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暮らし

リタイア後の地方移住、成功例に学ぶメリットとリスク「要介護も想定した綿密な計画がカギ」

 コロナ禍でのテレワークを機に、都心から郊外に引っ越す人が増えたというニュースも耳にする昨今、多くの人がこれまでとは違った価値観で住まいを考えるようになってきたかもしれない。終の棲家はどうすればいいのか。「シニア期の住まい環境については、できるだけ早くから準備を」と語るのは住宅ジャーナリストの中島早苗さん。今回は、リタイア後地方に移住した夫婦の例をご紹介、その住まい方をヒントに、老後の快適な暮らしを考えてみる。

コロナ禍で東京からの転出者が増加 

 近年、東京都は他の道府県と比べて転入者が突出して多くなっていましたが、コロナ禍でその傾向に変化が起きています。

 総務省「住民基本台帳人口移動報告」2020年の結果(※1)を見ると、緊急事態宣言が出された4月に、東京都への転入が前年に比べて半数以下に縮小した後、5月は、外国人を含む移動者数の集計を開始した2013年7月以降で初めての転出超過となり、以降6カ月連続で転出超過となっています。

※1 https://www.stat.go.jp/info/today/168.html

 総務省担当調査官の分析によれば、「テレワークの定着、オフィスの面積縮小など、通勤する必要性の低下から、近隣県の郊外への住み替えが起きている可能性も考えられる」。

 コロナ禍の東京における人口流出は、主に働く現役世代とその家族に起きている現象だと想像しますが、リタイア後のシニアでも現役世代以上に、東京など都市部に住む必要性が低いと考える人も多いと思います。

 シニア期の住み替え、建て替え、リフォームは65歳までに計画、実行するのがベターとお伝えするこのシリーズ。今回は「リタイア後の(地方)移住」のメリットとリスクを考えると共に、成功の一例を紹介します。

平均寿命+αまでの綿密な資金計算は欠かせない

 例えば都市部と田舎、郊外の住まいを比較する場合、一番大きく異なるのは地価、土地の価格でしょう。

 利便性を第一と考えるなら都市部で小さい住まいに、自然豊かな環境でゆったり暮らしたいなら地価の安い田舎、郊外へ。終の棲家にどちらを選ぶとしても当然ながら、平均寿命+αまでの生活費温存から逆算し、自分が幾らまで家にお金を注ぎ込めるのか、事前の資金計算は欠かせません。

これまでと違う人生を求めて軽井沢に移住したNさん

 今回は、定年後の終の棲家について、綿密な資金計画をした上で、千葉県の都市部K市から長野県軽井沢町へ移住したケースを紹介しましょう。

 話を聞いたNさんは56歳の時、突然の脳梗塞に襲われます。それまで全国へ転勤しながらキャリアを重ねてきたNさんでしたが、病気を機に閑職に異動。会社勤務は続けられたものの、キャリアは事実上ストップし、これまでとは違う人生を考えるようになりました。

 幸い後遺症がなかったNさんは、リハビリを兼ね、妻と共に毎日のウオーキングを始めますが、そこでプライベートな自分の立ち位置に気づかされます。一緒に歩く妻は、ご近所さんに会う度に「こんにちは」と挨拶をするのに、Nさんは誰の顔もわからない。これでは60歳で定年退職をした後、地域に溶け込めないのではないか。できれば夫婦同じ地点に立って定年後の生活をスタートさせたいと、近県郊外への移住を妻に提案したところ賛成をしてくれたため、2人の移住計画が始まりました。

 候補に挙げたのは軽井沢の他に、熱海、箱根、那須。長男一家が住む千葉県K市から、また、当時海外勤務だった長女が東京から新幹線で1時間程度で来られる場所をイメージし、各候補地に何度か足を運んで不動産屋さんを回りました。

 結果、交通の便が最もよく、夏涼しい軽井沢に土地を買い、ハウスメーカー等の決まりきった間取りやデザインでなく、建築士に設計を依頼して、これからの自分達が暮らしやすい注文住宅を建てることになりました。

外からのアプローチ、1階住空間も車椅子が可能

 設計をお願いしたのは、建築家の山嵜雅雄さん(一級建築士事務所 株式会社 山嵜雅雄建築設計主宰)。

 将来、要介護で車椅子が必要になった時のことも考え、エントランス階段横にはスロープ。2階の子ども達用個室以外、1階の夫婦の生活空間は全てバリアフリーで、浴室・洗面室は寝室と引き戸1枚で隣接。トイレを含め、車椅子での移動が可能です。

「山嵜さんから最初に図面と模型で提案された時、ガラス張りの外観には、外から丸見えではないかと戸惑いました。しかし、実際はガラスが鏡のように反射して、外からは意外に中は見えないし、隣接している道路が私道ということもあり、樹木が育った今ではほとんど気になりません」(Nさん)

 夏は涼しく、冬は断熱と床暖房が施されている住まいはことのほか快適だとか。妻は趣味のガーデニング、Nさんは木工などを楽しみながら過ごしているのだそうです。

 病がきっかけでギアチェンジをし、辿り着いた軽井沢のセカンドステージ。「61歳の誕生日(定年退職の1週間後)に引っ越すと決め、実行」したというNさん。移住を成功に導いたのは綿密な計画だったようです。

「元手にしたのはそれまでの貯蓄と退職金で、退職後の生活費は年金だけです。今後かかるであろう必要経費をエクセルに入れ、平均寿命+αまでの生活をシミュレーションし、土地と家に幾らまでお金をかけられるのかも、つぶさに計算しました。」(Nさん)

 家にかかるであろう必要経費には例えば、7年に1度の外壁塗装費各80万円、給湯用ボイラー、床暖房用ボイラー買い替え費各30万円、車、家電類の買い替え費などを含めています。

似た価値の人が住む、移住者への差別がない地域

「軽井沢の広い土地に移住と言うと、物価が高いとか、豪邸だとか言われることがありますが、住んでいる私達は高いお店での買い物や飲食店は利用せず、ちょっと足を延ばして手頃なお店に行くので、生活費は高くありません。また、土地も、当時坪10万円以下だったので、探していた200坪買っても2000万円です。住んでいた千葉県K市と比べても坪単価は格段に安いので、高い買い物という感覚はありません」(Nさん、以下同)

 年金で暮らしているため、普段の生活では贅沢はしないというNさん。その代わり、旅行に出かける頻度がめっきり減ったそうです。以前はよく旅行に出かけていましたが、ここに移住してからは、不思議と旅行したい気持ちが起こらなくなったとか。緑に囲まれた静かなプライベート空間でリラックスできるので、それ以外を求めなくなったということでしょうか。

 軽井沢のこの地を選んで最もよかったことの一つが、移住者に対する差別がない点だとNさんは言います。

「引っ越しに際し、地域の『区長』さんに挨拶に行った方がいいのか近所の方に相談したところ、そのようなことはしなくていいと。既に住んでいる人達のしきたりに倣ってしなくてはならないこともほとんどなく、移住者が多いせいか、他所から来た新しい人に対する差別のようなものがありません。同世代の夫婦だけの住民も多く、友達も随分できて、またその友達が友達を紹介してくれるなど、夫婦単位でのお付き合いの輪が広がりました」

徒歩圏内にスーパー、役所や総合病院もタクシーで5分

 61歳の誕生日に引っ越して13年、現在74歳になるNさん。今はほとんどの移動に車を使っていますが、将来運転ができなくなったら、電動アシスト付き三輪自転車やタクシーで動くことになりそうです。

 それでも、大型スーパーとホームセンター、薬局は徒歩8分、役所や総合病院も車で5分、軽井沢駅までも4キロの距離なので、タクシーを使っての移動も難しくはないでしょう。

 家もバリアフリーの設計なので、もしも要介護になったとしても、できる限り家で過ごせればと願っているそうです。

 田舎暮らしに憧れて移住する人は多いですが、大事なのはNさんのような“事前の綿密な計画”でしょう。さらにNさんは教えてくれました。

「事前にいくらつぶさに計算しても、計画はあくまで計画で、その通りいくわけではありません。予期しない出費は起こり得るので、様々な見込み違いを、毎年新年に見直すのを恒例にしています。毎年見直し作業を続けている結果、計画はより精度の高いものになり、生活を見直すいいきっかけになっています」

 資金計画とは、事前にするのは当然ながら、一度すればいいというものではない。予期せぬハプニングはあるものとして、定期的な見直し、軌道修正が必要です。

 また、車を手放した時のことも考え、スーパーや総合病院などが比較的近くにある場所を選ぶことも大事ですね。

 加えて、今回Nさんの話を聞いて私が思ったのは、その地域に住んでいる人達と馴染めるかどうかも、とても大切だということ。古くから住んでいる人達のしきたりや年中行事に倣うのがストレスになり、結局その地を離れてしまったという失敗談も聞いたことがあります。できることなら、移住者に優しい地域かどうか、自分達と似たような価値観の人達が住んでいるかどうか、事前にリサーチしておきたいところです。

 N邸の設計を手掛けた建築家の山嵜雅雄さんは言います。

「誰でも最後は、家族や他の人の手を借りることが必要になります。N邸はご夫婦だけの空間は平屋です。それぞれの趣味のアトリエはありますが、基本的にはどこにいてもお互いの気配を感じられる、バリアフリーのワンフロアです。お子さん家族も住まいから1時間で来られる距離。将来何かあってもどうにかできる場所、利便性、住空間になっているのではないでしょうか」

 病を機に、新たな人生のステージへのシフトを考えて計画、実現し、終の棲家の暮らしを楽しんでいるNさん。事前に設計した平均寿命+αまでの資金計画を定期的に見直すことが、安心につながっています。

文/中島早苗(なかじま・さなえ)

住宅ジャーナリスト・編集者・ライター。1963年東京生まれ。日本大学文理学部国文学科卒。婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に約15年在籍し、住宅雑誌『モダンリビング』ほか、『メンズクラブ』『ヴァンサンカン』副編集長を経て、2002年独立。2016~2020年東京新聞シニア向け月刊情報紙『暮らすめいと』編集長。著書に『建築家と家をつくる!』『北欧流 愉しい倹約生活』(以上PHP研究所)、『建築家と造る「家族がもっと元気になれる家」』(講談社+α文庫)他。300軒以上の国内外の住宅取材実績がある。

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