【世界の介護】全米トップクラス!シリコンバレーの高級老人ホーム
もう1つの棟は「ケアセンター」と呼ばれる介護棟だ。最初から入る人だけでなく、インディペンデント・リビングからも年に10~15人は移ってくるという。
介護棟は、認知症対応の「メモリーケア」と、簡単な室内清掃や生活サービス、薬の管理や夜間の酸素吸入程度のケアサービスを提供する「アシステッドリビング」、そして、高齢者医療とリハビリ、要介護サービスが一体化された「スキルドナーシング」の3タイプ。
「こちらは個室のベッドルームから出れば、すぐ近くに共用のリビングがあるなど、自宅にいるような雰囲気作りを心がけています」
最初に入居するときの条件は、「食べる・歩く」ことは自分でできること。?居室は全106室。?12居室ごとに看護師1人、ケアスタッフ3人が配置される。介護棟の入居者の平均年齢は72歳で、60%が女性。基本的な衣食住のケア、清掃などは月額料金に含まれ、そこに各人に合わせた有料サービスが付加されていく。スキルドナーシングの月額平均費用は約150万円。最初はアシステッドリビングに入り、重度になると状況に合わせてメモリーケアもしくはスキルドナーシングへと移る。自立棟から介護棟への移り住みによる追加料金は不要。終末期には、カリフォルニア州がホスピスケアを提供してくれるという。
『ヴィ・アト・パロアルト』で一番力を入れているというスキルドナーシングは、重度要介護棟でありながら多種多様なリハビリマシンを整え、大学で専門教育を受けたセラピストが6~10人体制でリハビリをサポートする。脳卒中や大腿部頸部骨折などで寝たきりになった人の中で、回復が見込まれる人を対象に特別プログラムも組まれている。取材当時では、約8割の入居者がプログラムを受講中だった。彼らの大半は、16日間程度の機能回復訓練によって状態が改善しアシステッドリビングに移ったり、以前の住居に戻ったりしているということだから、本格的なリハビリセンターの役割も担っている。
大切なのは「入居者を大事に思える人間性」
館内で出会ったスタッフたちは、誰もがすぐに仕事の手を休め、笑顔で挨拶をし、さり気ない一言で迎え入れてくれた。凛と胸を張って働く姿は、仕事に高い誇りを持っているように感じられた。450人のスタッフのうち、ケアセンターのスタッフは、全員が国家資格を持っている。さらに部署ごとに研修プログラムのリストがあり、毎年、年間で受けなければならないプログラムが指示されるという。専門性を重視しながらも、最終的に求めることは「入居者を大事に思える人間性」と話す、スティーブさん。
最上級のホスピタリティを追求する『ヴィ・アト・パロアルト』は、アメリカらしいスケールの大きい“リッチさ”にあふれている。料金もケタ違いのセレブ向けで遠い世界のことのように思えるが、意外と施設づくりのヒントが隠されている。ある属性の人をターゲットとして明確に絞り込めば入居者像を具体的に設定できるため、理想の住まいや理想のサービスを具現化しやすい。そして利用者からの要望が複雑化しにくいので、スタッフが働きやすいという点である。介護棟のコンセプトも学ぶべき部分は多い。
多様化が進んだ現代においては、それぞれのライフスタイルに近い環境の高齢者施設が、数多く存在することが理想的だ。『ヴィ・アト・パロアルト』のような、ニーズをより絞り込んだ施設は、日本でも注目されるようになるのではないだろうか。
※金額などの数字は取材当時のもの
取材・文/殿井悠子
写真/鈴木香織
取材協力/オリックス・リビング
殿井悠子(とのい・ちかこ)
ディレクター&ライター。奈良女子大学大学院人間文化研究科博士前期課程修了。社会福祉士の資格を持つ。有料老人ホームでケースワーカーを勤めた後、編集プロダクションへ。2007年よりイギリス、フランス、ハワイ、アメリカ西海岸、オーストラリア、ドイツ、オランダ、デンマーク、スウェーデンの高齢者施設を取材。季刊広報誌『美空』(オリックス・リビング)にて、海外施設の紹介記事を連載中。16年、編集プロダクション『noi』 (http://noi.co.jp/)を設立。同年、編集・ライティングを担当した『龍岡会の考える 介護のあたりまえ』(建築画報社)が、年鑑『Graphic Design in Japan 2017』に入選。17年6月、東京大学高齢社会研究機構の全体会で「ヨーロッパに見るユニークな介護施設を語る」をテーマに講演。
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