兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第95回 脳内は“お爺ちゃん”でした】
ライターのツガエマナミコさんが一緒に暮らす兄は若年性認知症だ。日常生活にも介助が必要になってきた兄に先日、ついに要介護2という通知が届いた。この後、ケアマネジャーを立てたり、デイケア施設を探したりと、ツガエさんの多忙な日々は続くのだが、そんな中通院の日もやってきた。前回の通院より新しい医師に変わり、その医師の態度に不信感を抱いているツガエさん。さて、今回の診察はどうだっったのか?
「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。
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診察前は、まず兄に入浴してもらうのがひと苦労
兄の要介護認定の結果(第94回)が届いた2日前、2か月に1度の受診日でございました。
財前(仮名)先生とは2回目の対面になるわけですが、初対面の印象が悪すぎたので受診日が憂鬱で仕方がありませんでした。
前回、認知症薬のアリセプトを5mgから10mgに引き上げられたものの、結局わたくしは兄に5mg錠しか飲ませていないので、「10mgにしてどうでしたか?」という質問に嘘をつくしかない…と気が重くなっていました。
もう一つの憂鬱はお風呂です。ペトペトの髪と濃厚な加齢臭のオジサン(兄)と並んで外を歩くのは嫌ですし、何と言っても今回はMRIという検査があるので、是が非でもお風呂に入ってもらわねばなりません。
いつもは「え?別に汚れてないからいいよ」という兄に「いやいや、病院に行くんだから入らないと失礼でしょう」と言い聞かせ、気の進まない兄をお風呂場に連れていきました。着替えを用意し、洋服を脱ぐのを見守りながら、脱ぐ順番まで指示を出し、一枚脱ぐたびに「脱いだ服はカゴに入れておいて」と何度も何度も同じトーンで繰り返しました。
半裸になると「え?これを着るの?」と湯上がり用に用意した服を持ち上げるので「そうそう、それはお風呂から上がったら着るやつね」と、これまた何度も言わないといけません。いよいよ、あとはパンツを脱いだらお風呂へGOという段階で、わたくしは脱衣所から出て扉を閉めて全裸待ちをいたします。ですが、なかなか浴室に入った気配がしないので、扉ごしに「お風呂入った?」と訊ねました。
中から「う~ん…まだ」と言うので、扉を開けると5分前と同じパンツ一丁スタイル。「なにモタモタしてんのよ」としか言いようがないのですが、そこはぐっとこらえて「パンツ脱いで、お風呂に入っておくれ」と言い、結局パンツを脱ぐのも見守りました。
脱いだら脱いだで浴室と脱衣所を行ったり来たりし、やっと入ったと思っても浴用タオルを持ってまた脱衣所に戻り、今度はパンツを持って入ろうとするし、「ドライヤーがないな」と言って探してみたり……。浴室で落ち着くまで無駄に時間がかかります。
ひとしきり兄のボケに付き合ったあと、兄の背中にシャワーでお湯を掛けながら、兄が体を洗うのを介助し、湯船に浸かって出てくるのを廊下で待ち、兄がドライヤーで髪を乾かしたあと、脱いだ服を再び着てないかカゴの中身をチェックして、垢だらけになった浴室・浴槽を掃除するのです。こんなこと、1か月に何回もできませんでございましょう。
さて、診察日。
財前(仮名)先生と2度目の対面は、なぜか前回とは違う印象でした。それはわたくしが徹夜明けでなく、たっぷり睡眠をとっていたせいかもしれませんし、前回の最悪な印象を2か月の間に何倍にも膨らませていたせいかもしれません。時間の関係で先にMRI検査を受けたのもよかったのだと思います。
先生の診察室に入ると「お待たせしてすみません。MRIの結果が出てきたので、見ながらご説明したいなと思いまして少し遅くなってしまいました」と意外なほど低姿勢。しかも、兄とわたくしの両方に均等に目くばせしながら話し始めたのです。
「画像は頭を横に輪切りにしたもので、黒く映っているのが水分、つまり空洞です」との説明から始まり、全体に縮んでいることを丁寧に説明してくださいました。
結論的には「だいたい80歳ぐらいの方と同じです」とのこと。わたくしはお兄ちゃんと2人暮らしではなく、実質お爺ちゃんと2人暮らしだったと言えそうです。
今後の空洞の広がり方によっては性格が変わるかもしれないとも言われました。画像はまだ出来上がっていないものもあるそうなので、次回は改めて全部を説明してもらえそうです。
案の定、「10mgにしてどうでしたか?」という質問がありましたが、「大丈夫でした」と嘘をついてしまいました。本当のことを言ったら、せっかくのいい空気が台無しになってしまうと思ったからです。「今日は気持ちよく帰りたい」そんな下心がありました。
前回のような尖った印象がない先生を拝見していたら、ふと「もしかして、介護ポストセブン『兄ボケ』を読んだのでは?」と妄想してしまいました。普通に考えて、それはあり得ませんが、「もしかしてオレのこと?」と思っていただけたのなら、これ幸いです。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性58才。両親と独身の兄妹が、7年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現62才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ