたがって、少しずつ減っている。私の年齢に至るまでタバコを吸っている人は稀なように思う。
ヘトヘトに歩き回らなければ喫煙所が見つからない
健康に良いとは、私ですら思っていない。しかし、私たちは健康の為に生きているわけではない。楽しみや嗜好は人によって違う。理屈の外に私たちの自由は存在しているのだ。
このことをわかっていない人が溢れている。タバコのみを嫌うことは構わないが、排除してはならないと思う。
タバコを吸う人がいる以上は、その人たちを守る義務も社会にはある。
老スモーカーがヘトヘトになるまで歩き回らなければ、喫煙所が見つからないとしたら、それこそが許されない大都市のミスなのだ。そこに気づいて欲しい。
いたわり合いのある優しい環境をタバコのみのために用意することこそが、大切なのだと小池さんにも是非知っていただきたいものである。
2020年のオリンピックまでに、東京を完全禁煙都市にすると胸を張ることは、やっぱりおかしい。
観光客の中にもスモーカーはいる。喫煙所の充実こそが急務と考えるが、行政を委ねられている人の使命と心得るべきではないだろうか。
タバコによって国が得ている収益(税金)は2兆2千万円を越すとも言われている。老スモーカーもそれを支えて孤独にモクモクやっているのだ。
矢崎泰久(やざきやすひさ)
1933年、東京生まれ。フリージャーナリスト。新聞記者を経て『話の特集』を創刊。30年にわたり編集長を務める。テレビ、ラジオの世界でもプロデューサーとしても活躍。永六輔氏、中山千夏らと開講した「学校ごっこ」も話題に。現在も『週刊金曜日』などで雑誌に連載をもつ傍ら、「ジャーナリズムの歴史を考える」をテーマにした「泰久塾」を開き、若手編集者などに教えている。著書に『永六輔の伝言 僕が愛した「芸と反骨」 』『「話の特集」と仲間たち』『口きかん―わが心の菊池寛』『句々快々―「話の特集句会」交遊録』『人生は喜劇だ』『あの人がいた』など。
撮影:小山茜(こやまあかね)
写真家。国内外で幅広く活躍。海外では、『芸術創造賞』『造形芸術文化賞』(いずれもモナコ文化庁授与)など多数の賞を受賞。「常識にとらわれないやり方」をモットーに多岐にわたる撮影活動を行っている。