『大豆田とわ子と三人の元夫』1話|三度結婚して三度離婚した松たか子の魅力につかまれる
『東京ラブストーリー』(1991)『最高の離婚』(2013)今年の大ヒット映画『花束みたいな恋をした』など、繊細なセリフ劇で時代を描く名手・坂元裕二脚本のドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』(フジテレビ系火曜夜9時〜)が4月13日スタート。坂元のヒット作のひとつ『カルテット』(2017)と同じく、松たか子と松田龍平が中心人物(松田龍平が松たか子の元夫!)を演じるドラマに注目が集まっています。見どころと仕掛けだらけの1話を、ドラマ大好きライター・釣木文恵さんが振り返ります。
大豆田とわ子(松たか子)に登場からつかまれる
ドラマがはじまってものの数分で、大豆田とわ子という人は私たちの心をつかんだ。三度結婚して三度離婚した彼女は、ジャージでどこへでも行ける性格(でもそのジャージはかなりおしゃれ)。靴の中の小石を靴を脱がずになんとか出そうとするような人。
家の網戸が外れたり、お風呂が壊れたり、ラジオ体操が合わなかったり、カレーパンがもらえなかったり、柿ピー1個お土産に持ってきた友達にいいワインを開けられていたり、白い服に醤油を跳ねさせたり……。この時期のとわ子には、なんだかちょっとした不幸というか、冴えないことがいくつも重なる。
「これ、大豆田とわ子」のナレーションではじまり、次々と披露される彼女の様子。松たか子の表情や間合いが、建築会社の社長という地位をもつとわ子の嫌味を感じさせない。さらにタイトルにもなっている彼女のインパクト抜群の名前と、その様子や内面を語るハスキーでファニーな雰囲気のナレーションがドラマのテイストを決定づけている。ナレーション担当の伊藤沙莉は間違いなく、このドラマの主要キャストだ。
松田龍平、角田晃広、岡田将生───3人の元夫
最初の夫・田中八作(松田龍平)との間に生まれた娘・唄(豊嶋花)と二人暮らしのとわ子。亡くなった母のパソコンを確認しようとしたところ、別れた夫の誰かによって「はじめて飼ったペットの名前は?」というパスワードがかけられていた。パソコンを開けないと、母が墓に関して業者とやりとりしていたというメールが見られない。とわ子はそのパスワードを三人の夫に聞いてまわることになる。
とわ子が三人の元夫に会うのを億劫がっていたのは、離婚した相手と会いたくないというまっとうな理由以外にも、母の死を受け入れがたかったこともあるのだろう。母の葬式の日に社長に就任したとわ子は、リュックに遺灰を入れて火葬場から会社へ向かっている。
三番目の夫、中村慎森(岡田将生)は彼女の会社の顧問弁護士のため、仕事でも顔を合わせる。理屈っぽく弁が立つ彼ととわ子は嫌味と皮肉をこめた会話のやりとりをする仲。二番目の夫、カメラマンの佐藤鹿太郎(角田晃広)は服装も振る舞いも冴えない感じだ。最初の夫・田中は会社を辞めて友人とレストランを経営している。どうやら女性にモテるらしい。言い寄ってくる女性を家に泊めて朝ごはんをつくったりもする。社員のミスで徹夜した翌日の夜、彼は穴に落ちたとわ子を救ったけれど、もしかしたらとわ子じゃなくても同じようにしていたかもしれない。
とわ子に未練のある佐藤と中村は、とわ子を泊めた田中の家に押しかけ、三人の元夫は会議をすることになる。最初こそ言い争っていたものの、「雷が怖い」という話で打ち解ける三人の夫の様子を(面倒だから)隠れて聞いていたとわ子は、「地獄があるとしたらここだと思」って飛び出し、「網戸外れるたびにああ誰か直してくれないかなとは思う。でもそれはあなたたちじゃありません。心配ご無用、案ずるなかれ、お構いなく」と言い放つ。
母の法要が無事行われた日、桜の舞う中で喪服姿のとわ子と三人の元夫がブランコを漕ぐ。何年も経ってからこのドラマのことを思い出すとき、頭に浮かぶのはここかもしれないな、と思う美しいシーンだった。
坂元裕二にしか書けない、松たか子にしか演じられない
1話で、ナレーションが「大豆田とわ子の今週のできごとを今から詳しくお伝えします」と言ったとおり、視聴者は彼女の1週間を観た。75分間にとわ子の、というか松たか子の能力と魅力が詰まっていた。
ジャージでどこへでも行けるけれども社長だから毎日おしゃれをしていて、久々の壊れていないお風呂でつい出た鼻唄の「ロマンティックあげるよ」が恐ろしくうまくて。ちょっと面倒くさがりやで自分の嫌なことはしないから、キッチンの棚のパスタがバラバラと落ちやすいのをそのまま放置している。けれども社長という立場だから、ミスした社員を叱らずたしなめたのに周りに「すごい怒られました」とか言ってるのを、何も言わずに飲み込むこともある。クヒオ大佐(映画にもなった結婚詐欺師)さながらの現実離れした船長(斎藤工)との出会いに浮かれちゃったりもする───。
友人(市川実日子)の「離婚っていうのは、自分の人生に嘘つかなかったっていう証拠だよ」という言葉。徹夜明け、自転車を倒すというベタな不幸の次に穴に落ちる展開がくる極端さ。一人の女性の生き方をこんなふうに浮かび上がらせるドラマは、きっと坂元裕二にしか書けないし、松たか子にしか演じられない。
序盤で友人(市川実日子)に「一人で生きていけるけど◯◯◯。◯◯◯はわからない」と話していたとわ子。後半で切羽詰まった仕事をしながら母との何でもない思い出がふとよみがえる。その中でまだ子どもの彼女は、「一人でも大丈夫だけど、誰かに大事にされたい」と話している。「誰も見つからなかったら」と急に不安になるとわ子に、母は「そしたらお母さんに甘えなさい」と笑う。この先誰も見つからなくても、4番目の結婚に失敗しても、もう母はいないのだ。
そうそう、パスワードはたぶん田中が最初に飼ったペット「きんとき」だったのだと思うけど、きんときは犬か猫か、それとも金魚だったのか。
おしゃれを恐れないドラマ
冒頭で外れた網戸を戻そうとしてる間の”今週のとわ子”ダイジェスト、始まりと終わりの主役によるタイトルコール。そしてラストシーンから突入する主題歌を松たか子が歌い上げるところまで、ドラマ全体が堂々とおしゃれで、恐れていないのが気持ちいい。このまま毎週とわ子の姿が観られると思うとわくわくする。
おしゃれといえば、とわ子が母の遺灰を入れて背負った美しいコード刺繍のリュックは「Mame Kurogouchi」(マメ クロゴウチ)のものだった。彼女はあのリュックを”マメ”つながりで選んだのだろうか。
1話の終盤、三人の元夫それぞれの新しい出会いが描かれる。この先のとわ子と彼らの関係はどうなっていくのだろう。そういえば、第2話の予告にはすき焼きが登場していた。『カルテット』で印象的だった唐揚げ(当然にようにレモンを絞る行為に高橋一生が抗議する)のような名シーンが観られるかもしれない。
『大豆田とわ子と三人の元夫』は配信サービス「FODプレミアム」で視聴可能(有料)
文/釣木文恵(つるき・ふみえ)
(つるき・ふみえ)ライター。名古屋出身。演劇、お笑いなどを中心にインタビューやレビューを執筆。