「自分の介護を評価しないほうがいい」親の死後、後悔にさいなまれないために|700人看取った看護師がアドバイス
私は、自己主張の強い母を介護しながら、よく喧嘩をしました。母が、自分の終末期について、本当のところどう思っていたのかはわかりません。
母は不平不満を抱えていたかもしれないけれど
「入院したくない」
「ひとりにしないでほしい」
と、母はことあるごとに、いろいろ言っていました。叶えてあげられなかったことがたくさんあります。
「この点滴はイヤ。すぐにとって」
「家に帰りたい」
という注文も、もちろんみんな退けていました。
母からすると、「私の言うことを全然聞いてくれない」と不平不満を抱えていたかもしれません。
かわいそうだけど、それは仕方なかったと、私は心の中でつぶやいています。
「でもまあ、しょうがなかったのはわかってもらえているよね。わかってても言わずにはいられなかったんだろうな」
考えてみれば、人間、生まれて死んでいくまでの間に、叶う願いなんてそんなにありません。言ってみれば人生ずっと、「叶わぬ願い」ばかりです。願いを叶えてあげられなかったのは、仕方がないと思うのです。
「叶えてあげたかった」と思っていることが愛情
死が近くなって願っていることを叶えてあげたいと思うのは当然です。後々まで「叶えてあげられなかった」と後悔するご家族が少なくありません。
「叶えてあげたかった」と思うその気持ちが大切なのです。「叶えてあげたかった」と思っていることが、亡くなったかたへの愛情なのですから。自分を責め続ける方向に入り込んでしまわないことです。
「世の中そんなもん」と考えることも必要
先日、義母が、高級老人ホームに入居した友人の話をしていました。
「すごく高い老人ホームなのに『食事が味気なくてまずい』って文句を言ってるの。でもまあ世の中そんなもんよね」
聞いていて、ちょっと笑ってしまいました。そう、「世の中そんなもん」なのです。
そういう考え方をするのも必要です。こちらが思っているようにならないことは多いし、いくらお金を積んでもだめなことはありますよね。
願いを叶えてあげられなかったことで気を病んでも仕方ありません。親の願いに対して家族ができるのは、自分が無理せずできることを、してあげることだけなのです。
自分を責めて、嫌な思い出として記憶に残さないように
亡くなるまでの間に過ごした大切な時間を、「叶えてあげられなかった」と自分を責め、嫌な思い出として記憶に残して苦しむかたが少なくありません。なんとかそこに入り込んでしまわないようにできればと思います。
こんなことを言うと身も蓋もありませんが、そもそも、私たちの記憶自体が曖昧でもあります。
当事者になると、忙しさや心労で、気持ちがいっぱいいっぱいです。看護師として、多くの看取っているご家族を見てきた私も、よく知っているはずなのに、自分の時はテンパってしまいました。あの頃の記憶はやはり、曖昧です。
初めに紹介した友人のフェイスブックのように、残してあった記録を振り返ってみたりすれば、「私は何もしてあげられなかった」と自分を責めてしまうことが、少しはなくなると思います。
今回の宮子あずさのひとこと
お葬式をすることは、家族の悲しみをやわらげるためにもなる
患者さんの中には、生前に「私が死んだあと、葬儀はしなくていい」と言っていたかたがいます。これもひとつの考え方です。残された家族に面倒をかけたくないという思いやりから、そう言い残したかたも増えていると思われます。
ただし、お葬式は、残された家族のためのものでもあるのです。故人の意思を尊重することで、ご家族のかたが楽になるなら、それもいいでしょう。しかし「葬儀はしなくていい」と言われた家族が、
「でもやっぱり葬儀をして送ってあげたい」
「葬儀をすることで、気持ちに区切りをつけたい」
という気持ちならば、葬儀をしてもいいと思います。
私の親の時も、亡くなった直後の1週間は、本当に慌ただしかった。葬儀の手配や知り合いへの連絡を始めとして、やるべきことは山のようにあります。悲しんでいる時間もないほど、いろいろなことに追われます。
葬儀は、そうした忙しさに追われることで、悲しみのショックをやわらげるという、昔からの知恵でもあったと言われます。
葬儀をすること、しないこと。どちらか一方が正しいということではないと思います。
ゆっくりお別れできなかったと後悔しないために
葬儀や四十九日など慌ただしい行事を終えたあとになって、亡くなったかたの最期のときに、ゆっくり話しかけたり、手を握ったり、落ち着いて送ってあげることができなかったと後悔するご家族もいるようです。
私は、亡くなった直後、まだ温かいぐらいのうちに、ゆっくりお別れができるといいと思っています。お棺に入ってしまうと、ちょっと違う感じになってしまうところがあります。生きていらした時のままの服でいるこの時間を、大事にできるといいでしょう。
病院から出るのは葬儀屋さんに依頼することになりますが、葬儀屋さんに、「家族だけでお別れする時間を作りたい」と言って、そのようなスケジュールになるように相談できるといいと思います。
教えてくれた人
宮子あずさ(みやこあずさ)さん/
1963年東京生まれ。東京育ち。看護師/随筆家。明治大学文学部中退。東京厚生年金看護専門学校卒業。東京女子医科大学大学院博士後期課程修了。1987年から2009年まで東京厚生年金病院に勤務。内科、精神科、緩和ケアなどを担当し、700人以上を看取る。看護師長を7年間つとめた。現在は、精神科病院で訪問看護に従事しながら、大学非常勤講師、執筆活動をおこなっている。『老親の看かた、私の老い方』(集英社文庫)など、著書多数。母は評論家・作家の吉武輝子。高校の同級生だった夫と、猫と暮らしている。
構成・文/新田由紀子